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第57話 比べるものではない

寂しそうな顔を浮かべるマティアスに……本当なら、優しいを言葉を掛けたい。

しかし、アストの目の前にいる子供は平民のガキではなく、王族の子供……そう、リアル王子様。


下手な理想を語り、王子をその気にさせる訳にはいかない。


(ぐっ……も、物凄い胸が苦しい、な)


何か話すべき、自分が何かを伝えた……いきなり沈んでしまった空気を、何とかするべき!!! というのは解っていても、中々良い言葉が出てこない。


「……仮に、マティアス様が現状に満足してないのであれば、これからゆっくりと、ご自分が楽しいと思える何かを、探していくのが良いかと」


「楽しいと思える、何かを、ですか」


「はい。私の人生を語ると……何か目的を持って道を進み始めても、必ず何処かで壁にぶつかり……楽しくない時間というものがやって来ます」


アスト(錬)は前世で帰宅部や文化部ではなく、一応運動部に所属していたため……スポーツが楽しいと感じる瞬間までに、それなりの時間を費やさなければならないというのを、この世界に生を受けた時から知っていた。


「そして、まだマティアス様の年齢は十と……その、一応子供という位置づけになります」


二人っきりであればともかく、直ぐ傍に腕利きのメイドが待機している以上、一々メイドの顔色を確認しなければなず、ずっとびくびくしっぱなしではあるが……それでも人生の先輩としてアドバイスをする以上、ビクついてばかりいられない。


「王族という立場上、縛りというのは存在するかと思いますが、それでもまだ……世の中には、マティアス様が知らない楽しさが存在します」


「…………ふふ、そうですね。アストさんの言う通り、僕はまだまだ子供です……正直なところ、少し背伸びをしていたところがありました」


(マティアス様……本当に無理して背伸びをしている人は、自分が背伸びしていたと気付けず、気付いたとしても中々認められないものなのですよ)


普段はアストが疑われる方だが、今日だけは疑う方に周る。

目の前の王子様は、本当に十歳の子供なのかと?


実は前世、十五歳ぐらいで死んでしまった転生者なのではないかと、本気で疑ってしまう。

ただ……疑ったところで、マティアスの中身まで解るわけがない。


「やはり、バーテンダーという職業に就いている方は、人の相談に乗るのが上手なのですか?」


「私は、お客様にカクテルや料理を楽しんでもらうだけではなく、お客様が弱みを零せる場所でもありたいと思っています」


「……アストさんは、本当に優しい方なのですね」


「恐縮です」


「お世辞ではありませんよ。何と言いますか………………アストさんの言葉には、本当に僕を想う気持ちがあるというか」


(…………いや、偶に客として貴族出身の人が来ることがあるから、知ってはいたけど……王族って、本当に大変なんだなぁ)


この世界では、平民出身であり、前世と比べて……前世も立場的には平民であっても、基本的な満足度が非常に異なり、腹一杯食べられない時も少なくなかった。


アストは速攻で目標を立て、速攻で色々と逆算して自分が出来る事を探した結果、ある程度実家の食事事情を何とかすることに成功はしたが……村全体のそういった事情を変えるには至らなかった。


そんなアストの故郷で生まれた子供たちや、親の名前も知らないスラム街で暮らす子供たちからすれば……衣食住と教育が揃って、なおかつ権力まで持ってるくせに何辛そうに悩んでんだ!!!!! と、叫びたくなる側の気持ちも理解出来る。


しかし……権力者の子、特別な立場に生まれた子にも苦しみや辛さはある。

そして今、アストは目の前で……その寂しさ等の表情を浮かべる子供を見てしまった。


「どの立場に生まれた人であっても、生きている限り悩みや苦しみというのは付きものです……だからこそ、人は人生に楽しさを求めるのかと」


「苦しいからこそ、楽しさを……」


当然だが、この世界でも子供は一定の年齢になれば、独り立ちしなければならない。


アスト(錬)の前世の様に、ニートという選択肢を取ることは、基本的に不可能。

貴族であれば……なくはないものの、本当にただの役立たずであれば、両親や血族からだけではなく、家に仕える騎士たちや使用人たちからも白い目を向けられ……よほど図太い神経の持ち主でなければ。


そして生きていくには……当然だが、金が必要になる。

なりたい職業になれるかどうかは解らない。

前世と比べて職業の種類は多くなく、日本という国と比べれば、寿命以外で死ぬ可能性も高い世界。


仮になりたかった職業に就けたとしても、楽しさややり甲斐だけが待っている訳ではない。


「参考になるかは分かりませんが、私は同じ冒険者たちと冒険し、帰ってきた後に他愛もない会話で盛り上がり……バーテンダーの時は、訪れてくれたお客さんに自身が提供したカクテルや料理を美味しいと言ってもらい、何気ない会話をしている時が人生の楽しみです」


これらの言葉は、紛れもなくアストの本心だった。

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