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解法 【桜木視点】

 Cブロック。1日目。23時28分


 Cブロックは喧騒に満ちていた。

 杉下を中心にして巻き起こる議論。

 

 なぜ俺達はここに連れてこられたのか。

 レグルスとは何者なのか。

 Fカードとは何なのか。

 ここから脱出することはできるのか。

 

 疑問は尽きない。

 それにみんながこの話し合いに参加する理由は二つある。

 一つは、みんなで知恵を振り絞り、ここから抜け出すための方法を見つけること。

 そして、二つ目は、みんなで話し合うことで孤独感や疎外感から解放され、不安を和らげることができるということ。つまり、2-3組というコミュニティーを構成する一人だという連帯感に陶酔することができる。


 僕(私)は一人じゃない。


 つまるところ、この話し合いはただの精神安定剤だ。

 

 その証拠に、いっこうに解法に辿りつけないまま議論は停滞しているにもかかわらず、みんなの顔にはうっすらと笑みすら浮かんでいた。

 

「おい、桜木。なんか案はないか?」

 杉下が俺に向けて言った。どうやら、御呼出しのようらしい。

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 同時に、みんなの視線が集中する。

 案山子になった気分だ。

「ないな」

 俺は言った。

 俺だけが解決の糸口を握っているという優越感に浸るほど、俺は傲慢でもないが、無知でもない。下手にファンのことは喋らないほうがいい。

 そう判断した俺は、アメリカ人がするようにばんざいをした。

 降参。

 そういう意味だ。

「そうか……頭の切れるお前なら何とかしてくれると思ったんだけどな」

「杉下は俺を過大評価しすぎだ。何にもないよ。このゲームの攻略法なんて」

 実際なくもないのだが俺は言った。

 

 沈黙。


 それがなにを意味しているのか、推量するのは容易だった。

 杉下ですら、唇を噛んでいた。

「本当なの? 桜木君?」

 佐久間が縋るように言った。

「あの時のようにはいかないよ」

 俺は言った。


 

 あの時。


 それは、俺たちが進級して二カ月たった六月ごろの話だ。

 不快指数の申し子である湿気が教室内にはびこんでいる中、それは起こった。

 2-3組の数学を担当する加藤先生は、毎回尋常じゃないレベルの小テストを実施することで有名な先生だった。そのうえ意地が悪く、女子生徒にちょっかいを出すという醜悪な面も持っていた。

 そのことに憤怒した岸本と俺は、加藤先生の鼻を明かすためにある計画を立ち上げた。

 

 小テスト廃止作戦である。

 

 俺と岸本はクラス全員が小テストで満点を取った場合、小テスト制を廃止させることを加藤先生にところどころ挑発を交えながら、約束させたことがあった。

 岸本の話術が功をそうしたのか、見事先生はのっかった。

 ご丁寧に契約書までつけてだ。

 そして、当日、2-3組は見事、満点を取った。

 初めは食い下がる加藤先生だったが、しぶしぶ小テスト制を取りやめた。

 

 そしてその影で動いていたのは俺と岸本である。


 勿論職員室に潜り込んで回答を盗みだすという愚行を犯したわけではない。

 

 手順はこうだ。

 まず、初めに列から一番後ろの生徒に、2-3組の総力を決して数学を叩き込む。一切の死角を作らないように徹底的にだ。

 そして俺は加藤先生は小テストのとき、決まって同じ回答用紙を使うことに目を付けた。

 俺は白紙の回答用紙を前もって人数分印刷して、列の人数分の紙を最後列に六人に渡しておく。さらに、その六人にカーボン紙を列の人数分配る。

 

 これで準備は万端だ。


 そして、小テストが始まる。


 みんなに先生が回答用紙と問題用紙を配る。

 最後列の六人は全身洗礼を持ってそれを解く。

 その間最後列以外の俺たちは何もしない。先生が怪しまない程度に、文字を書いておくくらいだ。

 回収の時間となる。

 それが勝負時だ。

 最後列の六人は前もって渡された、カーボン紙を使って自身の回答を人数分の回答用紙に移す。

 つまり最後列のやつと全く同じ、回答用紙が出来上がることになる。

 その全く同じ回答用紙を前に、先生にばれない様にして回せばミッションクリア。

 もし、最後列の六人の回答が全て正解していたならば、必然的に写した他の回答用紙も正解しているということになる。

 

 問題は名前だったが、それはあっさりとけりがついた。

 前もって、最後列に渡していた人数分の回答用紙にそれぞれ、各々自分の名前を書けばいいのである。


 そして……。


 俺達2-3組は、他の追随を許さないくらいに満点を取り、先生の鼻を明かすことに成功したわけだ。


 そのことに劣等感を感じた加藤先生は、次第に女子生徒に手を出すのもやめるようになった。


 完全勝利というやつである。



「天才桜木にでも無理なのか?」

 俺は静かに首を振った後、

「無理だな。それに俺は天才なんかじゃない」

 と言った。

 いくら孤独が紛れたとはいえ、みんなムンクの叫びのような表情を浮かべていた。

 

「やばいな。頼りの桜木がこう断言したからには、もう、俺たちに道はないのかもしれない」

 杉下が沈んだような声で言った。

 辺りにどんよりとした雰囲気が漂う。

 まるで霧が立ち込める山の中だ。

 先が見えない恐怖に身が竦みそうになる。

 ここからの脱出方法の目安がついている俺でさえ例外ではない。

「みんな、元気出して! 希望を捨てちゃダメだよ!」

 と佐久間が言うが、それは空元気に終わりそうだ。


「あるよ、この場所を知るための手がかりが」


 暗雲を切り裂くようにして、岸本が言った。

 

岸本の策とは、一体何でしょう?

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