三角では決してない
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「──なるほど。それは、興味深いね」
話の重要点をメモした紙を見ながら、大筆先輩は興味深そうに考え込む。
詮索禁止の約束だけでは飽き足らず、情報漏洩の禁止まで僕は破ってしまったわけだが。
忘却もかなり進んでいるため、断片的なことしか伝えられず。
大半は頭に残っている情報ではなく、忘却対策でスマホのノートに入力した情報しか伝えられていない。
そのスマホのノートにも、明らかに抜け落ちている部分がある。
つまりは空白のところがあり、それはおそらく、彼女の消滅と関係している。
「部屋の状況は元文芸部の部室の大きさと変わらない、か。内装も?」
「えっと、内装だけは変わっていたみたいです。本棚がないらしくて……あ。あと置物? があったらしいです」
「扉を開けた瞬間、少女は座っていた、と」
「はい。最初に会った時は窓の外を見ていた、とか」
「だとすると異空間……いや、この場合は生成空間かな」
大筆先輩はメモを書き進める。
「容姿はどうかな? 髪の色、瞳の色、なんでもいいけど」
「……えっと、そういえば何かお面をつけていたはずです。なんだったか……」
メモをスクロールしていくと、面という文字を見つける。
が。
ノートには『 の面』と明らかな空白が空いていた。
『 』
かと思ったらいつの間にか空白になっていた。
文字が目の前で消える現象ははじめてだったので、不意に「え」と言葉が出る。
「どうした? 霜月君」
「……大筆先輩、今なんて訊いたんでしたっけ?」
「えっと……。あれ? なんて訊いたんだっけ、私……。霜月君覚えてる?」
大筆先輩の顔が曇る。
「いえ。僕も」
「……となると、文によって記録していても、文の記録が無くなれば、その記憶もなくなる感じだね」
「……あれ、また消えた」
「消えた? 文字の話?」
「はい。そうなんですけど……」
明らかに文字が消えていく速度が上がっている気がする。
昨日時点では一時間に三文字いくか、いかないかぐらいだった。
それがどうだろうか。
立て続けに文字──というより、文章が消え始めている。
次の質問。
その回答らしきものは、まだ部分的に。つぎはぎ的に。
首の皮一枚繋がっている状態として残っていた。
しかし、ここで。
「霜月君……メモが」
「どうしました?」
大筆先輩のメモを見ると、そこには白が広がっていた。
真っ白。
消しゴム消した跡さえない、綺麗な白。
ありえない。
大筆先輩は黒をちゃんと書いていた。
はっきり。記憶に刻み付けるように濃く。
今までメモしたことと、立て続けに文章が消えていくこと。
それらが意味することは一つ。
「もうこれ、消滅するんじゃ……」
そう思っている間に、またしても文章が一つ消え、空白が生まれた。
「そんなことないよ」
僕の心に空いた不安の穴を埋めるように。
大筆先輩はそう元気づけてくれた──けど、僕は消えていくスマホのノートから目が離せなくて。
離せないって……あれ、なんで離せないんだ?
もっとやることがあるだろ。
今は彼女に会うことを優先しないと。
文字は浮かぶが、すぐに消える。
スマホ中毒者にでもなってしまったか。
ショート動画の区切りがつけられないように、完全に僕の意識はノートに集中してしまっていた。
真っ白になった頭。
それはさながら、スマホのノートと連動しているよう。
また文章が消える。
消えた文章を思い出そうとする。
思い出せない。
さっきまで分かっていたことが、どんどん抜け落ちていくように、僕の脳内から消えていく。
波が収まったのか。
最後の文章が消えた時間から十数秒経ち、目新しい空白ができていないところから、文章は今は消えていないと、判断できる。
だけど、また目を離したらその途端に消えてしまうんじゃないか。
そんな風にずっと見続けていたからかな。
急に視界がぼやけはじめて、歪んで、睡魔が襲ってきて。
ここで寝たらすべて夢になってしまう。終わってしまう。そう確信した。
やばい。誰か、僕を……。
目の前に暗闇が迫ってきて──それを断ち切るように現実に戻したのは、
「美里さんが心配してそうな目で光を呼ぼうとしていたから、何かと思って話を聞けば、消滅が思った以上に進んでるんだって?」
そんな一言とてのひらだった。
撫でられたら普通は余計に眠くなるけど、なんでか意識がはっきりしてくる。
「楽……」
明瞭になった視界が捉えたのは、同じく心配そうな目で見つめてくる幼馴染だった。
どうやら、音色までも僕は真っ白にしていたらしい。
「ごめん。周りの音が聞こえなくなってたかも」
内側の動揺の方がよっぽどこたえて、ほんとに雑音すら入ってこなかった。
「光。囚われの少女に会いたいって気持ちはまだ消えてない?」
「今のところは、まだ、覚えてる……けど」
「だったら、今はそれだけ考えていればいいんじゃないか?」
「それだけ考えてるつもり……なんだけど」
伏せた目で、どこか不安定な声。
自分で言ってるのに全然説得力がない。
「見てみ、スマホの画面」
言われるがままにスマホの画面を見ると、時間経過により画面表示が消え、真っ暗な世界に少年が映っていた。
温度を失っているかのような無表情──なのに無感情ではなく。
追い詰められて、焦っているような。
そんなものが瞳の奥に渦巻いている。
死んだ目。
というより、死にそうな目や、死にたそうな目という言葉が合いそう。
そんな少年の頭の上には手が置かれていて。
それは今も優しく少年を撫でていた。
「今から会いに行くんだろ? 囚われの少女に。そんな顔してたら美里さんにされたように、心配されちゃうぞ」
あまりの温度差に僕は、ふっと笑ってしまい、
「……確かにこれじゃあ心配されちゃうかもな」
昔からされているからだろうか。
妙な安心感と希望が僕の中で広がっていき、少年の顔の口角は何かを懐かしむようにして、少し上がっていた。
「ありがとう、楽。もう、大丈夫な気がする」
僕がそう言うと、楽は手を離し、
「ああ、そうだ。きっと大丈夫。光ならなんとかできる」
ニッと笑った。
この時、そんな僕らのやり取りを見て、複雑な顔になっている女子生徒が。
いたり、いなかったり。
やっぱりいた。
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