後日談
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「……術や術式の話が嘘だったていうのは?」
「そのままだよ。そんなルールはない。あれは作り話だったってこと」
──その鍵がただの鍵だったってことを隠すための
「……え、けど、大筆先輩が術式を復元してくれたから僕はまた──」
大筆先輩は指で宙をなぞる。なぞった後には墨で書かれたような文字が残る。
「こんな風に」と大筆先輩が言うと文字は宙で周りはじめる。
規模こそ小さいが、それは大筆先輩が復元の術と称して僕に見せたものと同じだった。
「私の能力は宙に書いた文字を基本とした能力。情報を発信できる。煙幕を作れる。獣を出現させることもできる」
僕の目の前には文章が。真っ黒が。そして──兎が。
「能力っていうのは魔術、妖術、呪術、忍術、超能、異能、加護──などの異次元的、超常的力の総称。その中には空間を繋げたり、記憶を操れたりするものもあるけど……私の能力に今のところそんなものはない。
霜月君が明日晴さんに会えていたのは、招かれたからだった。彼女の妖としての能力によって」
誘い込まされる。迷い込まされる。招かれる。
主にその三つが空間に関する怪奇異、妖の定番であるらしい。
「霜月君が会えなくなったのは、彼女が君のことを招かなくなったからだ」
招かれなくなったなら会いに行けない。会いに行けないなら、説得なんてできない。
どうやら、あの状態ではもうすでに詰みになっていたらしい。
「現状を隠すために大筆先輩は架空の話を作った、と」
「隠すため……というより、思い込ませるために近いかもね」
『どうにかなるっていう意識が打開策に繋がる』
それが未涼先輩が大切にしていた言葉であり、霜月君は──未涼先輩が選んだ人だったから、と。
「その打開策が栞だった」
「そう。もともと栞っていうのは枝折るが名詞化された言葉で、山道で迷わないようにするために、枝を折って道しるべにすることが語源になっている」
「だから僕は彼女に会うことができた」
確認するように呟くと、大筆先輩は頷く。
鍵はただの鍵。
術の説明も術式の説明も嘘。
そう考えれば、今までの手順のほとんどが嘘だったと言える。
それはどうにかなるという意識を僕に植え付けるためだったらしいが。
「意識ってそんなに重要だったんですか」
「重要だったよ。その証拠に、詰んでいる状況を理解していた私と楽君は栞を目視することができなかった。
なんとかなると思っていた霜月君だけが栞を観測できていたんだ」
「え、でも楽が妖力感知で見つけた本の中で、僕は栞を見つけたんですけど、それは……」
楽は顔の前で手のひらを振りながら否定する。
「あれはたまたま。美里さんみたいなベテランが間違えたら、光も疑念も抱くだろ。だから俺だったんだ。まさか俺も、一発で見つかるとは思ってなかったよ」
本で見つからなかったとしても「あ、間違えた」と誤魔化し、また別の物品を僕に渡す。
それを見つかるまで何度も繰り返すつもりだったらしい。
「ちなみに本ならどんな本でも光は栞を見つけていたと思うよ。それが囚われの少女の本心だったから」
本の中にあった心と書いて本心。
「そんな言葉遊びと思い込みでどうになるって、どんな世界だよ」
「そういう不思議が起こるっていう世界……つっても、それも数ある面の一つでしかないけどな」
『霜月君に必要なことがあるなら……うーん、そうだな……信じる気持ちかな?』
僕が栞を見つけることができたのも、明日晴さんへと続く道があると信じていたからということならば。
大筆先輩があの時言った言葉は、アドバイスというよりガイダンスだったのかもしれない。
そして、キーパーソンはもう一人。
神出鬼没の元文芸部部長。
僕が入学式の日に図書室へと足を運ぶことを予言した張本人。
通称未涼先輩だ。
もしかすると、僕を選んだ理由も僕が明日晴さんに栞を渡すと予知していたからなのかも。
「それで本題なのだけど」
本題……そうだった。いつの間にか世界観の話になっていたけれども、それは前提であり、前置きだったか。
なんで僕らが明日晴さんを覚えていられるのか……そんな話から始まったんだった。
「その左手の指輪が関係していると思うよ」
左手?
大筆先輩の指摘により、ぱっと左手を見ると薬指に赤い線が輪のように刻まれていた。
「え、……なに、これ?」
炎のように強く、リンゴのように鮮やかで、血のように濃い──つい最近どこかで見かけたような赤が僕の薬指に巻き付いていた。
「おそらく、それは契約の証だね」
「契約……ですか」
「そう。妖と人間がお互いに条件を飲み込むことで、利害関係を気づくこと。お互いの意思がないと結べないから、思い当たる節があると思うんだけど……」
「ない……わけではないです」
契り。
古文単語で運命を共にすることを誓うこと──結婚を指す言葉。
その約束。
つまりは婚約。
確かに最後の瞬間に僕はプロポーズらしきことをしたし、彼女もそれを受け入れてくれた。
左手の薬指は指輪。
赤は糸って考えればもう、そういうことなのだろう。
「記憶の保護を条件として霜月君は契約したんだ。それと、記憶が消えてないってことは」
──彼女も消滅していないかもしれない。
半開きだった瞼と一緒に上げた顔の先には、嬉しそうな顔の大筆先輩がいて。
隣では楽がニッと笑っている。
「え?」
「やっと、目が合ったね」
「声も今日一明るいしな」
言われてみれば罪悪感に押しつぶされていたせいで、顔も地べたに向いていたし声も少し沈んでいたかもしれない。
「なんでもっと早くに言ってくれたなかったんですか」
「霜月君は完全にこちら側に来ちゃったからね。楽君と相談して、まずは誤解を解いておこうとおもったんだ」
「光は好物を取っておきたい派だからそっちの方がいいと思って」
「そう、かもだけど……僕沈みすぎて、息苦しくて溺れそうだったんだぞ」
けど、そっか……。どこかで生きてるんだ。
明日晴さんは消えてない。
もう会えないわけじゃない。
再会が一年後、十年後、下手すれば来世なのかすらわからない。
でも、保証はある。きっといつかは会える。
そう思えるだけで不思議と心が軽くなった気がして。涙が溢れそうになる。
そんな姿を見せる前に僕は一足先にここからお暇しようと、荷物を持った。
「それじゃ、そろそろ僕は帰ります。最後にもう一度だけ、言わせてください。本当に。本当にありがとうございました。楽も、ありがとう」
この二人が居なければ、きっと、アンコールなんて叶わなかった。
「二人のおかげで僕はまた彼女と会えて、話すことができて──このご恩は死んでも忘れません」
「大袈裟だね、霜月君は。けど、恩を返すって言うなら……いつか明日晴さんと巡り合ったら絶対幸せにしてあげて」
「俺も光が笑顔になったんだったら、それでいいよ」
笑顔でそう言ってくれた二人に再度深く頭を下げてから、僕はまた歩き出す。
いつかまた、彼女と出会うために──
「あ、待って! ごめんね。言いだすタイミングなくなっちゃて。水を差すような真似になっちゃうんだけど」
呼び止められた。
僕にとってはもうエンディングが流れているんだけど、何か次回告知があるのだろうか。
「全然、大丈夫です。どうかしました?」
「驚くかもしれないけど、落ち着いて聞いてほしい」
なんだ……もしかして、楽と大筆先輩付き合い始めたとか?
「霜月君は今、人間じゃない」
「…………」
「…………」
「えっと……霜月君は今人間じゃないって聞こえたんですけど」
「……そう、だよね。すぐ受け入れないよね」
大筆先輩は心配そうに僕を見つめる。
楽も「しょうがない。俺だってそんなこと言われたら信じらないよ」と励ましてくる。
それらが意味することはただ一つ。
聞き間違いじゃない……?
「君は明日晴さんを覚えておけるという契約の代償で、おそらく、人間性を半分持ってかれた」
「……がちですか?」
「がちです……君の半分は妖です」
「しょ、証拠は……?」
「霜月君が明日晴さんを忘れていないってこと。一般人だったら、記憶はなくなるっていう説明したよね」
「え、でも、僕が能力に覚醒したって可能性も……」
「いや、もうそれ以前に、君の中に妖の気配感じちゃってんだよね……すごい馴染んでるっていうか」
「……マジですか?」
「マジです。今日は初日だし、遅くなるとまずいけど楽君がいれば大丈夫だから。そこら辺は心配しないで」
こうして、僕は。
平穏で平凡で平均的な日常とお別れをしたのだった。
「大丈夫か? 光」
伊規須神社の門を出たあたりで、静寂を断ち切るように楽が訊いてきた。
「ああ……大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「……初日だからってどういう意味だろうと思って」
とりあえず初日が終われば大丈夫らしいが。いや、何が大丈夫なのかは教えてくれなかったのだけれど。
例の意識の話によって。
「現実主義者の光が、そんなオカルトチックなことを考えるなんて相当ショックだったんだな」
「僕にも主人公補正があったらショック受けてないよ」
「どうする? 今日は俺ん家でご飯食べてお風呂に入って泊まるか?」
「随分と至れり尽くせりだな……。いや、いいよ。楽ママに悪いし。あと、食欲もあんまないし……」
なんというか、何も食べていないのにもうお腹いっぱいというか。
魂が抜けていて身体に力が入らないような。事実を受け止めきれなくて身体が重いような。
「そうだよな。ちょっと非日常すぎたもんな。まあ、そのうちこれが日常になると思うからさ」
「楽……」
「ん? 大丈夫だよ。美里さんも妖力が一般人よりちょっと大きくなっただけで、他は人間と変わらないよって言ってただろ? 化物に襲われても、美里さんと俺で全力で守るから」
前を見ながら声をかけると、楽の声は僕の隣から聞こえてくる。
「そっちじゃなくて、その……心配かけて、ごめん。楽のおかげでこの件に終止符を打つことができた」
「終止符じゃなくて、始発符だろ。
それとな、美里さんが説明したように、俺らはただ状況をセッティングをしただけ。明日晴さんのことを覚えていられるのは正真正銘、光の力だよ」
「楽には能力ってあるの?」
「んー? いや、俺のは──」
楽の声を遮るようにどこかで救急車のサイレンが通り過ぎる。
目に見えなかった言葉の続きを知りたくて、僕は楽の方を向く。
「で、なんだって?」
「さあな」
楽は僕の方を見ずにニッと笑った。
その視線の先を辿ったけど暗闇のせいで何がいるかはわからなかった。
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