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再び出会った二人

誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。

 僕はドアノブを握り、扉を開けた。


 私はギギーっと音が鳴りながら開いていく扉を見つめていた。


 ──その先には君がいた。


 いつも通り席には狐面を被った少女──明日晴さんが座っていて。

 霜月さんはそこに突っ立ていて。


 しばらく目を合わせていても、目の前の光景に実感がもてなくて。


 夢だったとしても壊れてしまわないように、僕は駆け寄りたい気持ちを抑えて、ゆっくりと慎重に──それでも着実に彼女のもとへと。


 そして霜月さんは私の手前に置かれた椅子に座った。


「こんにちは……ってまさか僕のこと忘れてる?」


 いつまで経ってもいつもの挨拶が来なかったので、試しに僕はそう訊いてみる。


「霜月さん、ですよね? 私の都合のいい夢じゃないですよね……?」

「僕もこれが都合のいい夢じゃないことを祈るよ」


 僕は握っていた栞を手渡す。

 そこにはまた文字が書かれていて。


 私は顔がみるみるうちに熱くなっていくのを感じる。

 そうだった……霜月さんのことを覚えていたくてこんなことを書いた気がする。


 ……なんで霜月さんが持ってるだろうと疑問が生じたが、それよりも羞恥心が勝って、私は今すぐにでも受け取ろうとして右手を開くと。


 僕は彼女の右手から落ちてきた赤い何かをキャッチする。


「髪ゴム……髪結ぼうとしてたの?」

「えっと、そうです」


 そうは言ったものの、私はなんで自分が髪ゴムを握っていたのか覚えていない。

 それでも、それを見た瞬間、なんとなくそれを使ってポニーテールにしたくなった。


 明日晴さんは髪を結んだあと、やや気まずそうに栞を受け取って、それから──


 霜月さんはこれを見てどう思ったんだろう。


 ──明日晴さんはじっとこちらを見ている。

 そうだよな、返事しないと。


 …………。


「もしほんとに、お嫁さんになってくれるんだったら……なってほしい……というか、なってください」

「…………」

「…………」

「……あなたほんとに霜月さんですか?」


 ……これ、やっぱり私の都合のいい夢なのでは?


 訝し気に明日晴さんは凝視してくる。気難しくならないように、気恥ずかしかったけど、わかりやすく伝えたのに。


「僕が君のこと好きじゃ変?」

「……じゃあ聞きますけど、私のどこが好きなんですか?」


 好きなら答えられますよね? という圧が加わっている気がして、半端な答えは許されないことを理解する。

 半端な気持ちじゃないことを伝えたくて、僕は思ってることを頑張って言葉にしてみる。


「どこがっていうより……僕は君とずっと一緒にいたいって思ってて、……でも、それだけじゃなくて、君にとって特別な存在になりたいというか、なんという──」

「引っ掛かりましたね……」

「え?」

「本物の霜月さんは自・然・に、デレるんです。そんな自発的に顔を赤らめながらも頑張って言葉にはしません!」

「…………」

「…………」

「……帰る」


 

 発狂とは言わずとも、項垂れてしまいそうになるほどに、僕の心臓は活性化されていて。

 行き場のないエネルギーは、今からここから逃げ出したいという思いと結びつく。


「本物だった!? ま、待ってください霜月さん!」


 私は立ち上がって、扉の方へと歩き出した霜月さんの私の手を取って……かと思ったら一歩前に引寄せられて。


「じゃあ──今日は一緒に帰ろう」


 今も顔が熱いけどそんなことはお構いなしに、僕は彼女の瞳へとそう提案する。


 言った直後、霜月さんは目を逸らしたけど、しっかりと手は握られたままで。

 ……勘弁してほしい。狐面を着けている意味がなくなるほどに、私はきっとほわわんとした顔になっている。


 それがバレてしまう前に私は頷き、高揚感に乗せられて現実から少しばかり目を逸らす。

 繋がれた手と一歩先の霜月さんを見ながら私は──ああ、やっぱり私は霜月さんが好きだなっと思う。


 本当にこのまま連れ去ってくれればいいのに。


 でも、やっぱりそうはならないのだろう──


「開かない……? というか」


 ガチャガチャという音すらならない。

 まるで、壁の一部になってしまったかのように、扉は微動だにしなかった。


 その光景を私は予想はしていた……けど、期待もしていて。

 ようやくここで、これは夢じゃなかったんだと思えた。


「……霜月さん。やっぱり今日でお別れです」

「扉が開かなかっただけだけで、それは大袈裟じゃない?」


 明日晴さんは首を横に振る。


「違うんです。今はアディショナルタイムなんです。だから方法はもう、ないんです」

「方法がない……? 何言って……」


 何を根拠にそう言っているのかはわからない。けど、やけに明日晴さんははっきり言いきって。


「私はずっと、この身体に自分以外の何かが居ると思っていました。恐ろしい何かが。けど、それはやっぱり自分だったんです」


 明日晴という精神はストッパーではなかった。ただ単に忘れていただけだ。自分がどんな存在なのか。

 そして、思い出す前に私は消滅を選んだ。


 それを霜月さんに伝えると、


「思い出したら、僕を──人を大勢殺してしまうから? 今の君は僕を殺そうとなんてしてないだろ……?」


 明日晴さんからおおまかな話を聞いた僕は、そう反論する。

 

「今、霜月さんの目の前にいる私は、霜月さんと関わっていった時だけの私なんです」

「だったら、それはもう普通の女の子ってことなんだから、消滅する必要なんて──」


 言って気づいた。普通の女の子になった。それは恐ろしい部分がもう既に消滅しているということ。

 

 消滅を止める力がもう明日晴さんには──備わっていない。

 

 尋ねる前に明日晴さんは頷いた。


「だから言ったじゃないですか。アディショナルタイムなんです。霜月さんと過ごす時間がなかったら、私は今、普通の……ではないか。不思議な女の子になんてなれなかったはずです。

 霜月さんが会いに来てくれてなければ、私は化物になって大勢の人を不幸にしていました」


 ──霜月さんは私を救ってくれたんです。

 そんな言葉が僕の胸をえぐる。


「違う……僕は君を救えてなんてない。むしろ、救われていたのは僕の方で……何か君を救う方法はないの……?」

「もう救われたって言ったじゃないですか」

「じゃあ、僕は君の消滅を止めることはできないってこと……?」

「消滅するまでずっと一緒に居てくれることはできますよ」

「でも、それは……それは、僕じゃなくたってよかった」


 僕に鍵を渡した理由を大筆先輩から聞いた時。

 何かこの鍵を貰った意味が僕にはあるんだと。僕でなければいけない理由があるんだと。そう思った。


 しかし、実際は──


「僕である必要は……なかった」


 途端に僕は彼女から目を合わせられなくなって。

 

 私はそれを否定しようとしたけど、霜月さんが目を伏せた理由がわかって、思いとどまる。


 ……そっか、霜月さんも私と同じだったんだね。

 

 私はこの恋心を本物だとずっと思いたくて。

 何かの当てつけだと思いたくなくて。


「……、確かに見つけてくれたのが霜月さんじゃなくても、私は同じものを得ることができたかもしれません」


 でも。


「でも、霜月さん以外じゃダメなんです。嫌なんです」

「……けど、僕だったから君は──」

「僕だったからって……私は別に霜月さんのせいで消えるんじゃないんです」

「違う、鍵を貰ったのが僕だったから──」

「僕だったからって言うなら──僕だったから君を幸せにできたって……そう言ってください」

「そんなこ──」


 伏せていた目を上げて僕は自分が何を言おうとしていたのかどうでもなってしまった。

 それぐらいの衝撃が目前の光景にはあった。

 

 気づけないぐらいにあまりに静かに泣いていて。


 何かを堪えるように小刻みに震えている──そんな少女が僕の目の前にはいた。

 

 涙を隠すようにいつも笑っていた彼女を──僕は泣かせてしまった。


「私の気持ちを……」

 

 そんな彼女を見て──やっと、自分の本心に気づけた気がして。

 

 そんな明日晴さんに僕もまた──


「私との出会いを……否定しないで下さい」


 ──僕もまた救われてしまった。



 ──それから僕たちは明日晴さんの提案で、あの不思議な日常を取り戻すかのように。

 貯めていた楽しみを、その日のうちに全部使い切るような勢いで色々なことをした。


 スマホでメイドカフェの動画を見たり。


「私もコスプレしてみたいなぁ」

「メイドの?」

「はい。霜月さんの好きな猫耳メイドです」

「そんな趣味を暴露した覚えはないのだけれど」

「じゃあ、霜月さんが逆に猫耳メイドしてください」

「なんでそうなった?」

「私の趣味なんで」


 いつも置きっぱだったクイズ研の配布している問題集をしてみたり。


「いや、ここはA」

「違いますよ、Bです」

「あれ、でも問題文よく見たらこれCっぽくない?」

「言われてみるとそんな気がしてきました」

「そんなんで揺らぐような選択が解なわけない」

「なっ……! 誘導はずるいです!」


 文芸部らしく読書をしたり。


「その時、カイシャは言った。そのメンチカツはあたいのものだぁぁぁぁ」

「そんなシーンあったけ? その本に」

「アドリブです」


 アニメを見たり。


 ──心なしかゆっくりと時間が流れているかのように思えた。


 ……だが。


 ……だけど。


 やはり幕引きの時間は来るらしい。


 それに気づいたのはアニメが結末へと入ろうとした辺りだった。

 明日晴さんと見ていたアニメのラストシーン。


 なんの偶然か、主人公とヒロインが離れ離れになってしまったのだ。

 切なさを際立たせるようなBGMが流れる度、私は何とも言えない気持ちになって──きっとそれは霜月さんも同じで。


 それはまるでこの後の僕らを示唆しているように見えて。


 まるで現実から目を離すなと伝えているようで。

 ただただ苦しかった。


「はぁー、面白かった。最後のシーンは流石に感動しましたね」

「……ああ、よかった。エンディングも」


 そんな寂しそうな顔をするのはやめてほしい。

 ……私の笑顔も、また泣き顔になってしまいそうになるから。


 防災伊規須のお知らせがかすかに聞こえてくる。


 僕らは十四時から八時間ほどアニメを見たはずなのに。


 現在時刻は十七時。


 霜月さんももう流石に気づいていると思うが、私の消滅の影響でこの部屋の経過時間は異常に遅い。


 だというのに、体感時間はあっという間で気づけばもう──夕方だ。


 霜月さんは……いや、私はもう帰る時間らしい。


「そろそろ時間みたいです。霜月さん」


 カウントダウンの代わりのように彼女の身体から光の粒が浮きはじめる。


「そうそう。霜月さんが私のことを好きな気持ちは思い込みです。ここに毎回来たくなるように、術……みたいなものにかかってたんだと思います」


 ……いつか霜月さんは私のことを正直者だと言ってくれたっけ。

 

 だけど。


 ごめんなさい、霜月さん。

 私が最後まで嘘つきでいるのを、許してほしい。


「だから、私のことなんてすぐに忘れてください。いつまでも囚われ続ける気はないので。あと、髪型変えればすぐに彼女だってできると思いますよ? その彼女さんに色々と慰め、て……?」


 霜月さんは私を抱きしめた。強く、強く、私の力では抜け出せないぐらいに。


 「霜月さ……」


 数秒後、身体を離して真っ直ぐに私を見つめた霜月さんの瞳はわずかに揺れていて。


 狐面の奥の透き通った瞳に光が反射したかと思えば、明日晴さんからぽろぽろと涙が零れる。


「僕が惚れたら責任取るっていったくせに。なんだよ、勝手に忘れろなんて。無責任にもほどがある」

「それは、でも──」

「じゃあ聞くけど、僕が君以外の女子と仲良くしてんの想像つく?」

「…………」

「…………」

「……なんでそうやって意地悪するんですか?」

「え……」


 渾身の自虐ネタは笑いの一つ起きないどころか、ますます彼女を泣かせてしまう。


「っ、……嫌です、嫌ですよ、ずっと私のこと覚えててほしいです」

「そっか……よかった」

 

 嘘つきでいったかったのに。霜月さんの優しい声と、頭に乗っかった手のせいで。

 ずっと奥に貯めていたものを私は吐き出すように。


「ずっと、ずっと私のこと好きでいてほしい……」

「うん」

「……私だけの頭を撫でてほしい。他の女性とキスするんだったら、その前に私にしてほしいっ……他の女の人とエッチなことをするんだったら、せめて……せめて、私の処女を奪ってからにしてくださいっ! なんなら今からでもいいですよ霜月さんの好きにしてもっ」

「いや、しないけど」

「や、やっぱり、私が貧乳だからだっ……所詮男子は巨乳が好きなんだ!」

「そうじゃなくて……もっと大切にしたいだけだから。もっと時間をかけたいっていうか。その場の成り行きは嫌っていうか」

「じゃあ、ひぐっ、貧乳派なんですか……?」


 号泣しながらそんなことを言われると、どうしてもおかしくて。

 僕は笑い泣きしてしまった。


「なっ……! 馬鹿にしてるんですか!」

「いや、ふ、ふふっ、そんなこと、っ、ない」

「女の子が真剣に訊いてるのにひどいです……!」


 霜月さんは珍しくゲラゲラと笑っている。


 結局つられて私も笑ってしまって、ああ、やっぱり私はこの人のことが好きなんだと再認識する。


「霜月さん」

「ん?」

「私、霜月さんと会えて幸せでした」

「それは……僕の台詞だよ。僕も君と会えて幸せだった」


 僕はそう言って微笑んだ。笑みがなくなったら、僕はただ泣いてるだけになってしまうから。

 

「霜月さん──」

 

 最後なんだから、キスぐらいしてもらってもいいよね。


「──手を繋いでくれませんか」


 ……霜月さんの初彼女さんのためにとっておこうだなんて気持ちがなければ、言えたのに。


 僕は何も知らなかった。彼女の素性なんて。狐面の奥の素顔は今でも見たことがない──けどこの際、もうなんでもいい。

 

 せめて今だけは精一杯寄り添っていたい。


「覚えてますか? 最初に会った時のこと。霜月さん私を突然抱きしめましたよね」

「僕を変態扱いするな。あれは不可抗力だよ。僕の意志じゃない」

「さっきのもですか?」

「……さっきのは、違う」


 ボソッと照れるように霜月さんは呟いた。


 繋がれた手からどんどん明日晴さんの感触がなくなっている気がして。


「さっき見たアニメも最後、主人公とヒロインは遠い未来に転生して結ばれたよね」


 けれども僕が不安でいると、彼女も不安になってしまう。そう思ったからできるだけ平常心のふりをする。


「……仮に君の言う通り僕の恋心が仕組まれたものだとしても。君が僕以外嫌って言ったくれたように。僕も、また恋心を抱くなら君がいいから」


 霜月さんの握る手が強くなる。


「だから、君が……──明日晴さんが転生したら、僕が誰よりも早く会いに行く。そしたらまた……この続きをしよう」


 初めて名前を呼ばれた。

 こんなラストのラストで。実はずっと前から気にしていたことだった。


 ボロボロとまた、涙が零れる。

 これって、私も下の名前を訊いてもいいのかな? ……いや、下の名前を訊くのは()()()()にしよう。


「必ずですよ?」


 最後は笑顔でお別れしたかった。


 そのために。笑顔でいられように。私はこれまでのことを振り返ってみる。


 最初は生まれてきたこと自体に悩んで、もがいて、苦しんだけど──今ならわかる。


 それはこの瞬間の前置きでしかなかったんだ。


 もし、ゼロから人間の人生でやり直せるとしても。

 たとえ、終わりが来ると分かっていても。

 それがほんのわずかな幸せな時間だとしても。


 それで霜月さんに会えるのなら、私は迷わずまた同じ道を選ぶだろう。


 明日の──あるいはもっと遠い未来の僕が。

 もしくは僕じゃない僕が──これからもずっと覚えておけるように。


 いつまで経っても彼女を忘れないように。どこかで会ったら思い出せるように。


 記憶がなくとも彼女と結ばれるようにと願いながら、僕は言葉にする。


「また会えたら、僕のお嫁さんになってくれませんか」

「はい、喜んで! ──……」 


 最後の元気な声と溢れんばかりの笑顔はまるで花火の様で。

 光となって消えていくのも、まるで火花が散っているようで。


 ──きっと一生覚えておけるぐらいに、彼女は僕の目へと焼き付いた。








読了、ありがとうございました。


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狂ったように喜びます。

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