開口する扉 【桜木視点】
キャラ増量です。
いささか、話が面倒になりますが、これも例のゲームに備えてなのでご了承ください。
Cブロック。9日目。12時55分。
小田切と萩原の介入から約十二時間。あれから七時間ほど睡眠を取り、比較的気分は良好。ただ前と変わらない意気苦しさと閉塞感は、靄のように体に堆積している。
俺と岸本は元のCブロックにいた。時計の長針はすでに九周している。
俺は毎度のように缶パンや小麦粉を個体に固めたような物を食べた。口の中にパサつく様な粉っぽさ。それが不快に感じてミネラルウォーターを百ミリリットルほど飲み干す。
くすくすという笑い声。
すぐ隣にいた岸本が微笑を溢した音だ。
俺と岸本は壁際に寄り添うようにして、床に直接座っていた。
お互いの肩がちょっと当たる位の距離。肩から柔らかな体温。それが心地よかった。
少しむすっとなりながらも、岸本に微笑む。すると岸本も笑いを噛み締めながらも微笑み返す。
それがぬるま湯のように俺の体を包み込んだ。改めて自分の存在を確認できた気がした。
それと対照的に2―3組は低迷の一途を辿っていた。
これが現実から目を逸らした代償か。
その中で杉下と佐久間の姿を認める。
一切の会話はない。ひたすら、生命活動上最低限度の食事を摂取していた。
俺は萩原のことを思い出した。
杉下の竹馬の友と形容しても差し支えないほどの親友――――萩原。
杉下も萩原も、社交性や運動神経にさほど相違点はない。学校内の知名度や、成績もほとんど変わらない優等生だった二人。
もしこの二人に差異をあげるとすれば、真実を知っているか、否か。
ただそれだけにつきる。しかし、その隔たりはあまりにも大きい。
「……杉下……」
俺は小さく呟いた。
中央広場。10日目。0時22分。
再び、十二時間後。
そこでは、二つの変化が起きた。
まず、一つ目――――。
「――――って、岸本さんと……桜木君か!」
俺達が扉を潜ると、目の前の円卓には小田切と萩原を含める四人の生徒がいた。
俺から見て中央には萩原、その右横には小田切。そして、その奥には昨日までいなかった男女。
一人は知的にメガネを掛ける、背の高い男子生徒。さっき、声を荒げたのはこの男。もう一人は、いかにも活発そうな女子生徒で、綺麗に部活焼けしている。
「……奥村君と永瀬さん……」
岸本がすっとんきょんな声をあげる。
すると天然の茶髪を揺らして永瀬は、
「どうやら小田切さんの話は確からしいね」
と、言って、椅子から立ち上がった。それを奥村は目だけで追い、なるほどねといった表情。
どうやら俺達より一足先にきた奥村と永瀬は、すでに小田切から纏まった詳細を聞いていたらしい。俺達の登場にさほど驚いた感じではなかった。
「久しぶりだね」
そんな中奥村が感慨深そうに言った。銀縁の眼鏡が頭上の光でぼんやりと光った。
奥村守は科学部所属の秀才として、みんなに認識されている。
クラスは2―1組で、成績は常に三位以内という頭脳明晰っぷり。得意教科は数学で、彼の生涯の目標はフェルマーの最終定理を解き明かすことだとか。しかしその反面、脳の柔軟性を問われるなぞなぞと言った部類は得意としてなかった。
そんなバリバリ理系の奥村がここに到達することはある意味予想外だった。
「そうだね。確か、奥村君は一組だったっけ。もしかして、Aブロックだった?」
岸本が探る風に言う。
奥村の顔に電光のような物が走った。
なぜそれが分かった?
そのような疑問がありありと窺える。
岸本は、
「奥村君はまだ気付いてないかもしれないけど、これにはカラクリがあってね―――」
と、一呼吸置いて、
「私たちの学校には、一~七組まで区分がされていたよね。そして、同様に、ここにはA~Gブロックまで存在している。つまり、一~七クラスには、それぞれ順にA~Gブロックまで振り分けてある訳」
と、辺りを見渡しながら言った。
俺を含む小田切、萩原は無言で首肯。そのことに気付いていなかった奥村と永瀬は、目を大きく見開く。
「なーんだ。だから、私はDブロックだったんだ」
永瀬が岸本の推理に感心を示す。
永瀬杏は陸上部所属の運動派女子である。
クラスは2―4組で、持ち前の明るさで友好関係も広く、体育祭や文化祭などの行事では、率先して皆を導くタイプで、ちょうど萩原と似たようなポジション。それでいて、物腰も丁寧なので、男女問わず人気が高い。
「まぁ無理もないな。二人はここにきて日が浅いから」
俺はにやりと笑って、円卓の席につく。ちょうど、萩原の左側。同様にして、岸本も俺の横に座る。
俺は円卓に左手をのせ、視線を中央に向けた。
桜木鼓太郎
岸本睡蓮
小田切雫
萩原結城
奥村守
永瀬杏
今現在円卓についているのは俺を含め計六人。もしかしたら下の階にも誰かいるかもしれないが、その可能性は零に近い。あそこに隠れるスぺ-スなんてないし第一、こんな奇天烈を極めるここに到達したのならば、同じ境遇の俺達と接触をするはずだ。故にそれは万に一つない。
「それよりも、桜木。君に話したいことがある」
唐突に小田切が切り出した。その瞬間、みんなの顔色が急激に色あせ、引き締まる。
俺に話したい何かは分からないが、少なくともかなり重要な内容であることはこの一瞬で理解できた。
「何?」
俺は小田切を促す。
「緊急事態だ」
それだけ言って、こつりと立ち上がった。そして、切れ目の眼を下に向けて言った。
「一階の通路が開いている」
ゲーム会場。10日目。0時32分。
最後の二つ目は――――。
「……本当に――――」
開いている。それは声にならなかった。
ファンへと続く扉が幾重にもある二階から階段で下った俺達は、目の前の光景に騒然となった。もっとも、それは俺と岸本位で、他のみんなは比較的落ち着いていた。
眼下には奇妙な光景が広がっていた。
その部屋は、上の階にある道具屋とは比較にならないほど大きかった。それこそ、道具屋の敷地面積の何倍もある。
その中央には、巨大な七角形の机があった。その各底面には一~七まで記号が書かれていた。それが何を意味するのか分からない。
机の上には電源の付いていないディスプレイ。それが地面に平行に取り付けてあり、ゲームセンターのように上から覗けるようになっている。
周りの壁は、モノトーン。頭上の天井は高くゆうに四メートルほどある。
まさか一階の通路がこういう構造になっているとは予想だにしなかったが、ある意味事は順調に進んでいる様に見えた。どんなことにしろ、主人側からのアクションだ。必ず何らかの意図が隠されているに違いない。俺はただ、その謎を解きここから脱出するだけだ。
と、表裏をなして、妙な違和感が煙のようにもやもやと発生。なんだか、俺達がチェス上の駒になったような気分になった。
「よくここまで辿りついたな! ほめて遣わすぜ!」
どこからともなく声高な声。
それは上からだった。
俺は薄々これからの事を予期しながらも、顔をあげた。一気にみんなの視線が頭上に集まる。
机上のディスプレイの上に、レグルスやスピカのような道化師の格好をした奴がいた。それは微粒子で構成されたホログラムで、まるで宙に浮いているような錯覚を覚える。
おそらく、卓上のディスプレイで投影された物だと推測される。
奴は言う。
「おっと、申し遅れちまったなぁ。俺の名前はアケルナル。ゲームのディーラーを務める者だ」
ゲーム。みんなに緊張が走る。
コンマ数秒、形容しがたい沈黙が辺りを覆った。
その沈黙を打ち破る様に萩原が、
「……そのゲームってのは……あれか?」
と、意を決して問いかける。
俺は思い切り唾を飲み込んだ。
「もちろん、ゲームっていうのはあれだぜ」
アケルナルと名乗る人工知能は、焦らす様に間を取り、こう言った。
「自由を勝ち取るためのゲーム―――“変則神経衰弱”だ」