目覚めの時
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「……私は」
そう言葉にした後、不意に私は右手を見てしまったのは、そこに答えがあるんじゃないかと思ったから。
しかし、手のひらにも、甲にも、メモらしきものは残されていないし、消されたあともない。
だというのに、私の中では喪失感というものが渦巻いていって、かつてこの右手には大切な何かが握られていたんじゃないかとやっぱり思ってしまう。
『──』
……違う、確実に握っていた。
確かに私はこの右手に握っていた。彼から貰ったものを。
右手だけじゃない。両手だったとしても抱えきれないほどのものを私は貰った。
一人の男子生徒から。
……ああ、そうだ。なんで、忘れてたんだろ──。
当たり前にそこにあったはずの記憶がふつふつと蘇ってきてもやっぱり私は落ち着いていて、それはここが夢の世界だからだろうか。
そんな様子を察して未涼さんは、
「思い出したようだね。安心してほしい。栞はあとでちゃんと、君へと戻るから」
あとで。
それがいつのことを指しているのか私にはわからないけど、添えられた手のひらが妙な説得力と安心をもたらしてくれた。
「……私は──お嫁さんになりたいんです」
「お嫁さん。女子だったら誰しも一度は憧れるよね」
「未涼さんも憧れたことがあるんですか?」
「さあ、どうだろうね?」
未涼さんはご想像におかせすると言いたげに微笑んだけど、その中にはどこか切なくて──儚いものが混ざっているように見えて。
それはいつか無意識的に思い浮かんできた、私じゃない誰かの記憶で感じたものと同じだった。
私はやっぱり、この人を知っている気がする。
「あの、未涼さんって──」
「おや、そろそろ到着かな?」
未涼さんはそう言うと私から視線を外して、その視線の先を私は辿ると閉まっていた鍵がゆっくりと動いていた。
もう会うことはできないと思っていた彼が扉の奥に居る気がして、
「これって、夢ですよね……?」
思わず私はそう呟いた。
未涼さんはその問いかけには答えずに、
「私達は君の願いを叶える義務があった。これでようやく肩の荷が下りるよ」
「荷が下りる……?」
「いずれわかるよ。私の残像は役目をきっちり果たした……と言っても、ヒーローを待っている間の暇つぶしぐらいしかできなかったけど」
「役目を果たしたって……ま、待ってください! 私、まだあなたに聞きたいことが──」
「大丈夫。消えるわけじゃない。少し私も眠るだけさ。いつか私の本体が私を起こしに来るまで、ね」
また私のことを撫でた。
「……じゃあ、約束してください」
つながりを保っておきたくて、そう提案した。
「今度はゆっくりお茶でも飲みながらお話ししましょう。こう見えても私、お茶入れるの上手いんですよ?」
「そうだね、いつか──」
未涼さんは一瞬驚いたような顔したが、そう返してくれた。
「さて、君はそろそろこの夢から覚めないとね」と、未涼さんは私の肩に手を添えた。
「まず目を閉じてごらん。そしたらもう、目を開けちゃダメだよ」
言われたとおりに目を閉じると暗闇が広がって、未涼さんの容姿も話していた部屋のこともうまく思い出せなくなった。
……それもそうか。
これは夢なのだから、目を覚まそうとすればその記憶はすぐに消えてしまうのは当然だ。
「私のカウントで君はこの幻から覚める。0の瞬間、目を開けるんだ。いいね?」
「はい……あの、本当にありがとうございました。きっとあなたに会えてなかったら、私はもっと早く消えてたと思います」
目を瞑ったまま私はそうお礼する。
未涼さんは暇つぶしと言ったが、きっと私という存在をギリギリまでこの世に留めておいてくれたのだと思う。
「気にしないで。私達は君を幸せにする義務があったんだ。当然のことをしたまでだから。むしろ、ちゃんと生きていてくれてありがとう。あっちで私の本体に会ったら、よろしく頼むよ」
私達──その言葉がどのくらいの人数で、誰を指しているのかわからない。
でも、なんとなく、長い白髪の男子生徒の姿が頭に浮かんだ。
「これは最後の私からのプレゼントだ、受け取ってほしい」
未涼さんは何かを私の右手にぎゅっと握らせる。
「また会える日を楽しみにしているよ。3,2,1──」
0
「また、いつか──」
──そんな声の後に私は目を開いた。
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