萩原の葛藤 【桜木視点】
中央広場。9日目。1時23分。
薄暗い電光は辺りを細々と照らしていた。
俺は携帯電話をいじるのをやめた。小さく欠伸をして、パタンと携帯を二つ折り。そのままズボンのポケットの中へ。
何度も調べてみたが、これといって俺の予想する様な有益な物はなかった。スピカが説明したように、カメラやメモ帳、電気通信役務。その程度。他に特殊ギミックのような物は存在しなかった。
何か肩透かしを食らった感じだった。
Fカードのような何か特別な利用方法があると踏んだだけに落胆は大きかった。
だとしたらこの携帯の意義は他者との意思疎通のみなのだろうか。
まさかこれだけなはずがない。
そういう予感のような物が、脳裏によぎった。
「みんな、ちょっといいか」
俺は円卓の前に立ち言った。
岸本と小田切は萩原に、ここと道具屋についての概要を説明していたらしく、萩原はしきりに興味深そうに、頷いたり、あいずちを打っていた。
それを一旦中断し、視線を俺の方向に向ける。小田切の鋭い眼光が俺を睨むように見つめていた。それに対して、岸本と萩原は柔和な表情で俺の言動を窺っていた。
どうやら、小田切は俺の不自然な冷静さに疑問を感じているらしい。流氷のような、涼しげな瞳が懐疑心に染まっているのが、分かる。
それも無理はない。確かに、傍から見れば不可解なまでに落ち着いている様に見えるだろう。こんな、特異かつ非常識的な現状で発狂も錯乱もせず、淡々としているのだから当然だ。
はっきり言って、自分でもよく分からない。ただ、一刻も早く、ここから抜け出したいがための落ち着きだった。あるいは、妹のためというのもある。それが、使命感のような物となって、俺を蜂起していたのかもしれない。
「どうしたの、桜木君?」
岸本が目をぱちくりさせて言った。
「いや、今深夜一時くらいか。眠くてしょうがないんだ」
「それで?」
萩原が促す。相変わらず、小田切は厳しい表情。
俺は、
「だから、今から俺は元のブロックに帰って寝る。それだけ」
と、言ってCと描かれた扉に足を進めた。
自分の影が床に投影される。俺はCブロックへと続く扉に手をかけた。
「それだけか。桜木?」
萩原のやや呆れた声。いちいちみんなを引き止めて、これなのだから当然の反応。
「ああ、とりあえず確認を取った方が良いかなと」
そう言って、俺は扉の中に入ろうとしたが―――
「おい、桜木。和馬はどうなんだ? 大丈夫なのか?」
和馬。それは、十中八句杉下のことだ。同じ部活仲間でもあり、無二の親友を案じたための言葉だと推測。
「……たぶん、杉下なら心配いらないと思う」
「なら――――」
俺は萩原が言い終わる前に扉を閉めた。
Cブロック。9日目。1時33分。
俺はリクライニングシートに横たわっていた。頭上の蛍光灯の光は薄暗い。皆寝静まっていた。
皆がしているようなフルフェイスのヘルメットは着用せずに、ただ寝っ転がるだけ。もちろんFカードはポケットの中だ。
ぼんやりと今までのことを思い出す。様々な感情や思いが脳内で渦巻いた。
そんな中萩原の言葉が脳裏に浮かんだ。
「なら――――」
遮る様にして中央広場から出たから、そのあと萩原が何を言ったのかはわからない。しかし何となく言いたい内容は理解できる。
差し詰め、萩原は杉下を含む他のみんなを中央広場に呼び寄せよう。そういった類のことを言いたかったに違いない。実際、扉のロックは解除され、C、F、Gブロックの生徒なら誰でも中央広場に行けるようになっている。優しい萩原のことだけに、確信はある。
しかしそれはあまりにも危険な賭けだ。確かに三・六・七組の生徒全員を解放し、総力を持って中央広場等の捜索に当たれば合理的かもしれない。ただその判断はいずれ、俺達を自滅に追い込む。
はっきり言ってみんなを中央広場に呼び寄せても、ことのからくりが判明するとは思えない。それではなんの意味もない。次いで辺りの探索が難航した後、みんながとる行動は一足早く中央広場に到着した俺達に対して罵声を浴びせることだろう。
なぜもっと早く俺達に言わなかったのか。
そう言った罵りを口に出し、俺達に悪しき印象を持つことは十分に考えられる。身勝手にもほどがあるが、そう言ったこともあり得ないわけではない。
混乱、低迷、懐疑、迷走。そういった、負の感情のスパイラルがありありと想像できる。こんな状態になっては、脱出どころではない。もしかしたら、暴行や暴言等が行われるかもしれない。
不意にはっとなりトイレに向かう。
トイレのドアを閉め、再びファンを潜る。
俺は気付いた。
もしかしたら萩原はGブロック―――つまり2―7組の生徒たちを中央広場に開放するのではないか?
中央広場。9日目。1時39分。
サイケデリックな扉を抜けた後、俺は中央広場に躍り出た。
まず、安堵。中央広場には、岸本、萩原、小田切の三人がいた。
三人とも、首を傾げ解せないといった表情。
「寝るんじゃなかったのか?」
萩原が椅子に座りながら言った。
俺は荒げた息を整え、平静を装う。
「急に目が覚めた」
俺は何でもないように円卓まで近ずき、萩原と対角線上になる様に座った。
「ちょっと、相談したいことがあるんだ」
一瞬、萩原が苦虫を潰した様な表情をした。
俺は頬に薄ら笑いを浮かべ、
「萩原。おまえは何か企んでいるな?」
と、言った。
俺はかまを掛けてみることにした。
先ほど構築した推理だが、再度確認してみるといくらか釈然としない。
萩原のことはある程度知ってるつもりだが、いくら友達思いの萩原でも、そんな自殺行為をするとは思えなかった。ここまで、辿り着けるだけの頭脳を持っているのだから、生徒解放のリスクが思い付かない筈がない。それに、萩原は俺と岸本が辺りを捜索したことを聞いたはずだ。いまさら、大量の人でを導入したところで、さほど意味がないことは理解しているだろう。俺と岸本の勘の良さを知ってるだけに、生徒解放と言う愚策を取るとは考えずらい。
一刹那。辺りが沈黙した。
岸本、小田切の首が萩原の方に向く。
「何が言いたい?」
萩原は言う。
「生徒を例のブロックから出すつもりだったんじゃないか?」
「……」
「そんなことしても、何も解決しない。むしろ、俺達がここから脱出することが困難になる。大勢よりも、少数の方がはるかに良いことくらい、分かるよな」
俺は間一髪入れることなく言う。
これは、単に萩原を牽制するためだけに言ったわけではない。
“例のゲーム”。
それを暗に示唆したのだ。
“例のゲーム”について何も分っていない今、大規模な行動を起こすのは、いささか尚早すぎる。今は、現状維持こそが最良の一手。いずれ、主人側からのモーションが起こるに違いない。
「……別にそれくらいいいのではないか」
右方向から音源。
小田切だった。
「いや確かに桜木の言う通りだ」
小田切の発現を否定する形で萩原が言った。萩原の表情には葛藤のような物が窺えた。
みんなに隠し事をしたくはない。しかし、それを言ってしまったら、自分はおろか、ここにいる三人にも被害を被ってしまう。といったものだ。
それに、“例のゲーム”のこともある。萩原は苦悩しているのだ。
「なぜだ萩原?」
「“変則神経衰弱”さ」
俺は萩原の代わりに答えた。
「……勝者はここから脱出することができる……というやつか?」
「ああ。そのゲームについては不明瞭な点が多い。けどこのタイミングで行動を起こすのは、あまり得策とは言えないと思う」
「私も同意見かな。みんなには悪いけどそれが最善策。時が満ちるまで待とう」
岸本が纏める様に言う。
それを聞いた萩原は、わずかに視線を下げて言った。
「それじゃあどうするんだ?」
「どうもしない。萩原には悪いけどね」
俺は結論を出した。