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恩返しのこと・四編

「アレン!!そっち行った!!!」

「よっしゃ!!任せろ、コーディ!!!」


 魔獣の森で、二人の勇ましい声が響く。剣を構える二人の間を右往左往しているのは、モルモットほどの大きさの小型の魔獣が二匹。体は小柄だが、それゆえに動きが早くすばしこい。跳躍力もあって剣を振ってもなかなか当たらないが、力は比較的弱い魔獣だった。


「しっかり魔獣を見て剣を振るんだ、アレン!!!適当に振っても当たらないぞ!!!」

「判ってるよ!!」


 言いながら振り下ろした剣撃は、やはり魔獣には当たらず宙を斬る。


「あー!!!くそ!!!見ても当たんねえんだよ、レオっっ!!!」

「当たり前だ!!魔獣は動いているんだぞ!!今いる場所を斬っても遅い!!動きの先を読んで振れ!!!」

「無茶言うなよ!!!」


 助言をくれるレオスフォードに、アレンは渋面を取って怒鳴り返す。アレンの剣から逃れた魔獣は、すぐさま取って返して今度はコーディに向かって大きく跳ねた。


「コーディ!!!そっちに行ったぞ!!!言われた通りにやってみろ!!!」

「わ、判った…!!」


 自分の方に跳躍する魔獣に向けて、コーディは剣を構える。

 先を読む────という事が具体的にどういう事かよく判ってはいないが、飛び跳ねたものの軌道を予想する事は容易い。コーディは若干へっぴり腰気味ではあったが、跳ねて落ちてくるであろう場所へと大きく剣を振り払った。ちょうどそこを通過した魔獣の体はものの見事に両断されて、そのまま黒い霧となってほろほろとその姿を崩す。その最期を見て取って、コーディは目を大きく見開いた後、煌々と輝かせて歓喜の声を上げた。


「や、やったーっっ!!!!!当たった!!!!!」

「コーディすっげえ!!!!次は俺も─────」


 言いながらもう一匹の魔獣の姿を探したアレンの視界に映ったのは、歓喜に湧いた事で生まれた隙に乗じて、そそくさと森の奥へと逃げようとする魔獣の背。アレンは慌ててそちらへと駆け出した。


「くそ!!!逃げられる!!!!」

「追うな!!このバカ!!!」

「うげっ!!」


 駆け出したアレンの外套のフードをすかさず掴んで止めたのは、やはりレオスフォードだった。強く引っ張られたフードで首が締まったアレンは、軽く咳き込んで首をさすりながらレオスフォードを振り返る。


「何で止めんだよ!!?レオ!!!!」

「今回の任務は魔獣討伐じゃないだろ、アレン」

「そりゃそうだけど!!」

「アレン、気を付けたほうがいい」


 納得がいかないとばかりに声を荒げるアレンに、レオスフォードに代わってギルバートがやんわりとたしなめるように口を挟む。


「魔獣の中には逃げたと見せかけて、自分たちに有利な場所や仲間の巣に誘い込んだりする知恵の回る魔獣もいる。何も考えずに深追いすると痛い目に遭う事もあるからね。簡単に後を追っちゃいけない」

「え……っ!!?……………マジで?」


 ちらりと後ろに立つレオスフォードを見上げるアレンに、彼は無言でにやりと笑って頷く。そんな事態に追い込まれた自分の姿が否応なく脳裏に浮かんで、みるみる蒼白になるアレンにレオスフォードは笑い含みに告げた。


「戦闘にも頭は必要だからな。何も考えず闇雲に突っ走って剣を振るのではなく、きちんと考えてから行動しろ」

「…………はーい」

「…さあ、先に進むぞ」


 不承不承と返事をするアレンをくすりと笑って、レオスフォードは先を促す。


 まだ魔獣の森に入って十分ほど。この辺りはまだ比較的弱い魔獣が多い。魔獣の森の外周周辺は弱い魔獣が多く、森の中心に当たるあの巨樹に近ければ近いほど強い魔獣が棲みついている、と言われている。当然例外は付き物だが、それでもこの辺りの魔獣ならばと、レオスフォードは未だ初心者に毛が生えた程度のコーディとアレンに、軽く手ほどきをしながら森を進んでいた。


「……すまないな。こんな事に付き合わせただけじゃなく愚弟たちの面倒まで見てもらって」


 申し訳なさそうに嘆息を交えながらそう詫びを入れたのは、義兄であるジオンだ。聞けば一番年若いと思っていたコーディの年齢は十八で、アレンの方が十六と一番年が下らしい。その有り余る若さと元気を有する二人に、二十一歳のジオンはどうやら手を焼いているようだった。


「これで実力が伴っていれば心配する事もないんだが」


 そうため息交じりにぼやくジオンに、レオスフォードとギルバードは思わず笑う。


「まあ、そう言ってやるな。二人はまだ若い。これからいくらだって実力を付けられるだろう」

「そうですね。コーディは目もいいし動きが素早い。アレンも剣筋は悪くありません。もう少し勘や頭を働かせれば上達する見込みは十分あります」

「ああ、二人とも伸び代はある。信じて待ってやれ」

「─────…」


 二人の言葉に、ジオンは呆けたように目を瞬いた。その様子に訝しげに眉根を寄せて、レオスフォードはたずねる。


「…?どうした?」

「……いや、あんた達はコーディやアレンを笑わないんだな、と思ってな……。他の連中はみんな、あいつらを笑うからな……」


 少し寂し気に、だがそれ以上に褒めてくれた事に喜びを乗せた表情を、ジオンは控えめに落とす。それを見て取って、レオスフォードもまた仄かに笑みをたたえた。


「懸命に頑張る者を笑えるものか。特にコーディはあの小さな体でありながら、騎士顔負けの男気がある。────将来有望な弟たちを持ったな、ジオン」


 コーディは『妹』だけどな、とジオンは内心で苦笑を漏らしつつ、だが今まで言われた事のない賛辞が妙に面映ゆくくすぐったい。滅多に受けない言葉だけにどう返答したらいいものかと迷っていると、ジオンの視界の端で愚弟たちが目的地とは違う場所に向かおうとしている姿が入ってきて、ここぞとばかりに慌ててそちらへと逃げるように足を向けた。


「おい!!そっちじゃないだろ!!勝手に先々進むなと何度言えば判るんだ!!!」

「え?こっちじゃないの?」

「違う!!」


 ジオンの様子に照れているのだと感じ取って、三人の姿を笑い含みに眺めるレオスフォードを、ギルバートは小さく一瞥した。


「………よろしいのですか?殿下。このような事をなさっている場合ではないでしょう?」

「……………」


 ひそめるギルバートの声に、レオスフォードは無言を返す。


「……エルファス殿下はもう一刻の猶予もございません。早々に異界の旅人────リツを探し出し戻らなければ、取り返しのつかない事に─────」

「判っている。────判っているから言ってくれるな、ギル」


 わずかに険しい顔でギルバートの言葉の先を奪うレオスフォードの様子で、悟る。


 本当は居ても立っても居られないのだ。

 今すぐにでも異界の旅人の捜索を開始し、草の根を分けてでも探し出したいのだ。

 どれだけ平静を装っていても、その心内こころのうちでは焦燥感に駆られている─────。


 そう察したギルバートは、小さく息を吐いた。


「…ここは私に任せて、殿下はすぐにリツの捜索に戻られてください」

「…いや、私が引率すると言い出した事だからな。今更、反故にするつもりはない」

「…!……貴方は相変わらず、優先順位を付けられない方ですね…!」

「口が過ぎるぞ、ギル」

「私はもう貴方の騎士ではありません」

「ならば私もお前の進言に耳を貸す道理はないな?」


 応酬に応酬を重ねる二人は、互いに視線をぶつけ合う。一触即発になりそうな雰囲気でわずかに流れた沈黙を最初に破ったのは、ギルバートの方だった。


「……貴方はどうしていつもいつも、ご自分の事を二の次にして他人ばかりを優先なさるのです?」


 諦観を込めた盛大なため息を落とすギルバートに、レオスフォードはくすりと笑みを返す。


「そういう性分なんだろう。……そう兄に育てられたからな」


 身分に関係なく、困っている人がいれば自分を二の次にしてでも手を差し伸べなさい────それが兄の口癖だった。


 皇族という身分の上に決して胡坐あぐらをかかず、民のために尽くしなさい。

 王のために国があるのではない、国と民のために王がいるのだ。我々は国を一時的に預からせてもらっているだけ。だから決して、国も民もぞんざいに扱ってはならない─────実兄であるエルファスは、レオスフォードが幼い頃から何度も何度もそう言って聞かせていた。


 それが功を奏したのか、レオスフォードは兄が思う以上に正義感あふれる人物に育った─────それはもう融通が利かないほどに、とギルバートは内心で人知れずそう愚痴をこぼす。


 隣でうんざりしたように諦観のため息を落とすギルバートをちらりと一度視界の端に入れてから、レオスフォードは再び声を潜めて訊ねた。


「……お前は異界の旅人に会った事があるのか?」

「…はい、ギルドの登録に来た彼と一度だけ」


 ずいぶんと荒唐無稽な人物だったとギルバートは記憶している。

 やる事成す事そのすべてが、とにかく破天荒だった。型にはまらず、短慮に見えて芯は沈着冷静、そしてその能力でさえ自然法則を完全無視した常軌を逸したものだった。


(……まさか彼に治癒能力を保持している可能性があったとは……)


 判っていれば、あの時手足を縛ってでも議事庁舎まで連れて行ったものを─────。


 思ってギルバートは内心でかぶりを振った。

 判っていれば、ではない。そこまで思い至らなければならなかったのだ。


 彼の能力は完全にこの世界の法則を無視したものだ。ならば聖女以外決して扱えない光の精霊も、扱えるかもしれないと予想して然るべきだった。それを見落としたのだ。


 彼がこの世界に降り立ったばかりの異界の旅人ではないかという事は、彼の非常識な能力で薄々勘づいてはいた。気づいていてそれをあえて看過したのは、自分がすべき事とは違うからだ。だが結果的に、それが仇となった。


 不甲斐ない自分に苛立ちを覚えてギルバートは拳を固く握った後、怒りを抑え込むように眉間にしわを寄せた瞳を一度固く閉ざす。そうして深呼吸に似た息を吐いて、レオスフォードに視線を向けた。


「…あれからリツを探してはおりますが、目撃情報が一つもございません。『渡り鳥』の仲間を募ってしらみつぶしに聞き込みをさせてはおりますが、有益な情報は何も……」

「……そうか」

「ですが一つだけ彼がいる可能性のある場所が浮上してきました。─────北西の森の中にある、元客亭です」

「…!……カッティが言っていた場所か…!」

「…!……さすがカッティ様」


 十数人の渡り鳥を使ってようやく得た情報を、彼はおそらくザラだけで得たのだ。頭の切れるカッティの事、ザラが得た情報を選別し、ない情報は推察と勘で補っているのだろう。それができるだけの能力がカッティにある事を、ギルバートは長い付き合いの中ですでに認識している。


「あの元客亭を売った業者に直接会って話を聞きました。あそこを買ったのは、この辺りでは見かけた事のない黒髪の若い男だったという事です。他に、妙に小綺麗な顔をした白金の髪の男が一緒にいたそうで、北西の森を見張らせていた者から、やはりその白金の髪の男が頻繁に出入りしている、と」

「……そうか。あそこはカッティが今日ザラと共に行くと言っていた。今頃はもう着いている頃だろう」

「だとすれば、カッティ様が吉報をお持ちするかもしれません」


 ギルバートの言葉に、レオスフォードは首肯を返す。

 わずかに希望が見えてきた。

 今度こそそのわずかな光を、取りこぼさずにこの手に掴むことはできるだろうか。


 その光を掴むように拳を軽く握るレオスフォードに、ギルバートは告げる。


「念のため、その元客亭ではなかった場合を想定して、他の場所も捜索を続けております。何か有益な情報が得られれば、すぐにでもご報告いたしましょう」


 そんな想定は御免被る、と内心で思いつつ、レオスフォードは小さく頷いた。


**


「思ったより時間がかかったな」


 小さくため息を落としながら、律は自身の白い吐息を追うように空を仰ぐ。


 もう昼食の時間だ。子供たちはきっとお腹を空かしている頃だろう。

 思いながら、律は肩にかけている鞄の中を覗く。中には十六人が十日は過ごせるだけの食材が山のように入っていた。


(この鞄は買って正解だったな)


 通常であれば、これほどの量の買い物をすれば、運ぶのに数人の手が必要になるだろう。あるいは台車のような荷物を運ぶものが必要になったかもしれない。だがこの鞄は、いとも容易く何でもその中に受け入れてくれた。一番助かるのは、どれほど中に入れても重さが変わらない事だ。もっと助かるのは、中に入っている物は決して腐る事なく新鮮なまま現状を保存してくれる事だった。


 律は満足げに鞄を軽く一度叩いて、帰路に就いた。

 その道中、律の視界に数日前自分が宿泊していた宿から見覚えのある恰幅のいい女性が出てくる姿が見えて、律はおもむろに手をあげて声をかけた。


「…ああ、女将さん…!久しぶりだな。ちょうど良かった。また何か料理を教えてくれないか?出来れば病人に食べさせられそうな栄養のあるやつ」


 律は宿の退去手続きをする際、宿の女将にいくつか料理を教わっていた。ついでに律には馴染みのない見知らぬ食材の味や食感についても教えを乞うた経緯があり、なおかつ女将は女将で嬉しそうに惜しげもなく教えてくれたので、律は遠慮なくそう訊ねたのだった。


 だが返ってきたのは律の想像と違って、吃驚した女将の顔とその後に続く驚きの言葉だった。


「あんた……っ!!今まで一体どこにいたんだいっっ!!?」

「…………え?どこって………」

「ギルドがあんたを血眼になって探してんだよ……っ!!!」

「………………………はあっっ!!?何で!!?」

「そんな事私が知るもんか!!あんた何かやらかしたんじゃないのかい!?」

「やらかしたって……………………別に?」


 小首を傾げて記憶を可能な限り遡らせても、思い当たるものが何一つない。それでなおさら眉根を寄せる律に、女将は呆れたようにため息を落とした。


「あんたは悠長だねえ……。とにかく!一度ギルドに顔出しに行きな。もう何度もあんたの事を聞きに足繁く通ってる人もいるんだ。見てて気の毒さね」

「だったら俺のとこに来りゃいいのに」


 その見当違いな律の言葉に、女将はなおさら深いため息を落とす。


「……何言ってんだい。あんたがどこに行ったか判らないから、ここに来てるんだろう?」

「でもギルドの登録で住所書いたはずだぞ?」

「ああ、ここの住所をね」

「…………………」

「…………………」

「……………まじか……!!」

「………あんたはたまにどっか抜けてる子だねえ」


 ようやく事情を飲み込んで、自嘲を含んだため息と供に垂れたこうべの額に手を当てる律を、女将は呆れと苦笑で迎え入れる。


 漆黒病の治療にばかり頭がいっていて、すっかり忘れていた。ギルドに登録をしたその日、とりあえず家がないからと、仮の住所としてここの宿の住所を書いたのだ。定住先が決まったらまたすぐに報告に来てくれとロゼに言われた事を今更になって思い出して、律はたまらずバツが悪そうに渋面を取った。


(あー……ゼフォルのおっさん、怒ってっかなあ……?……ロゼさんは困ってそうだよな……)


 あの登録表は、言わばギルドの情報───財産なのだ。故意ではないにしろ嘘を書いた事になるし、その情報を売ったギルドにも偽の情報を売ったと傷がつく事は必至だろう。


 律は覚悟と諦観を多分に含んだ深いため息を一つ落として、諸手を挙げるように女将に告げる。


「………判った。ギルドに行ってくるよ」

「頼んだよ」


 意気消沈する律に笑い含みで答えて宿の中に戻っていく女将を見届けてから、律はやはり重い足取りで踵を返す。そうして一歩進んだところでお腹を空かせた子供たちの姿が脳裏に浮かんで、律は後ろ髪を引かれるように、あるいはそれを出しに嫌な事を後回しにするように、重い足取りをピタリと止めた。


(……………まあ、どうせ行くんだし、飯食ってからでも問題ないだろ)


 そう自分に言い訳をして、まさか自分のあずかり知らぬところで自分を巡って騒動が巻き起こっているなどとは露知らず、律は踵を返した足を再び返しそのまま帰路に就いたのだった。

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