たった一つの願いを
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
ふと、目を開けると私は椅子に座っていた。
頭の中は真っ白……というより真っ黒で。
情報のほとんどが、黒く塗りつぶされてしまっているように、何が何だかわからない。
ここはどこ?
私は誰?
今は何時?
最初こそそんな疑問が飛び交ったが、誰かが手を繋いでくれているような感覚が、私を落ち着かせてくれて。
おかげで私は、特に取り乱すことはなかった。
感覚の正体はどうやら右手の下敷きになっている水色の──栞だった。
この部屋には置物と、いわゆるライトノベルと呼ばれている本、漫画が多数ある。
だが──それらよりもずっと、この栞は私にとって大事なもののように思えて──。
栞に注目していて気づかなかったが、栞の横にはペンが置かれていた。
もしかすると、この栞には何か重要なことが書いてあるのかもしれない。
そう思って、おそるおそる表面に広がる水面をすくうとそこには──
来世は霜月さんのお嫁さん希望!
と手書きで書かれていた。
…………。
「……霜月さんって誰?」
というか、お嫁さん希望って……。
「これ、ほんとに私が書いたの? 来世って──」
そこまで言いかけて、栞を捉えていた目から込み上げるように、何かが溢れ出してきているのに気づく。
「え。あれ……? なんで……? なんで、涙が零れるの?」
嗚咽は出ていない。
雨が降り始めた時みたいに、ポツポツと水滴が私の瞳から降る。
なんで……なんて愚問だったかもしれない。
涙と一緒に込み上げてきたものが、解答そのものだった。
時には心が躍るような。時には胸を締め付けるような淡い気持ち。
少し触れるだけで、ヒビが入って崩れてしまいそうになる脆い気持ち。
でも、それ以上に絶対に忘れてやらないという固い気持ちが、この心の名前を覚えていた。
「……そっか。私、恋してたんだ」
正解だと言わんばかりに、ポツポツだった水滴は一筋の線になって。
落ちていく雫とは対照的に、私の口角は上がっていた。
恋をしていたと言ったけど、そんな記憶、私にはない。
ない。というか、なくなってしまったのだろう。
そう思うと、私はさっきまで夢を見ていたことを思い出す。
一人の生徒とここで楽しく過ごす夢を。
「来世って……どんだけ執着強いんだよ、私」
思わず自分の書いた文章に笑ってしまった。
夢を見るのは、眠りが浅いときだという。
その夢が終わったということは、これから私は本格的に眠ることになるのだろう。
眠る……なんて曖昧な言葉を使ったけど、本当はこれから自分がどうなるのか、薄々気づいている。
「ほんとに私、これから消えるんだな……」
本来なら、夢を見終わって私はすぐに消えるはずだったが、おそらく、存在が消えていく過程で私は気づいたのだろう。
存在の消滅は記憶の消滅に比例していると。
だから私はこの栞に心残しをした。
心残り……いわゆる、未練というものがあったから私はすぐに消えなかった。
そしてその未練もこの栞から恋心を受け取ったことでなくなった。
「この消滅しなきゃいけないっていう認識も、この恋心に関係してるのかな……?」
そう独り言をしたところで、視界がぼやけ始めた。
どうやら泣いたり、笑ったり、安心してしまって疲れたのか。
急な睡魔が視界を狭めかけている。
もうスリープそうな頭を、なんとか動かして、脱力しかけている腕を栞に向かって伸ばす。
握ったことを確認して、そして今度こそ私は──
長い長い夢から覚めるように眠りについた。
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