いつかの栞
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
旧校舎。部室棟。一階。隅。
空き教室の奥に隠れるようにしてその部室は存在している。
辺りは静寂。ポケットから鍵を出す時の音でさえも鮮明に聞こえるほどに。
***
「霜月君が囚われの少女に会うためには鍵にかかっている術を修復する必要がある。
……というか、それしか方法がない」
「認識阻害の術によって隠されていた──もう一つの術の話、ですよね」
大筆先輩は頷く。
鍵にかけられたもう一つの術は『文芸部の部室の扉を開くと囚われの少女の部屋につながる』というものだった。
修復……ということは、術のどこかに破損しているところがあるのかな。
「さっき見せてくれた大筆先輩の術は、別の術を修復することもできるんですか?」
先ほどの鳥獣戯画で出てきたような兎のことを思い出す。
「いや、これがまたややこしいんだけど、さっき見せたのは術じゃなくて能力なんだ。
話すと長くなっちゃうから説明は術だけについて。それも最小限にすると──」
いわく、術は術式というもので成り立っているおり、術式が成り立っていないと術にはならない、とのこと。
想像すると、1+x=2……こんな感じか。
この場合、2を作るためにはxが1である必要があり、1以外では2にはならない。
同様に、彼女のいる部屋へと導く術は、目的地である彼女の部屋の位置情報が必須だった。
しかし、何故かその情報が術式から消えたために、僕は彼女の部屋に辿り着けなくなったらしい。
「目的地の情報を得るためには囚われの少女の部屋の一部が必要になってくる」
「でも、その部屋は今、文芸部の部室になっています。加え、僕はあの部屋から何も持ち出していない」
「そう。普通ならこれはもう詰んでいる状態。だけど今回は未涼先輩が絡んでいる」
認識阻害の術がこのタイミングで弱くなったのは偶然ではない、と。
あの人が起こした必然の可能性がある、と。
故にこの一件には何かしらの落着方法がある、と大筆先輩は結論付けた。
***
現在、大筆先輩は術式を復元するための準備。
そして僕と楽はその一部を見つけるために、文芸部の部室に入っていた。
「不思議だな。使われてないはずなのに塵一つついてない」
周りを見渡し、楽が言う。
何か引っかかる。
「どうした、光?」
「……いや、なんでもない。それより、どう?」
「本棚、かな? 微弱だけど妖の気配を感じるような……」
楽の視線の先を僕も目で追う。
天井まである本棚には文庫本が収納されているかと思いきや──大半が漫画だった。
楽のここでの役割──それは魔力探知ならぬ妖力探知だ。
妖の空間のものならば、微弱な妖力を帯びていることが大半らしく、普通に探すより妖力を感知したほうが早いらしい。
「とは言え、まさか幼馴染が能力者とは」
「いや、俺に能力はないんだな。だから言うなれば術者、かな?」
「どっちも変わらないよ、僕にとっては」
「これっぽいな。光。この本、見覚えある?」
楽は本棚から一冊の漫画を引き出し、表紙を僕に見せる。
「猫とコネクト……聞き覚えはあるけど、見覚えはないかな。確か略称は……」
「『ネコクト』だったか」
「そう、それ」
見たことはないと言ったが、略称を聞いて何故聞き覚えがあるか思い出す。
「あれ、楽だっけ? その漫画僕に勧めたのって」
楽はえっと……っと少し考えた後、
「多分違うと思う。俺も美里さんが前話したことがったから知ってただけだし」
楽以外に僕に漫画を勧めるような間柄なんて……考えるまでもないか。
「漫画に見覚えがないとすると、きっとページのどこかに挟まってるんだと思う」
楽から差し出された漫画を受け取り、試しにパラパラとページをめくる。
半分ほど進んだところでパラパラを止めたのは──栞だった。
そこだけ綺麗な水面が広がっているような、そんな栞が漫画には挟まれていた。
僕はこの栞を知っている。
田舎の本屋で本を買うと付いてくる栞だ。
普段からその本屋を利用する僕にとっては特別珍しいわけでもない栞。
特別珍しいわけでもないのに、この栞だけは僕にとって特別だった。
それはきっと、この栞が──彼女のものだったからだろう。
「ありがとう、楽。見つかったよ。これで間違いない」
「美里さんの考えは正しかったってことか。とりあえず、急いで戻ろう」
──時間がない。
そんな言葉が僕の脳裏をよぎる。
早くこれを持っていかなければ。
栞を漫画から抜き出して僕は──裏に何か書かれていることに気づいた。
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