ギルドのこと・一編
「今日はギルドに行くんですか?」
「ああ、元々そのつもりだったからな」
宿の一階にある食堂で朝食を頬張りながら、リッカは律に訊ねる。その美味しそうに頬張るリッカをくすりと笑って、律は答えた。
この世界の食べ物をまだ知らない律は食堂に行く前、博識なリッカに何が美味しいのか訊ねてみた。いつもの通りすぐさま答えが返ってくるのだろうと思っていた律の予想は、見事に裏切られる事になる。
「……ちゃんとした料理は、食べた事がないんです……」
ごめんなさい、と恥ずかしそうに、そして役に立てない事を何より申し訳なさそうに謝罪するリッカの頭を、律は優しく撫でる。
少し考えれば判る事だ。
どう見ても、真っ当な食事を与えられていたようには見えない。
失言をしたのだと悟って律はバツが悪そうに口元を抑えつつ、申し訳なさそうな表情を落とすリッカににやりと笑って見せる。
「じゃあ、一緒に好物を探そうか?リッカ」
そうして恍惚とした瞳で頷いたリッカと鞄の中に隠した黒虎と共に食堂に来て、人生初の真っ当な食事を楽しんでいる最中だった。
頼んだものは『フォトラカソ』という料理。何を頼めばいいのか判らず、女将にお薦めを訊ねたところ迷う事無くこの料理を勧められた。『フォト』は『肉』、『ラカソ』は『煮込む』という精霊語を、発音しやすく簡易的な言葉に置き換えたものだと教えてくれたのは、当然博識なリッカだ。
「うちに来たなら、これを食べなきゃ意味ないよ!」
そう言って恰幅のいい女将が目の前に配膳した料理は、具沢山のスープと思しきものと、焼き立てのパン。一見して日本で言うところのビーフシチューに近い。肉を煮込んだ料理だろうと思っていたそれは、よく煮込まれた多種多様の野菜と思しきものと、それと同量のホロホロになるまでしっかりと煮込まれた何かの肉が所狭しと浮かぶスープだった。そのスープもとろりと濃厚で、鼻をくすぐる香りは香辛料が効いているのか嫌に空腹を刺激してくる。にもかかわらず、その中に時折甘みを思わせる不思議な香りのする料理だった。
(………辛そうだな……)
まだ幼いリッカに食べられるだろうか。
そう心中で抱いた不安は、一口頬張ってすぐさま杞憂だと気づく。スパイスが効いていると判るのに、口の中に広がるのは肉や野菜から出る甘みと旨味のほうが断然強い。見ればリッカも気に入ったようで、目を恍惚としながら掻き込むように無我夢中で頬張っていた。
「パンをスープに浸けて食べると上手いよ!皿に残ったスープもパンで綺麗に掬い上げるんだ。一滴でも残すと勿体ないからね」
女将のその言葉に従うようにパンとスープを交互に頬張っていたリッカの手が、ギルドの話をした途端ピタリと止まる。不安そうに顔を俯かせるリッカに、律は怪訝そうに声を掛けた。
「どうした?リッカ」
「………やっぱりギルドで仕事を受けるんですか……?」
「…?まあ、そのつもりだけど……?」
とはいえ今のところ金銭的な不安はまったくなく、懐は夏の日差しよりもなお暖かい状態なので取り立てて急ぐ事ではないのだが。
それでもいずれはするつもりだったので、そう答えた律の言葉に、リッカは目に見えて項垂れた。
「…………リツお兄ちゃんが怪我したら……やだなあ……」
(……またそういう可愛いことを言う)
律はただいま、リッカに絶賛萌え中である。
『リツお兄ちゃん』という慣れない呼び名にどうしようもなく面映さを感じつつ、律は照れ隠しにリッカの頭をかき撫でた。
「わ…っ」
「安心しろ、リッカ。今日は俺の魔力値を測るだけだから」
「…!……本当に?」
「ああ、危ない事はしない。約束する。……だからな、早く食べないとせっかくの料理が冷めて女将さんに叱られるぞ……」
「…!」
言いながらちらりと視線をあらぬ方へ向ける律の視線を追うように、リッカもそちらに顔を向ける。見ればいかにも『美味しいうちに食べろ』と言いたげな女将の無言の圧力があって、リッカは会話もそこそこに慌てて再び料理を口に運び始めた。
「お腹いっぱいになったか?リッカ」
宿を出て、リッカの口周りを拭いてやりながら律は訊ねる。されるがままになっていたリッカは少し面映ゆそうに、だが人一倍嬉しそうに花がこぼれるような笑顔を見せて頷いた。
大人顔負けの知識と大人びた口調の所為で忘れがちだが、リッカはまだ幼児と言ってもいい年齢だ。それを証明するように年相応にまだ食事の仕方がたどたどしいリッカを、律は安堵を多分に込めて笑う。
「さて、それじゃあギルドを探すか」
「あ……じゃ、じゃあ…僕……宿でお留守番─────」
「何言ってんだよ、リッカ。お前も一緒に来るんだぞ?」
「…!……行っていいの?」
てっきり昨日のように一人残されるのだろうと当然のように思っていたリッカは、律の言葉に目を丸くする。
「当たり前だろ。……お前を一人残して行く方が不安だからな」
「…え?」
「…いや、こっちの話」
ぼそりと小さく落とした律の言葉を拾い損ねて首を傾げるリッカに、律は苦笑を返す。
正直ギルドと聞いて、あまり柄のいい連中がいるとは思えないが、たとえそんな所にリッカを連れて行く事になっても、一人残す方が気が気ではない。リッカがまた知らないうちに何かに巻き込まれているのではないかと心配して心が落ち着かないのなら、危険な所だとしても目の届く範囲にいてくれる方がまだましだろうか。
昨日の一件でそう学んで、律はリッカに念を押す。
「…俺から絶対離れるなよ、リッカ」
言ってリッカの頭を軽く撫でた後、踵を返す律の視界の端に、目一杯の嬉しさの中に一抹の不安を垣間見せるリッカの姿が入る。それがいかにも気を遣っているように感じて、律は一度進ませた足を止めてリッカの前に膝をついた。
「…リッカ、子供が大人に気を遣うもんじゃない」
「…!……で、でも……リツお兄ちゃんに迷惑が────」
「迷惑かけてもいいんだよ、リッカ」
「………え?」
「いっぱい迷惑かけて、いっぱいわがまま言って、いっぱい甘えるのが子供の仕事だ。そうやって迷惑かけた分、お前が大人になったら自分の子供をいっぱい甘やかしてやればいい。…みんなそうやって大人になるんだ、リッカ」
迷惑をかけてもいい、と言われた事がよほど目から鱗だったのだろう。少なくともリッカの両親は、迷惑をかけるなといつも怒鳴っていた。
リッカは呆けたように目をしきりに瞬いて、言葉の意味を探ろうと頭の中で何度も律の言葉を反芻する。そうやってしばらく小首を傾げながら思案した後、遠慮がちに律に訊ねた。
「………リツお兄ちゃんも、いっぱい迷惑かけたの…?」
上目遣いにそう問われて、律は思わず吹き出すように笑う。
「俺は多分、お前以上に迷惑かけただろうな…!」
「……そうなの?」
「弱いくせに、俺は喧嘩っ早いからなあ。毎日のように怪我して帰って、先生たちを心配させてた」
ある日喧嘩の最中、頭を打って入院した事があった。まだ小学生の時分だ。特に律は頭に大怪我を負って記憶を失った経緯があるだけに、その時は先生に大泣きされて流石に悪いと思った覚えがある。以来、どれだけ親なしだと馬鹿にされても、喧嘩をしないようにひたすら我慢した。先生たちに心配をかけないよう、迷惑をかけないよう、自分だけが我慢すればいいのだと歯を食いしばって悟ったつもりになっていた律に、先生の一人が言ったのだ。
─────(りっちゃん、我慢せんでもええんよ。親はね、子供を心配したがるもんや。でもだからって子供が親に気を遣うたらあかん。迷惑かけたらええ。心配かけるのも、甘えるのも子供の仕事や。いつかそれをりっちゃんが大人になった時、子供に返したらそれでええねんよ。そうやってみんな、巡り巡って生きていくんやで)
それは記憶を失った律を一番可愛がってくれた先生の言葉だった。
「…その先生の受け売りなんだよ。さっきの言葉は」
言って律は、リッカの軽い体を抱き上げる。
「…俺は目いっぱい迷惑かけたからさ、その分、誰かに返さなきゃならない。だからさ、リッカに返させてくれないか?」
「…!………僕でいいの?」
小首を傾げて問うリッカに、律はにやりと笑って迷う事無く答える。
「リッカがいい」
**
執務室に幾度目かのため息が漏れて、執政補佐官であるカッティは呆れたように息を吐いた。
「…レオスフォード殿下。いい加減ご公務に集中なさってくださいませんか?」
「…!…………集中していなかったか?」
「…お気づきではないのですか?もう何度もため息を落とされておりますよ?」
そうか、と小さく零して、レオスフォードは腰かけている椅子の背もたれに大きく身を預けて天井を見上げる。やはりそこでもまたため息を吐くので、カッティはまたもやうんざりしたように大きく息を吐いた。
「……エルファス殿下の事でございますか?」
「…いや、そうではない。兄上の事も気にはなるが……それよりも異界の旅人の事だ」
しばらく様子を見よう、と提案したのはリシュリットだった。
─────(彼らがこの街に訪れる事は確かでしょう。ですが表立って彼らを探している様子を見せれば、警戒心を抱かせて再び逃げられる可能性があります。…ここはひとまず様子を見て、水面下で彼らを探し腰を据えてゆっくりと接触いたしましょう)
その提案に得心を抱いて首肯したにもかかわらず、レオスフォードは今になって本当にこの街に彼らがやってくるのか疑心を抱くようになった。
(…リシュリット殿は、ヘルムガルドの存在を失念しておられる……)
あの時、彼らが逃げた理由はヘルムガルドにあったのだと、レオスフォードは確信を抱いている。
あの青年は明らかに、ヘルムガルドに対するレオスフォード達の態度を不快に思っていた。ヘルムガルドからあの青年とシラハゼを離し、二人だけを街に連れて帰ろうと目論んでいたレオスフォードの心中を察して、あの青年はそれを拒絶したのだ。
そんな彼が、果たして魔獣の森にヘルムガルドだけを残して街に行くという決断を下すだろうか?
かと言って、あのヘルムガルドを連れて街に入れば、嫌でも目立つし騒ぎにもなる。
(…一時的に森にヘルムガルドを残して街にやってくる可能性はあるな……。魔獣と違って人間には衣食住が必要だ。住むところはどうにかなったとしても、食事と衣服は魔獣の森では用意ができない…)
では、どれくらい街に滞在するだろうか?
三日か、一日か、それともわずか数時間の滞在か─────それほど短い滞在期間では、腰を据えてなどと悠長に構えていればすぐさま魔獣の森に取って返されるだけだ。かと言ってリシュリットが言うように、公に彼らを捜索すれば彼らはきっと街にさえ入ってこなくなる。
ではどうすれば─────ずっとそこを巡り巡って、レオスフォードは答えが出せずにいた。気付けば公務中であるにもかかわらず、身が入っていないとカッティに指摘される始末だ。情けない自分にやはりため息を落としつつ、それでも思考はそこから離れなかった。
何より気がかりなのは、あのリシュリットが本当に異界の旅人を捜索するつもりがあるのかという事だろう。
(…リシュリット殿は明らかに、あの青年の前に出る事を躊躇っておられた……)
千三百年もの間、門の番人を務めているリシュリットを疑うなど不敬にも等しい。それが判っていながら、それでも疑念が捨てられないのは、リシュリットが何かを隠しているように見受けられたからだった。
─────(あの若者と話しをしていて何も違和感を覚えませんでしたか?)
あれは一体、どういう意味だったのだろうか────?
「…スフォード殿下……レオスフォード殿下…!」
「…!」
すっかり思考の檻に迷い込んでいたのだろう。自分を呼ぶカッティの声にようやく現実に引き戻されて、レオスフォードは思わず目を白黒とさせた。
「あ……ああ……何か言ったか?カッティ…」
「…まだ二日しか経っていないのですから、それほど心配なさらなくても大丈夫ではありませんかと申し上げたのです」
「……そう…だな…。…いや、彼らの足はあのヘルムガルドだ。行こうと思えばたった一日でも、森を出ることが出来る。もし彼らが異界の旅人をよく思っていない国に入れば────」
「…彼らの命が危険ですね」
「…いや、ヘルムガルドが暴れかねない」
「……完全に危険人物ではありませんか」
心配の矛先が異界の旅人ではない事に思わず内心で、そっちかい!と突っ込みを入れつつ、カッティは呆れたようにため息を落として冷静にそう判じる。それにはくすりと笑みを落として、レオスフォードはやんわりと異論を唱えた。
「…そう言うな。彼ら自身に悪意があるわけではない」
「むしろ悪意を持ってくれた方が、まだ対処のしようがあります。悪意もないのに凶器を持って歩かれる方がよほど質が悪いでしょう。…それで?どういたしましょうか?」
「…?…どう、とは?」
「異界の旅人を見つけ次第、追い払いましょうか?この街に入られると面倒です」
「まてまてまてまて…!」
「よし!そういたしましょう…!すぐに門を閉ざして門兵を立たせます!ザラ…っ!ザラ!!」
「待てと言っているだろう、カッティ…!!余計な真似はするな!!異界の旅人は皇国にとって幸福の使者とされているのだぞ!!何よりっ!!今回の異界の旅人が兄上の病を治す手立てを知っているかもしれないだろう…!!!」
「………………やはりエルファス殿下の事ではありませんか」
「う…っ!」
レオスフォードが公務をおざなりにする時は、決まって兄であるエルファスが何らかの形で関わっている場合が多い。突き詰めれば襤褸が出るだろうと踏んで鎌をかけたが、見事にはまって本音を漏らしたレオスフォードを、カッティは見逃さなかった。
「…リシュリット様に様子を見ようと提案されたのではないのですか?」
「……まあ」
「…その提案を受け入れられたのでしょう?」
「……一応」
「…でもエルファス殿下の事を思うと悠長に待ってはいられなくなった、と」
「…………」
何もかも的を射ていて、ぐうの音も出ない。
さしものレオスフォードも反論する術を失って、最後はただ閉口した。付き合いが長い分、皇族である自分に対してもカッティは遠慮がない。降参するように諦観のため息を落とすレオスフォードを、カッティは呆れたように視界に入れた。
「…レオスフォード殿下のお気持ちもお察しいたしますが、ご公務はご公務です。しっかりと身を入れてご公務に励んでいただきませんと」
「…!……そうだな、公務は公務だ。身を入れて公務に励むためには、まず身を入れられる環境作りが大事だろう」
「………………はい?」
カッティの耳に、レオスフォード反撃の鐘の音が聞こえる。
「とりあえず魔獣の森に足を運んで、彼らがこの国に入国した形跡がないか探そうか」
「お、お待ちください…!!突然そんな事を仰られてはルーヴェル卿もお困りになるでしょう…!?」
「何を言っている。ジョファスどころか騎士を連れて行くつもりは毛頭ない」
「…!お一人で行かれるおつもりですかっっ!!?」
「その方が身動きが取りやすいからな。公務の続きは帰ってから手を付けるから、そのまま置いておいてくれ」
「ちょ…っ!!お、お待ちください…!!ザラ…っっ!!ザラっっ!!!!!」
是非を問う事もせず、レオスフォードはすぐさま腰を上げて剣を手に持ち、執務室から出ようと足を進ませる。カッティは目を丸くして慌てて引き留めようとレオスフォードの体にしがみつき、執務室の外で待機しているザラの名を必死に呼んだ。
(……またか)
呼ばれたザラは、うんざりしたようにため息を落としつつ、動じる事なく緩慢な動きで扉を開く。
「お呼びですか?─────…相変わらず、お戯れが過ぎるようで」
「戯れてなどいない…!!」
扉の先にあるお馴染みの光景と、二人仲良く同じ台詞を吐くお馴染みの返答に、ザラは呆れを多分に含んだ生温かい視線を送った。
「…それで?今日は何を揉めていらっしゃるのです?」
「ザラ…!!殿下をお止めしてくれ…!!異界の旅人を探すために今からお一人で魔獣の森に向かうと言い張っておられるのだ…!!」
「…………はい?」
「ザラ…!!カッティを私から引き離せ…!!こう邪魔をされてはたまらない…!!」
「いいえ…!!離れませんし行かせもいたしません…!!!」
「………………」
あまりの事態に言葉を失って、ザラは頭を抱えるように額に手を当てる。これが本当に一国の皇子とその補佐官のやり取りだろうか。一人で魔獣の森に向かうと言ったレオスフォードもレオスフォードだが、それに過剰に反応を示して体当たりで引き留めようとするカッティもカッティだ、とザラはたまらず盛大にため息を落とした。
(……殿下はいつも無茶をなさるからな……心配性のカッティ様が必死になってお止めするお気持ちも判るが……)
それでも毎回、仲裁に入らなければいけない自分の身にもなってほしい。
ザラは呆れと諦観を多分に含んだため息をもう一度落として、折衷案を出す。
「…では、こうしてはいかがでしょう?もし異界の旅人が本当にこの街に足を踏み入れていたとすれば、必ず目撃者がいます。彼らはきっと目立つでしょうから。そういった情報は自然とギルドに集まるものです。私が今からギルドに足を運んで、情報がないか確かめてまいりましょう。…魔獣の森に向かわれるのは、その後でも遅くはないと存じますが?」
「…!」
そのザラの提案に、二人仲良く目を丸くする。寝耳に水だったのか、お互いに丸くした目を合わせた。
「そうです…!そういたしましょう…!何よりレオスフォード殿下は異界の旅人捜索の件でご公務が溜まりに溜まっております…!せめてこの書類の山だけでも片付けてくださいませんと…!」
「う…っ!…そ……それは確かに……」
痛いところを突かれて、レオスフォードもその折衷案に乗るしかない。諦観するように長い息を吐いて、レオスフォードは脱力するように執務室の椅子にもう一度腰かけた。
「……判った、降参だ。…ギルドの件はお前に任せる、ザラ」
無言で握りしめた拳を掲げるカッティに冷ややかな視線を送りつつ、ザラは続けてレオスフォードに訊ねる。
「…では、その異界の旅人の特徴を教えてくださいませんか?」
「特徴……そう、だな……年齢は二十歳前後の男、髪は黒で瞳の色は紫に見えた。身長は私とそう変わらないだろう。服装は見た事もない異界の服を着ていたが、もしかしたらもうこの世界の服に着替えているかもしれない」
なるほど、と合いの手を打ちつつ、ザラは律儀にレオスフォードの言葉を書き留める。
「他に何かございませんでしたか?」
「あとは────…シラハゼが一緒にいた」
「…!?」
「まだかなり幼いシラハゼで、その異界の旅人の青年から借りたのか、小さな体に不釣り合いな大きな異界の外套を着たシラハゼだ」
カッティとザラの脳裏に、昨日会ったばかりの幼いシラハゼの姿が浮かぶ。
彼は確かに、小さな体に不釣り合いな大きな異界の外套を着てはいなかっただろうか。
「靴はボロボロで、外套から覗く足は傷だらけだったな。それから─────…!」
そこまで告げたところで、レオスフォードは何やら様子のおかしい二人に気づく。お互い見開いた目を合わせて、呆けたように立ち尽くす二人。
「…?……何だ、心当たりがあるのか?」
「…!?め、滅相もございません…!!心当たりなどあるはずがないではありませんか…!!!」
「………………本当か?ザラ」
疑心に満ちた視線と余計な事は言うなと圧力を乗せた視線の間で板挟みになって、ザラは冷や汗を額に浮かべながら考える。
たとえ第二皇子の執政補佐官である主の命令であっても、流石に皇族に嘘偽りを述べるのは不敬罪に問われる事案ではなかろうか。
そう思いつつ、ザラは躊躇いがちに答える。
「………………心当たりは……ございません…………」
主に忠誠心を示しながら、ザラは心中で人知れず、終わった…と己の人生の最後を自覚したのだった。




