準備万端
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
息が止まりそうになった。
だからかな。すごい息苦しくなって。
文字を見る度に押しつぶされそうになって、なのに何度もそんな文字を辿った。
丁寧だけど、どこか遊び心がある──そんな文字を。
ゆっくり、噛みしめるように僕の脳に刻んでいく度に、僕がここまで必死になっている理由が鮮明になっていく。
「……鈍感になったつもりはなかったんだけどな」
そんな独り言がこぼれる。
だって、僕だけの一人事だと思っていたから。
だから、たった一言が言えなかった。
「光? どうした?」
楽がドアを手で支えながら、振り返る。
「この漫画本棚に戻したら僕も向かうから、楽は先行ってて」
「な──、わかった。先行ってるから、早く来いよ」
一瞬何かを言いかけるも、楽はすぐにニッと笑い、駆け出してこの部室から出て行った。
僕は漫画を元あるところに戻した後、もう一度栞に書かれている文字を読む。
思わずくしゃくしゃにしまいそうになるのを落ち着かせるために、代わりに栞をそっと胸に当て、僕も部室を後にした。
「ただいま戻りま……ってなんだ、これ」
オカルト研に入って、開口一番でそんなことを言った理由。
扉を開いて真っ先に目にしたものが宙に漂っている文字だったからだ。
「あ、おかえり霜月君」
「これって例の術式を復元するために必要な術ですか?」
「そうだよ。もう準備はできてるから、鍵と栞を貰ってもいいかな」
栞……あの文面を見られるのは少々恥ずかしいけど、時間がない。
僕は諦めて大筆先輩に栞と鍵を手渡す。
「え、えっと……霜月君? 手を離してもらってもいいかな……?」
「あ、ごめんなさい」
大筆先輩は鍵と栞を受け取り、注意深く観察していて。
僕もその様子を見ていたわけだが──もう、栞には何も書かれてなかった。
あの文章は消えていた。
「ああ、大丈夫だよ。術後も栞は消えないから」
そう言われて、自分の表情がどんな風になっているのか気づく。
慌てて、「よかったです」と返した。
「……だけども、ここまで見通してたとは。やっぱり未涼先輩には敵わないな」
大筆先輩はそう言って嬉しそうに笑った後、目を瞑った。
すると、宙を舞っていた文字たちは地球が自転するかのように動き始めた。
文字は回転しながら段々と中心部──鍵と栞を握っている大筆先輩の手へと向かっていく。
文字全てが吸い込まれるように鍵の中へと入った後、大筆先輩は一息つき、僕に向かってグッドサインをした。
どうやら成功したらしい。
着席。
「やっぱり、複雑な術式なだっけあって体力めちゃくちゃもってかれた……」
「美里さん、お疲れ様。はい、これ」
「え! これ、この前テレビで美味しいって話題になってたシュークリームじゃん!」
さっきまでのぐったりが吹っ飛んだかのように、大筆先輩は子供のように目を輝かせる。
「他にも色々買ってきたから、食べて」
「楽君、ありがと!」
美味しいそうにシュークリームをほおばる先輩を見ていると、
「術の使用って、その術が難しければ難しいほどいろいろ消耗するんだよ」
と、楽がこそっと説明してくれた。
だからコンビニのスイーツを……楽が途中退席にしたのにはそういう理由があったのか。
「あと、美里さんが美味しそうに何かを食べてるところ、好きだし」
「そっちが本命?」
「そっちも本命」
「にしても、ほんとに美味しそうに食べるな、大筆先輩」
「そうだな。術を使えばゼロカロリー理論を展開できるからな」
「ゼロカロリーになるの?」
「ゼロカロリーだと思って食べられる」
「それって……いや、本人が幸せそうならいいか」
テーブルの上に置かれた鍵を僕は手に取ってみる。
金属のひんやりとした温度が手のひらに伝わってくる。
重さも軽くなったわけでも──かと言って重くなったわけでもなさそうだ。
本当にこれでまた彼女に会えるのだろうか。
ジッと鍵を見続けていると、大筆先輩が、
「霜月君に必要なことがあるなら……うーん、そうだな……信じる気持ちかな?」
見透かすようにそう助言してくれた。
「信じる気持ち、ですか」
「そう。絶対会えるっていう気持ち。オカルトってそういうところ大事だから」
パクっと大筆先輩は最後の一口を食べた後、真っ直ぐに僕のことを見つめた。
「──最後に注意事項だけ話すね」
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