4人目の役者 【小田切視点】
道具屋。9日目。1時3分。
道具屋には私、睡蓮、桜木、スピカの計四人(?)がいた。スピカを人間としてカウントするかどうかは疑問だが。
スピカは、白金のような長い髪を揺らし、
「桜木様、岸本様。この商品の使用方法はご存知でしょうか?」
と、問うた。
「他者のFカードをスラッシュするんだろ」
桜木が答える。
二人の手には長方形の形をした電子機器。厚さはさほどなく、制服のポケットにちょうど収納できるくらいの大きさだった。
携帯の側面には、縦に伸びる凹凸。おそらくそれにFカードをスラッシュするのだろう。
「その通りです。試しに岸本様のFカードをスラッシュしてみてはどうでしょうか?」
スピカはそう提案。私も携帯を買う予定なので、今後の判断材料として見ておきたい。
「そうだな」
桜木は小さく呟くと、睡蓮の方を見た。鋭い切れ目が睡蓮の瞳を捉える。
無言のアイコンタクト。目と目で意思疎通をしていた。
睡蓮は一回目を閉じ、左手に持っていたFカードを桜木に差し出した。
了解の合図だった。
桜木は優しい手つきで睡蓮のFカードを取ると、自身の携帯電話にスラッシュした。
それを見た睡蓮は、首を伸ばして覗き込むような素振りを見せる。私も気になったので、桜木の近くまで歩を進める。
しかし桜木はまってと声をあげ、
「岸本睡蓮。そう登録されてる」
私たちによく見えるように、携帯を前に掲げた。
携帯画面には「岸本睡蓮」というデジタル表示がなされていた。
「これで、桜木様は岸本様と連絡を取ることができます」
中央広場。9日目。1時15分。
その後、睡蓮は桜木のFカードを同じように、通した。
同様にして、「桜木鼓太郎」という表記。
私たちは一旦、中央広場の円卓に腰掛けていた。私の右側の椅子に睡蓮が座り、唯一桜木はくすんだ壁にもたれ、興味深そうに携帯をいじっていた。時折ふーんと鼻歌交じりに指を動かす。
それに対して、睡蓮は不安そうな目つきで辺りをきょろきょろと見渡す。私も胸の中に形容しがたい浮遊感。この空間は不明瞭すぎる。
そんな中、
「まさかここに来て携帯という物を拝めるなんて」
と、桜木が面白くて仕方がないといった表情で言う。
同感。
確かに、こんな核シェルターのような不毛なところで、文明の利器に触れることになろうとは誰が想像しただろうか。そういう桜木の見解は理解できる。それを、滑稽に感じることに何ら疑問点や矛盾点はない。そうなのだが……
「……にしても、冷静だな。桜木」
桜木は明らかに落ち着いていた。不可解なまでに自分を保っていた。
私は桜木に不信感に近い物を抱いていた。
こんな理不尽極まりない状況の中、桜木は淡々と今後の対策や警戒をしていた。実際、スピカから買った携帯電話を調べていた。
頼もしいと言えば聞こえはいいが、それが逆に不気味だった。
「……そうか?」
奴は答えた。私はわずかに顔を引き締め、知らず知らずのうちに睡蓮の手を握りしめていた。
「ああ君は不自然すぎる。なぜそこまで冷静でいられる?」
私はさっき浮上した疑問を口にした。
私の質問に対して桜木は、
「確かにそうかもな。けど、こういう時こそ冷静に動かないといけないだろ」
「普通はそんな簡単にはいかない」
「普通……か。こんな、馬鹿げた状況の中の普通って何だろうな」
と、言った。
その直後のことだった。
桜木はふっと視線を私から、私の背後にある扉へとスライドさせた。そこにはかすかな驚愕と喜色。
ぎーと、耳障りな金属音。床の埃が微かに舞う。
私の影が不意に大きくなる。背後には光源。
「よう、桜木じゃねーか。久しぶりだな」
私が振り返ると、一人の男子生徒がいた。
中央広場。9日目。1時21分。
「……なるほど。萩原。お前もか」
桜木が感慨深そうに言う。
私と水連が座っている円卓に光が差し込んだ。それに同調するかのように、楕円形の影が黒ずんだ床の上に横たわる。
コツコツコツ。
足音。
萩原結城。
百八十センチの長身に、程よく筋肉の付いた体。髪は短く切りそろえ、いかにもスポーツマンといった感じ。
記憶では2―7組の生徒だった気がする。部活動では杉下和馬と同じ、バスケットボールに所属していた。またバスケットの副部長という肩書きを持っており、クラスでもムードメイカーのような人物だった。
「そういうこと」
Gと描かれた扉から突如出現した萩原は、私たちの近くまで来て言った。
「萩原で四人目だってことを教えておく」
「ファンの扉から脱出した奴がか?」
萩原は私の左側付近の椅子に腰を下した。
私と萩原の目が合う。
「小田切と岸本も含めて、四人って意味?」
なんとなく、答えなければいけない気がして、
「そうだ」
と言った。
すると、萩原は混じり気のない笑みを浮かべ、
「そっか。わが校の秀才たちが一挙にして集まっているわけだ」
と、無邪気に笑った。特に飾ったところがなく、自然体のような微笑だった。
萩原結城。役割として、道化師となるか、曲者になるか……まだ、未定です。