唐突に始まる密室 【桜木視点】
さて、ゲームを始めましょう。
Cブロック。1日目。23時。
何とも、不思議な光景だった。
正方形の形をした学校の教室のような空間。その中に三十二名の男女が詰め込まれていた。
曇り空のような灰色の壁は右、左、上、下、全方向に広がっていた。箱の中の小人になったような気分だ。とメルヘンに形容しても、いい気分になるはずがない。
頭上には陽炎のような細々とした明り。それが、俺達の未来を暗示しているようだった。
ここには、人数分のマッサージチェアのようなゆったりとしたリクライニングシートが規則的に並んでいた。寸分の狂いもなくきれいに置かれていて不気味にすら感じる。
リクライニングシートには誰も腰掛けてはいない。なぜなら、みんなこの不可解な状況に困惑しているからだ。ほとんどの生徒はくすんだ床の上に直に座っている。恐怖している者もいれば、何人かで固まっている者もいる。
明らかに妙だった。
俺の頭の中には大量の疑問符が浮かんだ。
本来、俺達2-3組は修学旅行に行くはずだった。しかし、目を覚ますとそこは見知らぬ密閉空間。性質の悪い冗談なのか、悪意ある誘拐行為なのか見当がつかない。
取り合えず、記憶にある情報を整理してみることが先決だった。
鮮やかな稜線と、いきかう自動車。
それが最後の記憶だった。
時間帯夕方の八時くらいで、バスの中は潮騒のような喧騒に溢れていたことをおぼろげに覚えている。 そして誰かが深い眠りにつき、また一人、また一人と頭を眠そうに上下に揺らすクラスメイトの姿。
まだ、八時なのにもう寝るのだろうか。
そう思う暇もなく、俺自身もまどろみの中を旅していた。
その結果、こうなった。
不意に、俺の眼下にある物が映った。
それは扉だった。二m弱ある大きな扉だった。
俺はチーターが獲物に向かって駆け寄るように、扉に向かった。
押してみたり引いてみたりしたが、うんともすんとも言わなかった。
漠然とした恐怖が広がった。
「無駄だよ。桜木君」
幼馴染の岸本睡蓮だった。
岸本は巨大な扉をノックの要領で叩いた。
「さっき、試してみたけど開く気配はなかったよ」
ぐっと、奥歯を噛み締めた。
「それは本当か?」
「うん。さっき体育会系の男子が十人揃っても無理だった」
まるで、死刑宣告前の囚人のような気持ちだった。
俺は不安と絶望を振り払うかのように、辺りを見渡した。何か、この場を改善できる物は――――。
「なぁ、岸本。あれは何だ?」
「あれ? ああ、あのAセットとか、水とか書いてあるやつ? さぁ。食べ物や水でも出で来るんじゃないのかな。ただ、私も気になってもいじくってみたんだけど、何の反応もなかったよ」
ブオン、という機械独特の無機質な音。そちらに目を向けてみると、この空間の前方にあるディスプレイからだった。人工的な青白い光を放つそれに、みんなの視線が釘付けになる。それには、かすかな期待と懐疑心。もしかしたら、この状況を打開してくれるのかもしれないという、客観的憶測。裏を返せば、それは、自分一人では何もできない木偶であることを自らが証明している。
俺はひっそりと笑った。
くだらない。
そう思った。
しかし、それは睥睨ではない。
憐憫だ。何とも哀れな操り人形。他人の指示がなければ何もできないロボットだ。
一瞬、砂嵐のように画面が揺れる。不快指数を高めるようなノイズとともに、道化の格好をした男が現れた。といっても、人間ではなく例えるならギニョールに使われる人形をポリゴン化したようなものだ。よく、パソコンゲームで出るようなキャラとでも思ってくれればいい。
「皆さん、こんにちは。私はここ、Cブロックの管理人を務めさせていただく、レグルスというものです」
そいつは言った。みんなの目が大きく見開かれる。まさか、しゃべるとは思わなかった。俺も同意見だ。
レグルスはまるで、舞台役者のように周りを見渡した。星のマーカーが施された目から感情を読み取ることはできない。
そんな、無感動な目は辺りを一通り蹂躙した跡、定位置に戻った。
「さて、皆さん、たいそうびっくりしてらっしゃるみたいですね。無理もありません。しかし、安心してください。ここは楽園です。安心で平和な安住の地です」
意味が分からない。
俺はピンポンダッシュを食らった感じだった。
対する、みんなも不安そうに辺りを見渡した。
「しかし、皆さんが平和に過ごすためにはあるルールが二つ存在します。何も、難しいことではありません。まず、一つ目ですが、暴力は禁止です。ガンジーも言っているでしょう。非暴力に勝るものはないと。次に二つ目ですが、私に逆らわないことです。それが、この国のルールです」
「それよりも、なんで、俺達がここに連れてこられたのかを教えてくれ」
そういったのは、クラス委員の杉下和馬だった。
レグルスは視線だけ、杉下に向けた。
「それはお教えできません。主人にきつく口止めされていますから」
俺は少なからず驚いた。
まさか、この人工知能みたいなやつが、俺たちと意思疎通を行うことができるとは。
しかし、そんなことは些細な問題なのかもしれない。
それよりも、
一番の問題は、
なぜ、俺達2-3組がここに連れてこられたのか。
どうやって、ここから脱出するのか。
この二つに集約される。
そして、そのための手がかりはレグルスが既に提示している。
少なくとも、奴のバックには主人とかいう存在があることが分かった。
それは俺達を監禁した誰かがいるということを示唆している。
「ほかに質問をしたい人はいますか?」
「ちょっと、いいですか?」
と、言って立ち上がったのは佐久間百合だった。
度胸があり、正義感がある彼女なら、何かやってくれるに違いない。
そんな雰囲気が漂った。
「どうぞ」
「食料はどうするんですか?」
だった。
もっともな意見だった。
こんな密室で30人近くの人間を補える食料がどこにもないのだ。否。俺は後ろにある、妙な機械に目をやった。みょうちくりんな装飾。俺達をおちょくっているのだろうか。
「それなら、ご安心ください。食料販売機なら後ろのトイレの近くにあります。ただ、食料を購入するためにはFカードが必要になってきます」
「……Fカード?」
「はい、Fカードです。Fカードはディスプレイの下にあるカード口から、十二時と、二十四時。十二時間のサイクルで皆様の人数分支給されます。普通に生活していれば、まず、食料に困ることはありません」
何か引っかかる様な言い草だった。
普通に生活していれば、食料に困ることはありません……?
なら、普通ではない生活の仕方でもあるのか?
「それは、本当ですよね? レグルスさん?」
「レグルスで結構ですよ、佐久間さん。後一時間ほどしたら、配給の時間です」
たしかに、この部屋にある時計は二十三時を指していた。
二十四時になれば、Fカードとかいう妙な代物が三十二人分、配給されるはずだ。
レグルスはさっきと同じようにあたりを見渡した。
みんな顔を伏せ、それに答える。
もう、あなたには頼りません。私たちは団結していきます。
という意思表示だった。
それぞれ気丈な表情を作る。
はたして、いつまでもつか。
「ほかにありませんか?」
俺は黙って手を挙げた。
「桜木さんですね。どうぞ」
刹那。
赤外線レーザーのように視線が集中する。
俺は言った。
「ここから、脱出することはできるのか?」
レグルスは呆気にとられた、と、言った表情を浮かべた後、面白くて仕方がないという笑みを浮かべた。
「断言しましょう。今現在は無理です」
みんなの顔が絶望の色に染まる。希望を打ち砕かれた。そんな表情だった。
俺は手をさげ、両手で頭の後頭部に添えて、しゃがんだ。
傍から見れば、絶望に打ちひしがれて頭を抱える人に見えるだろう。
「まじかよ……」
俺は呻くように言った。
そんな俺に同情の眼差しが注がれる。
「おっと、そろそろ時間ですので、私はおいとましましょう。では、さようなら」
短いノイズとともに、レグルスは砂塵の中に消えた。光沢を発する微粒子がディスプレイ上に舞う。
同時に、Cブロックに脱力感のような空虚な物が広がる。
俺は相変わらず頭を抱えていた。
「大丈夫。どうにかなるって」
「いざとなったら、杉下の奴がやってくれるさ」
慰めのつもりなのか、大して親しくのないやつらから声を掛けられる。
俺は小さくうなずいて、部屋の隅に隠れ、顔を隠した。
張り裂けそうな笑い声をあげるのを防ぐために。
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