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外へとつながる扉 【桜木視点】

 Cブロック。2日目。0時11分 


「どうやら、食料が買えるっていうのは本当らしいな」

 小型の缶詰めを手に取りながら杉下は言った。

 食料自販機には大勢の人間がたむろしていた。

 各々購入した物を見せ合う。笑顔があふれていた。さっきまでの憂鬱な雰囲気はあっという間に消えていた。

 俺も五百ミリリットルの水を買ってみたのだが、それはもう、信じられないくらいおいしかった。

 口に水を注ぐと、喉に深い爽快感を感じた。食道内に嚥下された水は体内へと吸収される。

 Aセットとかいう物もあって、缶詰めや、レトルト食品。ゼリー状に加工されたものなどが複数個入っていた。

 

「とりあえず、餓死して死ぬことはなくなったね」

「ああ、このカードさえあればな」

 俺は妖しげに光るFカードを岸本の前に掲げた。

 俺の横にはさっき購入した五百ミリリットルの水と、牛肉の缶詰め、缶パンが置いてある。

 プールのような塩素の匂いがしたので、殺菌はしてあるらしい。

 てっきり病院が糖尿病患者に出すような味気ないものだと思っていたが、思いのほかおいしく、味も濃かった。

 

 ただ釈然としない思いもある。

 なんとも形容しがたい違和感。

 

「……けどなんか――おかしくない?」

 それは岸本も同じらしく、整った眉を訝しげに顰めた。

「確かに、妙だ」

 肯定。

「だよね。なんかここの食料と飲料水、やけに安いよね?」

 そうなのだ。

 ここCブロックにあるものは、Fカードに支給される金額に比べ、はるかに安い。安すぎる。

 レグルスの説明によれば、十二時間ごとに一万円が送金される仕組みらしいのだが、はっきり言って、一万もいらない。

 例をあげてみると、五百mlの水が二百円。一回分の食事にしては、過度に多い八百円のAセット。他にも、Bセット、Cセットといろんなバリエーションがあるが、すべて八百円である。

 つまり、一回の食事にしても、千円くらいあれば、十分事足りるといえる。

 リクライニングシートを使う場合にも、料金を取られるわけでもなく無料。


「どうにも俺には、何者かの意図が絡んでいるようにしか思えない」

「そうだよね。もしかしたらこのFカード、何か秘密でもあるのかな?」

「そういえば、レグルスが言ってたよな。()()()()()()()()()()、食料に困ることはありませんって」

 「と、いうことはあるのかもしれないね。これと全く別のFカードの使い道が……」

 そうかもねと俺は言った。

 頭に赤い閃光が煌いたみたいに、思考がぼやけた。

 そして俺は確信することになる。

 Fカードの重要性を。



 みんなが寝静まったその時を狙って、俺は動いた。

 みんなリクライニングシートで寝ていた。どうやら、リクライニングシートは寝具の役割も果たすらしい。みんなフルフェイスのヘルメットを被っていた。怪しげな宗教団体のようだと思った。


 時刻は午前三時。

 食べ物が手に入るという大きな変革に初めこそ興奮していたが、食料が手に入ったところでこの状況が根本的に変わるというわけでもなく、ただの暫定的な変化にすぎないと悟ったみんなが取った行動は現実逃避だった。

 みんなリクラニングシートに無気力に横たわっていた。眠っているのだから当然なのだが、生気という物が感じられなかった。

 リクライニングシートには特殊ギミックが搭載されてある。

 ゲームや映画、童話などの鑑賞、つまり今までなかった娯楽を楽しむことができる。

 

 現実逃避にはもってこいの代物だ。

 

 俺は十中八九、ファンはトイレのどこかにあると推測していた。


 ファンとくれば普通、トイレしかない。

 

 愚直な考え方だがそれはもの見事に当たっていた。

 トイレは男女共同で個式の部屋が五つある。

 重箱の隅をつつくようにあたりを入念に調べる。

 

 あった。俺は歓喜で震えそうだった。


 それは一番奥の個式トイレのはるか上にあった。

 便器にのぼって、円形のスクリューを取り外し、それを近くに置く。

 山奥のトンネルのような暗黒。

 送風機を外した奥には闇が広がっていた。

 恐怖を具現化したような深淵だった。

 しかし、俺には天国へと続く道にすら見える。

 トイレの鍵を施錠するのを忘れずに、通気口に手をかける。

 探求心に駆られる冒険家のように薄暗い通気口を進む。

 手と肘を灰色の床に付け、匍匐前進に手を加えた様な進み方。特撮映画に出てくる忍者にでもなった気分。

 

 風を感じる。しかも、前の方からだ。

 間違いない。

 俺の予想は当たっている。

 生ぬるい風を顔で受け、埃にまみれるのを気にせず進む。進み続ける。

 

 そして―――――光。

 

 前方から蛍日のような光が見えた。

 はやる鼓動を抑え、スピードを上げる。

 すると、下の方に穴のような所があって、そこから光が漏れていることが分かった。そこには、ご丁寧に梯子が取り付けてあった。

 足を踏み外さないように慎重に、降りる。

 

 そこには、扉があった。

 整頓された空間だった。病的なまでに壁は真っ白だった。その奥に扉があった。ピカソのようなサイケデリックな装飾が施された扉だった。

 そして、その扉の中心部分には、カード口らしきもの。その上には、目が眩むような装飾には不釣り合いなデジタル表記のものがあった。


 150000。


 そう、記されてあった。

 Fカードと全く同じだった。

 

 すべてが一つにつながったような気がした。


 レグルスが言っていた不可解な発言。

 Fカードの奇妙な金額設定。

 偶然とは思えないほど一致したデジタル表記。

 そして、自販機と全く同じカード口。


 まちがいない。Fカードとこの扉はリンクしている。


 ためしに、俺は扉のカード口にFカードを入れてみた。

 すると、人工的な金属音とともに、再び、カード口からFカードが出てきた。

 二つの変化があった。

 まず、一つ目は、扉のデジタル表記が141000になっていたこと。

 二つ目は、Fカードの残高が0になっていたこと。

 つまり、Fカードに残っていた金額分―――9000円が扉で差し引きされたことになる。

 

 俺はある可能性に思い当った。


 もし、この扉の残高が0になった場合、この扉は開くのではないか?


 それは、あまりにも非現実的なドラマシルギーのようなものに感じられた。

 しかし、それにしては不可解なくらい理想的で、出来すぎたシナリオで――――。

 

 



ここにきて、密室の出口を発見した桜木。しかし、その先にあるのは本当にエデンなのでしょうか? 

次回に続きます。

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