エピローグ
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「じゃあな、光」
「うん、またね、楽」
無事家に到着した僕は制服のポケットから鍵を取り出して、玄関へと歩く。
ドアを開け玄関で靴を脱いで、リビングへと向かう──前に洗面所で手洗い、うがいを済ませる。
このまま風呂に入ってしまおうかと思ったその時。
わずかながらリビングの方面から物音が聞こえた気がした。
ここでおさらいだが、僕の両親は仕事の都合上今は海外に住んでいる。
加え霜月家は犬、猫、鳥などのペットを飼っていない。
つまり、物音が鳴るとするならそれは僕によってのもののはずなのだけれど。
僕は今、洗面所に居るため、リビングで物音を鳴らすようなことはできなかった。
と……なれば。
泥棒か? なんて思いつつ、僕の動作は自然と静かなものになる。
十数秒待ったが、それらしい音は聞こえず。
あんな出来事があった影響なのだろうか。
それとも、やっぱり僕に何かしらの力が宿ったのだろうか。
不思議と恐怖心は抱いてなくて。
それどころか、どこか僕は期待していた。
人間性が半分失われたという大筆先輩の説明は間違いじゃなかったのかもしれない。
僕は洗面所を出て──リビングへと繋がる扉の前に立つ。
ドアノブに手をかけて、これまた音は立てないようにゆっくりと扉を開いたその先には──
「……なにもいない、か」
言葉ではそう言いつつ、リビングの中を徘徊したけれど、やはり誰もいなかった。
なんだ、やっぱり気のせいかと洗面所へ戻ろうとすると、カーテンがシャシャーっと動く音がした。
僕がその音に振り返ろうとしている途中、ペタペタと足音は近づいてきた。
そして僕がカーテンの方を向いた頃には──目の前に一人の女子生徒が立っていて。
何故女子生徒だと判断できたかというと──我が校の制服を着ていたからだ。
藍のように濃く、長い髪。天然水のような透き通った瞳。
身長は低いけど腰の位置は高いし、顔はもちろん小さい。
そんな浮世離れした容姿は、彼女が一度この世から浮きかけた経験があったからそのように見えたのか。
はたまた、狐に化かされてでもしているからこんな風に見惚れてしまっているのか。
「……私が誰だかわかりますか?」
顔見知りではないが、初対面でもない女子生徒は僕へとそう訊いてきた。
そっか。
そっちからすれば僕は記憶を忘却していることになっているのか。
「私は怪しいものじゃありません。実はあなたの義妹なんです」
そう来たか。
「妹? そんな連絡父さんと母さんから聞いてないんだけど」
「間違いました。昔、どこかの田舎で遊んだ幼馴染です」
「いや、僕の幼馴染はたった一人のイケメンしかいないから」
「だったら、いつか助けてもらった猫です」
「完全に怪しいものになちゃってるけど」
「……本当に私のこと覚えていませんか?」
真っ直ぐに僕を射抜いた瞳はかすかに揺れていた。
「義妹も、美少女の幼馴染も、いつか助けた猫の恩返しも──どれも魅力的だけど、今の僕には必要ない」
少女は視線を下にずらして、スカートの裾をぎゅっと握る。
これ以上は泣かせてしまいそうだから、もう、やめておこうか。
「僕には狐面の少女がいてくれればそれでいい。狐面がなくとも──君がいてくれればそれでいい」
「……えっ?」
顔を上げた少女の表情には驚きと戸惑いが混ざっているのに、相変わらず気を抜くと見惚れてしまいそうになる。
「私のこと覚えてるんですか……?」
「覚えてる。忘れてなんかしてないよ」
「どこまでですか?」
「最初から、最後まで。そしてこれからも」
「……、これってある種の走馬灯だったり……」
「僕も最近まで現実味湧かなかったんだけど、どうやら現実らしい」
「試しにぎゅっとしてくれませんか」
未だ夢うつつな少女を現実に引き戻すために、僕は彼女を抱きしめる。
そこには消滅していくような喪失感はなく、ただただ温かさを感じることができた。
「……覚えてたんだったらなんで教えてくれなかったんですか」
「だって急に義妹とか言い出すから」
「……だって、すぐ答えてくれなかったから」
「つい見惚れてて」
「……ずるいです、その返事は」
お互い一歩ずつ下がって顔を見合わせると、二人とも泣いていて。二人とも笑っていて。
それから僕らは答え合わせをするように──
「おかえり、明日晴さん」
「ただいまっ、霜月さん」
──なんてことない日常的な挨拶をした。
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