思い出し
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「……入れなくなったのは一週間ぐらい前で合ってる?」
調査が仕切り直しになったのは、大筆先輩のんんっという、咳払いだった。
「そうですね……でも一週間前のどこかと訊かれると……」
「金曜じゃないか? その日、光オカルト研来なかったし」
そう指摘して、楽は僕の隣に座る。
「ああ、確かに……言われてみれば、そうな気がする」
「一週間……と」
大筆先輩はまたメモを取る。
また消えてしまうのではないかと疑問に思ったが。
これは記憶……というより、『金曜日オカルト研に来なかった』ことによる原因推量なので、もしかしたら残るのかも。
「それで、霜月君はどこで少女と会っていたのかな?」
「先輩がくれた鍵の部屋です」
「そっか、私のくれ……え? 私が霜月君にあげた鍵って言った……?」
「はい。文芸部の部室で、僕は彼女と会いました。それはまだはっきりと覚えてます」
「……ちょっと鍵、見してもらってもいいかな?」
僕は頷き、大筆先輩に鍵を差し出す。
大筆先輩は色々な角度から鍵を見て。
その後。
光を当ててみたり、暗闇に入れてみたり、兎に角色々と試している姿に。
なんだか、警視庁捜査一課みたいだなと思いながら。
僕も同じように鍵を見つめていると、やがて大筆先輩が、
「これ、認識を阻害するような術が練り込まれてる……」
「認識を阻害……?」
「うん。大部分の術を覆い隠すようにして……霜月君に渡す前はそんな気配微塵も感じられなかったのに」
「つまり、認識阻害の術自体が時間経過で弱くなったってことですか」
「可能性としては高いかも。でも、なんでこんな小細工をあの人は……」
そう大筆先輩はこぼし、鍵はまた僕の手に戻ったかと思うと、
「術で思い出した。ちょっと用事あったから、一旦席外す」
楽はそう言い、たちまち席を立ち、またどこかへ行ってしまった。
術絡みで思い出すこと。
なんだろう? いや、それよりも。
「あの人?」
「あ、ごめん。私に鍵を預けた張本人───元文芸部部長の人のこと」
そうだった。
交渉材料として大筆先輩から貰ったこの鍵は、元々は大筆先輩が文芸部部長から預かったものだった。
「小細工……ってことはその人もこっち側の関係者なんですか?」
「関係者っていうより、乱入者かな。
自由人で至るとこにいて、かと思ったら急に姿を消す人で、小説のネタが欲しくて、いつの間にかこっち側来っちゃった……みたいな?」
「……やばい人ってことは十分に理解しました」
そんな人から貰った鍵なら、不思議なことが起きてもおかしくない。
普通だったらそう思う。
だが、文芸部部長を知っている人間だったら、そうはならないのではないか。
やばい人からやばいものを貰ってやばいことが起きても──不思議ではない。
「ねえ、霜月君」
空気が変わったのは、気のせいじゃない。
僕の中で引っ掛かていて、だから、喉からも出そうで出なかった疑問。
──なんで私は君にこの鍵を渡したと思う?
話題は脱線──というより出発点へと戻った。
「僕にこの鍵を渡した理由はオカルト研存続のためでは……流石にないですよね」
「……うん。そうだよ。君にその鍵を渡したのはオカルト研存続の為じゃない」
オカルト研。
この高校に置いて唯一無二の必要不可欠な──不思議を解決する機関。
部員がいないごときで廃部になるとは思えない。
まして廃部になっても、大筆先輩の役目は消えないだろう。
それが使命であり、大筆先輩の役割であるから。
「私が霜月君に声をかけたのは」
ゴクリ。
わざわざ一般人の僕を巻き込んだ理由は……
「──霜月君が図書室に入ってきた平均的身長の男の子だったから」
「……これ、ツッコミの最終試験ですか?」
「冗談じゃなくて。ほんとに霜月君が霜月君だったから私は鍵を君に渡した」
「なるほど……へえ。……えっと? 話が見えないのですが……」
まだ少し試されているんじゃないかと思ってしまう。
大筆先輩がツッコミの師匠みたいな存在だからかな?
だが、ほんとにツッコミはいらないらしい。
裏側が語られる。
「冗談じみた話だけど、文芸部部長──未涼先輩にこの鍵を渡された時──」
***
これは先輩からのアドバイスとして受け取ってほしい
入学式の日に平均的な身長の、髪が少し目にかかった男子が一人図書室に来る
その男子をオカルト研に入部させるんだ
そうすれば君の恋はきっと前進するだろう
そうそう交渉材料にこの鍵を使ってほしい
──え? 一般人を巻き込んじゃまずいって?
それについては心配はいらない
……むしろ彼はそのうち向き合わなければいけない日が来る
土壇場で襲われるよりも、余裕を持って対処できるようにしたほうがいいと思わないかい?
***
「……まるで僕を知ってるかのような口ぶりですね」
恋が発展から察するに……僕だけじゃなく楽まで。
そして、僕と楽が幼馴染だという関係性まで把握しているような。
文芸部部長を僕は知っている? ……いや記憶の限り、未涼なんて名前の人を僕は知らない。
仮に知っていたとしても、これでは助言という域をとうに超えている。
予言だ。
もし、予言だとすれば、僕にはもう一つ気にかけなければいけないことがある。
「向き合わなければいけないこと、ですか。ちなみにその……未涼さん? から何か聞いてたり……」
向き合うために
振り返らなければいけないのか。
はたまた、先を見通さなければいけないのか。
大筆先輩は首を振り、
「わからない。そこまでは教えてくれなかった。そして鍵を渡すことによって霜月君がどうなるのかも。だから──」
──ごめん、霜月君、と。
大筆先輩は頭を下げた。
「私はその鍵をお守りか何かだと勘違いして、君を巻き込んで、目の前の問題に意識を取られて、……私は君を巻き込んでしまっただけになっていた。
霜月君が今まで傷ついたのも。これから傷つくのも、それは……私のせいだ」
今回の件に関して大筆先輩は責任を感じていた。
責任を感じていた。
間違いない。
だって。
「大筆先輩は僕を怪奇異や妖関連の事柄にあっても、すぐ力になれるような言葉をかけてくれたじゃないですか」
僕が入部した時。
大筆先輩はちゃんと不思議なことがあったらいつでも相談に乗ると言ってくれた。
だけど、今回は状況が状況だった。
鍵に付与されていた認識阻害の術。
僕と彼女の約束。
記録されていない異常事態。
大筆先輩は目の前の問題に意識を取られていたわけではなく、意識を向けられるのが目の前の問題しかなかった。
そしてこれはなんとしても訂正しないといけない。
「大筆先輩のせいじゃないです。むしろおかげですよ」
あの時、大筆先輩が声をかけてくれなかったら。
図書館で僕を呼び止めてくれなかったら。
大筆先輩がそんな予言じみたものに頼りたくない、と判断して、僕を入部させてくれなかったら。
僕が彼女と会うことはなかった。
そして、この先あるかもしれない事態に対処する能力を身に着ける──そのチャンスさえも得られなかった。
「霜月君は優しいんだね……でも、君に傷を負わせたのは事実だし、これからもっと傷が深く刻まれるかもしれない」
「男の傷は勲章ってよく聞きません? それと、なくならない傷ができても、それは目に見えないものです。そして、その時の痛みもどうせ僕から消えていきますから、実質無傷みたいなものですよ」
「でもっ──……私は……形式上は霜月君を守るためだとか、理由を着けて、でも、どこかでこの恋が実るんじゃないかって。そう期待してた。
……優しくされる資格なんて、私には──」
「確かにそれだけ取れば、大筆先輩は身勝手な人間です」
だけど。
「きっと恋が進展するだけだったら、大筆先輩は僕にこの鍵を渡してはいないと思いますよ」
『向き合わなければいけない日が来る』
そんな言葉さえなければ、大筆先輩は僕を入部させようとはしなかっただろう。
それで恋が前進しなかったとしても。
それどころか今の関係が後退することになったとしても。
楽から聞いていた大筆美里とはそういう人物だった。
人一倍罪悪感を抱えやすく──だから人一倍他人を思いやることができる。
「個人的な意見ですけど、良いことをしたんだから、良いことがあるかもしれないと期待する。それが悪いことだとはおもいません
だから、そんな気落ちしないでください」
──僕を助けたんだと、胸を張ってください
そう口にした瞬間。
ぽた。
大筆先輩の目から涙が流れていた。
僕は驚いた表情をしてしまったのか。
大筆先輩は僕の顔を見るなり、慌てて涙を拭う。
「霜月君だったら、楽君取られてもいいや」
「安心してください。そんな薔薇展開ありませんから」
「……ごめんね。私がもっと優秀だったら」
「優秀だから大筆先輩は役目を背負ってるんですよ」
押しつぶされそうになるほどの重い責任と一緒に。
「あ、それと。もう謝るのは禁止ですよ? 楽に聞かれたら変な誤解されるかもだし」
「どんな……?」
「僕が告って、優しい大筆先輩が泣きながら断ってるっていう」
「ふふ、なにそれ」
ガチャリ。
噂をすれば大筆先輩が言いきると同時に、ドアノブを回した音がした。
「ただい──え?」
「どうして美里さん笑い泣きしてるの?」と、楽が僕に耳打ちしてくる。
「最近忙しすぎてちょっと疲れたんだと思う」
「……そっか。最近頑張ってたからな」
「僕にしたように頭撫でてあげれば?」
「俺、女子の頭撫でたことないんだよな……」
「じゃあ、大筆先輩がはじめての相手だな」
「二人でなにコソコソ話してるの?」
近くにある腹を肘でコツくと、楽と目が合った。
頷くと、楽は大筆先輩の方へと歩き出し、今、テーブル一個挟んだ僕の目の前には、ラブコメが始まろうとしている。
「み、美里さん」
「ん? どうしたの楽君」
「……あ、頭撫でてもいいかな?」
「……え、あ、頭……ですか?」
「……ごめん。忘れて」
「あ、違くてっ! ただ、ちょっと驚いちゃって……撫でてほしい、かも、です」
二人ともぎこちなくて、顔が真っ赤で、初々しい。
楽は三秒ほど大筆先輩を撫でた後、僕の隣の席に座った。
口を手で覆うようにして、照れながらも嬉しそうな。
そんな楽の表情に、夢うつつになっていた大筆先輩が気づいたかどうかは──言うまでもない。
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狂ったように喜びます。




