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ギルドのこと・二編

「ここがギルドか」


 言いながら律は、目前の建物を見上げる。


 他の家屋と変わらない赤茶色のレンガ造りの建物で、二棟が繋がった連棟式建物と呼ばれる建築物だ。それぞれの扉の前には看板が掲げられていた。一方にはワッペンでよく見かける紋章のような形を象った中に、剣と盾が描かれている看板が、もう一方には同じ紋章の中に羽ペンと丸められた羊皮紙らしきものが描かれた看板だった。


「………これ、どっちに入ったらいいんだ?」


 その二つを互替かたみがわりに見て、律は途方に暮れたように呟く。


 ギルドはどこかと住人に訊ねたら、すぐさまここだと教えてくれた。おかげで迷う事なくここまでたどり着けたが、二棟が繋がっている建物だという事も出入り口が二つあるとも聞かされていない。見れば看板の下部にこの世界の文字らしきものも書かれていたが、如何いかんせん読めないだけに判断材料にはなり得なかった。


 そんな律の代わりに、リッカが応えてくれる。


「…多分、リツお兄ちゃんの望んでいる方はこっちです」


 言って、指差したのは剣と盾が描かれている看板の方だった。


「…これ、なんて書いてあるんだ?」

「ギルド」

「…じゃあ、あっちは?」

「依頼所」


 ああ、なるほど、と律は得心がいったように頷く。どうやらこの街のギルドは、傭兵たちが仕事を請け負う窓口とギルドが住人から依頼を受ける窓口を別個に作っているらしい。


(…そりゃそうだよな。ギルドの依頼を請け負う連中なんて、人相の悪い傭兵くずれか暴力を振るう事を何とも思っていないならず者が大半だって相場が決まってるだろうしな)


 もちろんそうでない者たちも一部存在するだろうが、言ってもほんの一握りだろう。たとえ困り果ててギルドに依頼をしようと思っても、荒くれ者がたむろする場所に入るのは勇気と根性が必須になる。その救済措置なのだと理解して、律はリッカと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「……リッカ、怖いか?」

「……………少し」

「…よし、じゃあフードを被って俺に引っ付いていろ。余計なものは見なくていいし聞かなくていい。俺の声と姿だけ見てるんだ。何かあれば俺と黒虎が必ずお前を守る」


 リッカの外套のフードを頭に被せて、律は不安げなリッカを鼓舞するように穏やかに告げる。嬉しそうに微笑んで頷くリッカを見届けてから、律は鞄の中にいる黒虎にも声を掛けた。


「黒虎は何かあった時、まずリッカを守れ。判ったな?」


 承諾を示す黒虎の鳴き声を聞いてから、律は立ち上がって扉に手をかけゆっくりと開く。その先に広がる思った通りの光景に、律はうんざりしたようなため息を落とした。


(……良くも悪くも、想像を裏切らない世界だよな……)


 思って律は、一度部屋の中を大きく見渡した。

 建物自体が大きいからか、部屋の中はかなり広い。その広い部屋の中頃から左に寄せてカウンターのようなもので仕切りがされている。そのカウンターの中にはギルドの職員らしき人物が数人と、所狭しと並べられた資料らしき書物を収めた本棚や机、その他諸々が雑多に配置されている。まだ奥に部屋があるのかいくつかの扉と、おそらく隣の建物と繋がっているらしき扉、そして二階に続く階段が確認できた。カウンターの中にいる職員の、そのどれもが男なのは、ここに集まっている者たちの風体を見れば理由は火を見るより明らかだろうか。


 律はしがみつくリッカの背に手をあてがって、小さな体を自分の体に寄せながらゆっくりと進む。きっと律たちの姿を見て場違いだと思っているのだろう。壁一面に所狭しと貼られた仕事の依頼票を見ていた者たちも、雑多に配置された椅子に腰掛けてテーブルを囲い談笑していた者たちも、律たちが入ってきた途端ピタリと止まって怪訝そうな視線を向けてきている。


「…おいおい、迷子が入ってきたぞ?」

「誰か道教えてやれよ!」

「おまけにコブ付きじゃねえか」

「ここは託児所じゃねえんだぞ?」


 野次が飛ばされ途端に嘲笑が沸き起こる。これも二次元ではお馴染みの洗礼だろうか。


(…野次飛ばすにしても、もうちょい気の利いた事言えねえのかよ。面白味のない……)


 あまりに定型的な台詞に、律は呆れと辟易をふんだんに乗せたため息を落とす。そんな律の服をリッカが強く握りしめているのが判って、ちらりと一瞥した。律にとっては二次元でよく見かけるお馴染みの光景でも、まだ幼いリッカにはひどく恐ろしく見えるのだろう。そう悟って律はリッカの頭をフードの上からひと撫でして、にこりと微笑む。安心しろ、と言おうとした律の耳に、それよりも早く嘲笑とは違う爽やかで明朗な、だが律にはひどく暑苦しく聞こえる声が届いた。


「よせ!子供が怯えているだろう!!野次を飛ばすんじゃない!!」


(…!!?出た…!!勇者系冒険者…!!!)


 ─────説明しよう。

 ギルドの依頼を受ける者は、何も荒くれ者に限った話ではない。正義感や義憤に駆られてこういう仕事を生業にする者も意外に多い。見ればいかにも正義漢といった風体の爽やか好青年が、嘲笑する皆を諫めるように声を張り上げていた。


 こういう、どこにでも必ず一人はいるであろう爽やか正義漢好青年を、律は揶揄を込めて『勇者系冒険者』と呼んでいる。


「…すまない、気を悪くさせてしまったな。こいつらは柄が悪そうに見えるが意外と気のいい連中ばかりだ。あまり悪く思わないでやってくれ」

「……ああ…いや、別に……」


 歩み寄って来るその男があまりに爽やか過ぎて、逆に暑苦しい。

 若干、辟易しながら、律はちらりと周りの様子を窺った。


 こういう正義感を振りかざす好青年には、二通りあると律は思っている。

 一つは正義感だけ人一倍あるが実力が伴っていないため、皆から煙たがれやはり嘲笑の対象となっている場合。もう一つは強すぎる正義感に辟易しつつも、実力があるため一目置かれている場合だ。


 見ればいつの間にやら嘲笑は消えて、うんざりした顔に諦観を示す顔が多く見受けられた。どうやらこの男は後者の勇者系冒険者らしい。


(…ま、がたいがかなりいいからな。どう見ても実力がありそ─────……)


 そこまで心中で呟いて、律は妙な視線を感じて思考がピタリと止まる。

 嘲笑を含んだ視線ではない。

 どちらかと言うと、値踏みするような眼光炯炯がんこうけいけいとした視線────。


 律はおもむろにその視線の先に目を向けた。部屋の最奥にある、その場所。椅子に腰かけテーブルに肘をつき、頬杖をついている妙に整った小綺麗な顔の男がそこにいた。


 傭兵という感じではない。目前にいる正義漢好青年とも違う。荒くれ者が集うこの場所にはひどく不釣り合いな溢れんばかりの気品を持ち合わせ、妖艶な笑みをわずかに覗かせながら一人達観したようにこちらを見据える、その男。明らかに周りとは一線を画している。


(……男にしては美人だな……。でも関わり合いにはなりたくない類の人間だ……ああいう手合いは、関わるとロクな事がない)


 律はその小綺麗な男の視線に気づかないふりをして、あからさまにその視線から逃れるように顔を背ける。そうとは知らない正義漢好青年は、しゃがみ込んでひとしきりリッカに声を掛けた後、もう一度立ち上がって律に声を掛けてきた。


「ギルドへは依頼に?それなら窓口はこっちじゃない。もう一つ向こうの────…」

「いや、魔力の量を測りに来たんだ。ギルドで調べてくれるんだろ?」

「…!…魔力量を……?それは……その……ギルドの依頼を受ける『渡り鳥』に登録するつもりなのか…?」

「『渡り鳥』?」


 小首を傾げておうむ返しする律に、正義漢好青年は頷く。


「ああ、ギルドの依頼は街によって多い時期と少ない時期がそれぞれ違うんだよ。だから仕事を求めて街から街へと流れる者が多い。だからギルドの依頼を受ける請負人を『渡り鳥』って呼ぶんだ」


 なるほど、と得心したように一つ頷いて、律は続ける。


「登録しないと魔力量を測れないのか?…まあ、登録するつもりはあるけど」

「あ…いや、そういうわけじゃないが……。基本的に魔力量が知りたい理由はギルドに登録するためか、騎士団や魔法師団への入団審査のためというのがほとんどだからね」

「へえ……」


 そう声を落とす律のつま先から頭の先まで一度吟味するように視線を流してから、正義漢好青年は躊躇いがちに訊ねる。


「……ちなみに、君は剣術を?」

「…した事ないな」


 体育の授業で剣道の真似事をしたくらいだろうか。


「……なら、何か武術を?」

「……した事があるように見えるか?」


 自慢ではないが、スポーツのスの字も知らないような人生を送ってきた。体格的には恵まれたほうだが、如何せん筋肉は必要最低限しかない。


「……ああ…!魔力量に自信があるんだな!」

「……あるかどうかも疑わしいな。だから調べに来たんだろ?」

「……………」

「……………」


 わずかな静寂が訪れた後、正義漢好青年の後ろから一斉に抱腹絶倒張りの笑い声が響く。さしもの正義漢好青年も擁護する術を失ったのか、思わず絶句して頭を抱え困惑を極めた表情を落とした。


「……と、とにかく…!一度、魔力量を調べてみよう…!ロゼさん、お願いします…!」


 慌てて助け舟を出すようにそう促して、正義漢好青年はカウンターの中にいる職員に声を掛ける。他と同じように唖然として話を聞いていたロゼと呼ばれたその職員は、突然声を掛けられて狼狽えたように首肯を返した。


「わ、判りました…!!…私はロゼ=スタンリーと申します…!お…お名前を伺っても……?」

「……律」

「で、では、リツさま…!それで……えっと…まずはご登録をなさいますか……?」


(……ずいぶんと気の弱そうな職員だな……)


 急に矢面に立たされて焦っているのか、あるいは緊張しているのか、ひどく動揺しているように見える。こんな調子で荒くれ者が集うこのギルドの窓口などやっていけるのだろうか、とどうでもいい事を考えつつ、律はかぶりを振ってみせた。


「…いや、とりあえず魔力を測ってくれ」


 登録を済ませても良かったが、字が読めないと判ればまた嘲笑の渦が巻き起こるのだろう。三度目の嘲笑はうんざりだと言わんばかりにため息を落として、律はロゼにそう告げる。返答を受けたロゼは肯定を示すように一つ頷いて、カウンターの奥から何やら取って戻って来た。その手にあるのは、手のひらにちょうど収まるくらいの円形の筒のようなもの。それを握って、ロゼはにこりと微笑む。


「では、腕をお出しください」

「…?腕?」

「袖をまくって」

「袖を?」

「少しチクっとしますよ」

「…!」


 何やら現実世界でも聞き覚えのある、その台詞。


「げ…っ!注射…!!?」


 思わず条件反射でそう零して後ずさる律を、やはり三度目の嘲笑が迎え入れた。


「注射が怖いのか!!お子ちゃまだな!!」

「お子ちゃまがお子ちゃまを連れて歩いてるのか!!こりゃいい!!」

「うるさいぞっっ!!!外野は黙ってろっっ!!!!」


 本人曰く、喧嘩っ早いらしい律は二度目の野次にとうとう耐え切れなくなったのか、たまらず怒鳴り返す。そんな律と、律を宥めるように両者の間に立って仲裁を買って出てくれる正義漢好青年を、リッカは居心地悪そうにそわそわしながら互替かたみがわりに見つめていた。


(…………リツお兄ちゃん、喧嘩しなきゃいいけど……!)


 律が怪我をする事は、おそらくない。

 この中でリッカだけが、律の異常なまでの能力をよく理解している。

 むしろ心配なのは、律と黒虎が暴れないかだ。


 そんな事を人知れず心配して内心ハラハラしているリッカ同様、険呑な空気に気が気ではない気弱なロゼは、恐る恐る怒鳴る律に声を掛けた。


「あ、あの……!本当にチクっとするだけですよ…!針に少し血を付けるだけですから…!!」


 眉間にしわを寄せた険しい顔を外野からロゼに向ける律に、気弱なロゼはびくりと体を強張らせる。そのロゼの姿に何やら垂れた耳と尻尾が見えたような気がして、律は気を静めようと一度ゆっくりと深呼吸をして腕を差し出した。


「………ん」

「…!あ、ありがとうございます…!」


 ほっと胸を撫で下ろして、ロゼは律の腕に握った円形の筒を押し当てる。アナフィラキシーショックの時に使うエピペンのような構造をしているのだろう。押し当てる事で内蔵されている針が律の腕を鋭く刺した。


「…っ!」


 痛いだろうと思って小さく声を上げたものの、なぜだか想像以上に痛くない。律は目を白黒とさせて刺されたであろう腕に視線を向けた。そこには紛れもなく、注射針が刺さった痕とわずかに出血が見て取れる。なのに注射ほど痛くはないのだ。


「………痛くない」


 怪訝そうに小首を傾げる律に、ロゼはくすりと笑って答える。


「…これには痛み止めも入っているので、思った以上に痛みを感じないんですよ」


 だったら先に言えよ、と内心で愚痴をこぼして、律はロゼの一挙一動を興味津々の瞳で注視した。


 律の腕からわずかな血を採取したロゼは、その筒状の中から慣れた手つきで律の血液付き針を取り出す。それを、血が付着して取れてしまわないよう丁寧に布に置いたところで、律からの煌々とした視線に気が付いたロゼはくすりと小さく笑って説明を始めた。


「…魔力は血液に溶け込んで全身を流れているので、血液から魔力量をお調べする方法が一番精度が高いと言われております。この針に付着した血液の中にどれだけの量の魔力が溶け込んでいるかで、全体の魔力量を測ることが出来ます」

「へえ……意外に科学っぽいんだな。成分分析機みたいなもんか」

「…?……カガク……ですか……?」

「……いや、こっちの話」


 思わず口が滑って、律はバツが悪そうに視線を逸らす。


「……で?何を使って魔力量を測るんだ?」

「こちらの『オーブ』と呼ばれる魔法具です」


 言ってロゼが向かった先にあったのは、地球儀によく似た形の魔法具だった。大きさは、地球儀よりもずっと大きい。地球の代わりに深い藍色をした円形の宝珠が中央に座し、その周囲を囲うように木製の半円の形を象った大小三つの帯が配置されている。ロゼはそのうち一番大きな帯をくるりと動かして一番手前まで持ってくると、そこに備え付けられた手のひらほどの水晶玉らしき宝石の中に、針をゆっくりと差し入れる。吸い込まれるようにスー…っと中に入ったその針は、入ったと同時に溶けるように淡く消えたように、律には見えた。


(……魔法具ってだけあって、ここはしっかりファンタジーなんだな)


 現実世界では決して起こり得ない不思議な現象に感嘆のため息を落としつつ、成り行きを固唾を呑んで見守る。


 律の血液付き針を呑み込んだオーブは、しばらくして周囲にある三つの帯がゆっくりと周囲を回り始めた。大小それぞれの帯がそれぞれの速度で進んで、ちょうどその三つが重なったところでピタリと止まる。どういう仕掛けか、それを合図に深い藍色の宝珠が次第に色味を失って、この世界の文字らしきものだけを残して跡形もなく消えていく。その様子を、律は瞠目した瞳で眺めていた。


「わあ……!すごい…!!」


 律の代わりに感嘆を落とすリッカに、律はくすりと笑って同意を示す。


「ああ、すごいな…!……リッカも魔法具を見るのは初めてか?」

「はい…!」

「魔法具はそうそうお目にかかれないからね。高価で希少なものだから、あまり目に触れないんだよ」


 そう補足してくれたのは正義漢好青年だ。彼はそのまま、オーブの前で結果を眺めているロゼにも声を掛けた。


「ロゼさん、どうでした?彼の魔力量は」

「…!」


 声を掛けられて、なぜだかひどく怯えたように体を強張らせているのは気のせいだろうか。

 その態度を怪訝に思ういくつもの視線を浴びながら、ロゼはゆっくりと振り向く。その答えを待っているのは、もはや律たちだけではない。ギルドの一室では全員が静まり返って耳を傾けていた。


 その静寂の中に、気弱なロゼの声が響く。


「あ……その……!え……っと………彼の魔力量は……ゼロでした……!」

「…!!?」

「リツさまに魔力はありません…!!こんな結果になって、何とお詫びすればいいか……!!」


 なぜか謝るそのロゼの返答に、一拍置いてやはり爆笑が巻き起こる。


「聞いたか!!?魔力がゼロだとよ!!!」

「聞いた事があるか!!?魔力がない奴なんて!!!」

「救いようがない能無しだな!!!!」

「よくこれでギルドに登録しようと思ったもんだ!!!」

「ま、待ってくれ…!魔力がないだって…!!?そんな人間が存在するのか…!?」


 好き勝手野次を飛ばす連中を抑えて、正義漢好青年は怪訝を深めた顔で疑問を呈する。


「ロゼさん…!その魔法具、壊れてませんか…!!?」

「い、いえ…!先ほど魔法具技師の方に定期整備をしていただいたばかりです…!壊れてるなんてそんな…!!」

「でも…!」

「いいんだよ、これで」

「…!」


 食い下がる正義漢好青年を、律は思いのほか涼しげな声で制する。見れば野次を飛ばされて多少不機嫌そうな表情を取ってはいるが、この結果を予想していたのか得心したような面持ちでオーブを眺めていた。


(……やっぱりな。俺に魔力があるはずがない)


 そもそも、生まれも育ちも魔力という概念が現実のものとして存在していない世界なのだ。魔力がない、と言われる方がむしろ腑に落ちる。


 だが、そうなると疑問が一つ─────。


(…だったら何で、俺に魔法が使えるのか、だな)


 思案するように黙する律に途端に興味がなくなったのだろう。ひとしきり笑った後、皆再び談笑を始め中断していた作業に戻る。ただ一人、正義漢好青年だけが途方に暮れたように律とオーブを互替かたみがわりに見つめていた。


「…おい、ギルバート!!ほっとけよ、そんな奴!!」

「魔力もなし、戦えもしないじゃギルドに登録は出来ねえだろ」

「いや…!だが…!」

「…!おい、暖炉の火が消えかけてるぞ?」

「おーい!!ロゼさん!!薪をくべてくれ!!このままじゃ火が消える…!!」

「…!は、はい、ただいま…!!」


 声を掛けられて足を向けようとしたロゼを、思案していた律が呼び止める。


「……ロゼさん、そのオーブに書かれてる内容って、魔力の有無だけか?」

「…!…い、いえ…!リツさまの基本的な能力値も書かれておりますよ」

「能力値?」

「ええ…っと、体力や筋力は並ですが知能と閃きがずば抜けて突出しておりますね」

「…!へえ…!君、頭がいいのか…!」

「おーい…!!ロゼさん、早くしてくれ!!火が消えちまう…!!」

「…!しょ、少々お待ちください…!!」

「……他は?何か書かれてるか?」

「…!え…えっと……」


 薪をくべに行きたいが、律が質問をしてくるので行くに行けない。ロゼはあたふたとしながら、もう一度オーブに書かれた文字に目を通し始めた。


「…!あ……あれ…?何か書かれてる……これって……?」

「おーい!!!ロゼさん!!!」

「邪魔すんなよ!!能無し!!こっちが先だ!!!」

「お、お待ちください…!!えっと…!スキルの欄に何か────…」

「え?何だって?聞こえない」


 周りの野次がうるさすぎて、ロゼの小さな声が律の耳に届かない。


「で、ですから…!!スキルの欄に何か書かれてるんですけど……!!これ────…」

「早くしてくれ!!火が消えるぞ!!!」

「今、話してる最中だろ!!少しくらい待てないのか、お前たちは!!!」

「横槍を入れるなよ!!ギルバート!!!」

「そうだ、そうだ!!こっちが先だろうが!!!」


 もう収拾がつかない様相を呈し始めて、切れる寸前だった律の堪忍袋の緒がとうとう断ち切れる音を、リッカは聞いたような気がした。

 律は眉間に最大限のしわを寄せた顔をわずかに俯かせながら、視線はそのままで暖炉がある方角へと腕を伸ばす。すぐさま喧噪の中に、嫌に澄んだ指を鳴らす音が響いた。


「……!!!!!!?」


 きっと、目の前で起きた事象を理解できた者は誰一人としていなかっただろう。何せ今目の前にいる青年には魔力がないと判明したばかりだ。しかも必須である詠唱すら唱えていない。彼が行った行為が魔法であると認識するまでに、いくらかの時間を要するのは当然と言えば当然だろうか。


 律が指を鳴らした途端、現れたのは宙に浮かぶ巨大な火炎だった。だがそうと認識する間もなく、その火炎は轟音と共に一直線に暖炉へと向かう。おそらくそれを視認できた者は数えるくらいしかいないはずだ。彼らが認識できたのは風圧だけ。それだけが、そこを何かが通ったのだと教えてくれた。その風圧を追うように暖炉に目を向けた途端、やはり地響きのような轟音と突風が辺りを取り巻いて、次の瞬間には何事もなかったように暖炉に火が煌々と燃えていた。薪をくべてもいないのに、である。


 あれほどの喧騒が一瞬のうちに静寂に変わって、皆見開いた目を暖炉へと向けている。律が火炎を暖炉に放ったのだと漏れなく認識できたのは、たったの三人だけ。


 ギルバートと呼ばれた正義漢好青年と気弱なロゼ、そして妙に小綺麗な顔をした、あの男───…。


 妖艶な笑みはすっかり消え失せて、見開いた目を暖炉から律へと向ける。それに促されるように、皆同じく律を見つめた。


「……火は付けたぞ、これで文句はないだろ」


 言い放たれた声音は、不機嫌なのか恐ろしく低い。

 皆の視線が集まるその中心で、律は酷薄の声音でさらに言い放つ。


「もう一度言うぞ。外野は黙ってろ」


 その言葉に、その場にいた誰もが口を噤むしかなかった。


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