恩返しのこと・十一編
「………お前という奴は……ほんっっっとに事態をややこしくする天才だな……!」
事の顛末をユーフィムからすべて聞かされた律は、文字通り頭を抱えてぎろりとユーフィムを見据えた。それには一抹の罪悪感も抱いていないのか、組んだ足の上で頬杖を突きながら飄々とした表情であっけらかんと答える。
「だって、よりにもよってこの国の第二皇子なんかにリツの存在を明かすと思うかい?この国にリツが奪われると判っていながら、それを俺が許すとでも?」
にやりと笑うユーフィムの小綺麗な顔がまた憎らしい。
『こういう手合いは関わるとろくな事がない』─────ユーフィムを初めて見た時に抱いた印象が全くもって正鵠を得ていた事にげんなりとしながら、それでももうそれなりに深く関わってしまった現状に、律は白旗を上げるように嘆息を落とした。
「………まさかお前さんがずっと妨害していたとはな…………」
半ば呆れたように腕を組んで天を仰ぎ見るゼフォルに、ユーフィムは鼻を鳴らした。
そう、どうやら自分の妨害は意外にも成功していたらしい。下手を打った自覚はあるし、段取りも呆れるくらい悪かったと反省もしているが、ゼフォルから第二皇子側の動向と経緯を聞く限り、何だかんだと妨害はできていたようだ。
(……とはいえ結局第二皇子と顔を合わせる羽目になったんだから、全く意味はなかったんだけどね)
自分の努力がものの見事に水泡に帰した事を自覚して、ユーフィムは面白くなさそうにそっぽを向く。そんなユーフィムなどお構いなしに、一人小首を傾げるコーディが口を開いた。
「……んー…ややこしくてよく判んねえんだけど、つまり俺が探してるレオと、ゼフォルのおっさんが言ってた御仁ってのが実は同一人物だった、って事でいいのか?」
「……………どうしてお前まで儂に『おっさん』をつける?」
「はは!リツのが移った!」
目を細めて険しい表情を取るゼフォルに対して、怯える事も悪びれる事もなく笑っているところを見ると、この小柄なコーディという少年も律と同じく物怖じしない性格らしい。
律はそんな二人のやり取りを聞くともなしに聞きながら、コーディの質問にため息交じりに答えた。
「………ま、そういう事だな」
その律の声音には、呆れと諦観が多分に乗せられている。
『見捨てる必要はない。でも助けるのは一人でいい』─────ユーフィムのその問いかけの答えなど、考えるまでもなく『同一人物』しかありえないのだ。
じとりと視界の端に捉えたユーフィムは、事態を引っ掻き回した張本人であるにも関わらず、まるで無関係を装うように細めた瞳を全く別の方に向けている。そんなユーフィムを見据えながら、何が答え合わせをしようだ、と心中で軽く憤慨する律を、そうとは知らないコーディは満面の笑みで迎え入れた。
「じゃあよかったじゃん、リツ!」
「………何がだよ?」
「だって二人同時に助ける必要も、どっちを助けるか悩む必要もなくなったんだろ?もう時間もないんだしさ、猶予がない中で二人も治療なんて出来ないじゃん。そんな事になったら絶対リツは無理して倒れてるよ。────よかったな!治療するのが一人でさ!」
さも嬉しそうに答えたコーディの屈託のない笑顔に、律はわずかに瞠目した後、思わず吹き出すように小さく笑う。
「……お前って底抜けにポジティブ思考だな」
「…?ポジ…ティ……?何それ?」
「こっちの話」
ひとしきりくつくつと笑った事で、どうやらユーフィムに対する留飲が下がったらしい。それを自覚して、律はやはり不機嫌そうに目を細めているユーフィムをもう一度小さく一瞥した。
「で?」
「?」
「お前は何で素直に白状したんだよ?嫌だったんだろ?俺とその第二皇子が会うのは」
「…………嫌だよ、今でもそれは変わらない。叶うならこのまま力づくでリツを連れ帰って、簀巻きにして部屋に閉じ込めたいくらいだ…!」
(……………そんなにかよ)
それが現実にならなくてよかったと内心で安堵しつつ、律は苦笑を湛えながらユーフィムの続く言葉を待った。
「………でも、仕方がないだろう?降参したんだよ。リツは絶対諦めないだろうし、これ以上邪魔して第一皇子が本当に死んだら、それこそすべてが露見した時リツはもう二度と俺と口を利かないだろう?……だから白旗を上げたんだ」
なのに同一人物をいつまでも別人だと思って一向に話が進まないのはいただけない。行くと決めたならさっさと行って第一皇子を治療し、さっさと終わらせてリツを再び彼らから遠ざけたいのだ。────そうでないと、いつまで経っても心がざわついて、いっかな休まらない。
律はまるで拗ねた子供のように頬を膨らませて、ぽつりぽつりと言い訳を落とすユーフィムをくすりと笑った。彼の言葉はそのまま『律に嫌われたくない』という言葉で代用できる。それが判るから、なおさら彼を責める気にはなれない。
不本意の中にわずかな面映ゆさを忍ばせるユーフィムをもう一度笑って、律は仕切り直すように声を上げた。
「さて!やる事は決まったな!ゼフォルのおっさん、その第二皇子にはどこに行けば会える?」
おもむろにソファから立ち上がって自分を仰ぎ見る律に、ゼフォルはその無骨で大きな顔をにやりと歪ませる。
「この街の中心に議事庁舎がある。そこに行けば殿下に会えるだろう」
「そか、ありがとな。情報料はいくら支払えばいい?」
「いらん。これは殿下の依頼を遂行しているだけだ。お前から情報料をもらう謂れはない」
「同一の依頼で複数人から依頼料や情報料を徴収する事は、ギルド法で禁じられておりますので」
補足するロゼの言葉に、律は「へえ…!」と感嘆の息を落とす。
どうやら無法者が集まる印象の強いギルドにも、法という秩序が存在しているらしい。
それを律儀に守るゼフォルを好ましく思いながら、律は謝意を彼らに残して執務室を後にした。彼らが去った扉をゼフォルはじっと見据えたまま、そんな自分を訝しそうに見上げているロゼに小さく声をかける。
「……なあ、ロゼよ。一つ疑問があるんだがな」
「?疑問、ですか?」
「─────漆黒病の治療法が本当に存在すると思うか?」
「!」
ゼフォルの質問に、ロゼは瞬く。
────アレンヴェイル皇国第一皇子の病名は、公式には明らかになっていない。判っているのは、不治の病に冒されたという事だけ。だが、ありとあらゆる情報が集まるギルドには、国家機密としてその病名が明らかになっていた。
『漆黒病』────この世界では聖女による治癒魔法でしか快癒できない難病だ。それを、こことは異なる世界とはいえ、治療法が確立しているとはどうしても思えない。あの病は薬剤などでどうにかできるような生易しい病ではないはずだ。あるとすれば魔法に準ずる治療法だけだろうが、肝心の律はこの世界に来て初めて魔法を使ったという。なのに彼は断言したのだ。『自分にはこの病を治す手立てがある』と。
「……そもそも、おかしな話だと思わんか?なぜレオスフォード殿下はリツに漆黒病を治癒する手立てがあると判った?殿下が異界の旅人と顔を合わせたのはたった一度、リツがこの世界に降り立った直後だ」
「……その頃の殿下は、今のように目の色を変えて異界の旅人を探し回っている様子でもありませんでしたね。泰然自若と構えて、成り行きに身を任せているような節がありました」
ロゼの言葉に、ゼフォルは首肯を返す。
「リツが初めてここに来た日、カッティ様とザラがここを訪れたが切羽詰まっている様子ではなかった。彼らの様子が変わったのはその翌日からだ。異界の旅人に関する情報はどんな些細な事でもいいからつぶさに教えろと言ってきた」
「もっと変わったのは昨日からです。『人の命がかかっている』と文字通り血眼になっていました」
それを聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのは、漆黒病に苦しむ第一皇子の存在だ。きっと彼の容体が急変したのだろう。それは容易に想像がついたが、それがなぜ異界の旅人である律を探し出す事に繋がるのかが判らなかった。それにようやく得心を得られたのは、律が言った『病を治す手立てがある』という言葉を聞いたからだ。だが得心しながらも、魔法以外の方法で本当に漆黒病を治癒する手立てがあるのだろうか、という疑問が頭をもたげる。
「……血眼になって探すという事は、リツとの再会が果たせていないという事だ。なのにリツが漆黒病を治せると知っていた。それを殿下は一体いつ知った?そしてなぜリツ自身も、漆黒病を必ず治せる病だと断言する?」
たとえ本当に律がいた世界では治療法が確立している病だとしても、治療に必要な薬剤を生成するための薬草や材料がこの世界にあるとは限らない。何せ医療が他国よりも群を抜いて発展しているここアレンヴェイル皇国ですら、ありとあらゆる薬草や薬剤を使用して第一皇子の漆黒病完治を目指したにも関わらず、十二年経っても成し得てはいないのだ。
治せると断言する律。
そんな律を血眼になって探す第二皇子。
どちらも強い確信を抱いている事が解せない。
「まさか……!リツ様がもうすでに漆黒病患者の治療に成功した─────?」
ようやくその結論に至って、目を瞠りながらそれでも信じられないと言いたげに呟くロゼに、ゼフォルはにやりと笑う。
「それをどこかで知った殿下が、兄君のために血眼になって異界の旅人を探した─────というのが一番自然な成り行きだろうな」
「ですが……一体どうやって…?」
「ふむ……この世界の精霊は、どうしてもリツの手助けをしたいらしい」
眉を八の字に寄せながら小首を傾げるロゼに、ゼフォルは明言を避けてくつくつと笑う。
考える事は性分ではないが、その実、考えた先に思いもよらない答えが待ち構えていた時、心が躍ってじっとしていられない気分になる。ゼフォルはそれが妙に心地よく、癖になるほど好きだった。考える事が苦手な自分が、それでも考える事をやめないのは、きっとその感覚を味わいたいと思うからだろう。
「ナルカミ=リツ、相変わらず食えん男だ」
まるで子供のように顔を綻ばせるゼフォルを、ロゼは幼子でも見るように穏やかな顔でくすりと笑った。
**
「どこの馬の骨とも判らん者を容易く通せるわけがないだろ!!帰れ帰れ!!」
拒絶するように議事庁舎の大きな門が重々しい音と共に閉まって、取り残された律たち三人は茫然と立ち尽くした。
「………………門前払いかよ」
「何だよ、あの態度!!!!だから異界の旅人だって言ってんじゃん!!!」
取り付く島のない門番の対応に憤慨するコーディを面白そうに一瞥してから、ユーフィムは高らかに手を打ち鳴らした。
「さ!帰ろう!!今すぐ帰ろう!!」
「…………こら待て、帰るなユーフィム」
花が綻ぶような笑顔で躊躇なく踵を返すユーフィムの襟元を、律はげんなりとした顔で掴む。
「だって仕方がないだろ?議事庁舎に入れないんだったら彼らに会う事も出来ないんだから」
そう言うユーフィムの表情は、どう取り繕っても仕方がないと思っているような顔ではない事は明白だろうか。
「じゃあ、ここでレオが出てくるのを待てばいいじゃん!!」
「却下。怪しい奴らだと言われて衛兵に捕まるか追い払われるだろうね」
「……じゃ、じゃあ!!もう一回さっきの門番に説明してみようよ!!」
「言っても同じ。約束を取り付けてるわけでもないし、リツが異界の旅人だって証明のしようもない。……言っとくけど門番は決して言葉を鵜呑みにする事はないよ。特にこういう所は要人が多い。良からぬ事を企む輩は多いし、そんな連中相手に言葉を鵜呑みにして容易く中に通していたら門番の意味がない」
「う゛…っ!」
何を言っても的確な反論が返ってきて、コーディは言葉を失う。唐突に歩き出した律に助けを求めるように振り返ってはみたものの、何やら考え込みながら議事庁舎の周囲をぼんやりと歩く律の背には、二人のやり取りは届いていないようだ。コーディは律に助けを求める事を諦めて、再び睨みつけるようにユーフィムの顔を仰ぎ見た。
「………………門番が門を開いた隙に強行突破とか!?」
「………………自殺行為だね。死にたいなら邪魔はしないけど?」
あまりに稚拙な考えに、ユーフィムは呆れと小馬鹿にしたような表情をコーディに送る。その顔がまた憎らしいほど綺麗なのが腹立たしい。ずっと男のように過ごしてきた事もあって、当然自分を女だと思ってはいないし自分の容姿の美醜などに興味はないが、この男が女である自分よりも綺麗である事実が嫌に癪に障るのはなぜだろうか。
なぜだかユーフィムに対して劣等感とも嫉妬とも取れる感情が沸々と湧いて出てくるのを自覚して、だがそれでも負けじと睨み返すコーディの耳に、前を歩く律の呟きが届いた。
「………まあ、それも悪くねえんだけどさ」
「え!?」
「え゛!?」
自分の意見が肯定されて嬉々とした声を上げるコーディと、耳を疑うような律の返答に胡乱な声を上げるユーフィムが慌てて振り返った視界に映ったのは、足を止めて議事庁舎の門壁を見上げる律の姿だった。
「正気か、リツ!?そんな事をすればすぐに捕まるぞ!」
「捕まる前にレオに会えばいいじゃん」
「そんな簡単な話じゃない!曲がりなりにも議事庁舎だぞ!衛兵だけじゃなく騎士も守りを固めてる!そんな奴らが侵入した賊を、容易く中まで─────」
そこで言葉が途切れたのは、コーディを強く見据えていたユーフィムの視界の端に、やはり門壁を見上げたまま動かない律の姿が入ってきたからだ。律が何を考えているのかが判らず二人仲良く小首を傾げて顔を見合わせるユーフィム達に、律はようやく、だが門壁を見上げたまま声をかけた。
「………この門壁、高いよな」
言われて二人同時に門壁を見上げる。見上げた視界に映る門壁はかなり高い。周囲に建つ民家の三、四倍はあろうかという高さだ。これを飛び越える事はおろか、縄を伝って登る事も決して容易ではないだろう。あまりに時間がかかり過ぎて、おそらく登っている途中で衛兵に見つかり弓で射殺されるのが関の山だろうか。
「……さすがにここからの侵入は考えない方がいい」
「でもお前ならいけるだろ?」
言われて、ユーフィムは周囲を見渡す。コーディとじゃれ合いながら、歩き出した律の後ろを何とはなしについてきたが、いつの間にやら裏路地に入っていたようだ。さすがに身軽な自分と言えど、この高さを一飛で越える事は難しいが、目の前にそびえ立つ門壁の向かいには都合のいい事に隣の建物の外壁がある。ほどよく目隠しになる上に、門壁と隣の壁を交互に飛べば、これくらいの高さなど物の数にも入らない。
「………いけるけど、あくまで俺一人だけだ。リツやコーディを抱えては登れない」
だから無理だと言外に含ませたユーフィムの言葉に、律はまるで悪戯を思いついた子供のようににやりと笑う。
「何言ってんだよ?俺たちには頼もしい仲間がいるだろ?」
その言葉を待っていたかのように、律の肩掛け鞄からひょっこりと顔を覗かせた頼もしい仲間は、任せろとばかりに、くおん!と鳴いてみせた。
**
「………すげぇな…!ほんとにこんな高いとこ飛び越えたんだ…!」
黒虎の背で今しがた飛び越えたばかりの門壁を見上げながら、感嘆の息と称賛の声を上げたのはコーディだ。裏路地で元の大きさに戻った黒虎の背に乗ると、すぐさま跳躍をして軽々と門壁を飛び越えた。そのまま地に降り立つまで時間にして一分もかかっていない。おそらく誰の目にも留まらなかっただろう。
「ほら、コーディ」
「…!」
黒虎の背から先に降りた律は、当然のようにコーディに手を差し伸べる。それがいかにも、下ろしてやる、と言っているようで、コーディはたまらず頬を赤く染めた。ただでさえ黒虎の背に乗る時も小柄なコーディでは一人で乗る事も出来ず、律の手を借りたのだ。その上、下りる時まで律に頼りっぱなしは御免被りたい。─────何より、まるで女扱いされているようで面映ゆくくすぐったい。
「い…いいよ…!一人で下りられる…!子供じゃないんだからさ…っ!」
「いいから」
腕を伸ばしたままコーディを促すように手のひらを上にして小さく手招きする律に、コーディは反論する術を失って言葉を詰まらせる。真っすぐこちらを見返してくる律の視線からは、折れる気がない事がひしひしと伝わって、コーディは気恥ずかしい気持ちをごまかすようにふくれっ面を作りながら律の手を取った。
(………リツって意外と力があるんだよな……)
黒虎の背に乗る時もそうだったが、人一人の体を支えているとは思えないほど軽々と自分を持ち上げる。それがまた男らしく頼もしいと感じるたび、なぜだかコーディの鼓動が妙に波立ち顔が火照るのだ。またもや理由の判らない感情に振り回されつつ、何とか平静を装ったコーディをふわりと地面に下ろしたところで、わずかに遅れて門壁を飛び越えたユーフィムが悠然と地に降り立った。そのいつもながら重力を感じさせない優雅な身のこなしに、律は感服したように息を漏らした。
「さすがだな、ユーフィム」
まさか漫画や小説で当たり前のようにある人間離れした動きを、実際にこの目で見られるとは。
そんな詠嘆を多少なりとも含ませる律の言葉に、ユーフィムは一瞬心が舞い上がった後、すぐさま我に返って照れ隠しに一度小さく咳払いをした。
「────で?この後どうするつもりだい?」
頬の赤みに余韻を残しながら、再び小さくなった黒虎を肩掛け鞄に迎え入れる律にユーフィムはそう訊ねる。
「このままここにいてもすぐに見つかるだけだ。中に入れば見つかる確率はもっと上がる。見つからずに第二皇子に会える可能性はないに等しい。……まさかリツがこんな無謀な事をするとはね」
若干、落胆を含んだユーフィムの様子に、律はにやりと笑ってみせた。
「無謀じゃねえよ。算段はついてる」
言って、律は指を高らかに鳴らす。澄んだ音が周囲に響き渡ると同時に、ユーフィムの視界から律とその隣にいたコーディの姿が消えて、目を丸くしながら慌てて自身の手に視線を落とした。その視界にはやはり自身の手すら視認できず、ただその向こうにある地面だけが見えた。自分の手足がそこに確実にあると頭では判っているのに、なぜだか決して視界には映らない。ユーフィムはその不可思議な光景に、唖然としながら息をのんだ。
「な、何だよこれ………っ!?リツとユーフィムは……!?」
「落ち着け、コーディ。姿を消しただけだ、俺はここにいる」
「…!」
どこからともなく律の声だけが降ってきて、すぐさま自分の手を握る温かな感触に気づく。男特有のごつごつとした大きな手のひらと、反面妙に心が落ち着く温かさが一体誰のものであるかを理解して、コーディは一度は収まったはずの胸の高鳴りにたまらず慌てふためいた。
「リ、リツ……っ!?なななんで手なんか握って────!?」
「我慢しろ。お互いの姿が見えねえんだから仕方がないだろ?はぐれると厄介だ」
「あ……そ、そういう事か……」
「ほら、ユーフィム。お前も手を─────」
言いながら律は、消える直前まで確実にユーフィムが立っていた場所に手を伸ばす。その手が宙を掴んで空気を撫でた事に、律は眉根を寄せた。
「………………ユーフィム……?」
まさぐるように何度手を動かしても、触れるのは空気だけ。訝しげに名を呼んだ律の声にも、返ってくる声はない。幾度目かで空気を撫でたところで、律はようやくこの周辺に、もはやユーフィムの気配がない事を悟った。
「…………………あのやろ……!」
ユーフィムの耳に届くことはないと判りつつ、それでもそう小さくぼやいたのだ。




