偽りの少女
諸事情によりマイペース更新にさせていただきます
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
霜月さんと出会って少し経った日。
具体的にいつだったかは覚えていない。
私は自分の存在が消えていくような感覚に襲われるようになっていた。
原因は分からない。
ただ、消えていく感覚は段々と無視できないように。
日に日に増していってる気がした。
苦しくはない。
不思議と怖くもない。
ただ、大切な何かを失ってしまうような不安感はあった。
自分の正体が薄れるように消えていく度、不安感の正体は取って代わるように露になっていった。
詳細なことは分からない。
ただ──
私の存在は自分で考えているより、もっと恐ろしいものである
そんな認識が根強く──まるで私を警告するように芽生え始めたのだ。
私に指した言葉ではなく、けれども確実に私へと指した言葉。
その警告は私自身のことを指しているのに、どこか他人ごとの様だった。
その理由が時間が経つにつれ判明していく。
恐ろしく、おぞましく、おどろおどろしい存在。
私──明日晴という精神はそんな何かのストッパー的役割をしていたらしい。
嘘のような存在。
もしくは概念。
私の本性──本物は私ではなかった。
私は本物とは別の──偽った存在。
つまり明日晴という精神は偽物だった。
明日晴という人格が消えた時、私は私じゃなくなる。
本物は本物になる。そこに偽物が介入できる余地はない。
不安感は私が消えることによるもの……──ではなかった。
本物が本物になった時。
偽物の私にとって──悲惨で残酷で哭してしまうようなことが起こってしまう。
本物の私は、霜月さんを殺す
わからない。
なんで殺してしまうのかは分からない。
どう殺してしまうかも分からない。
ただ、私の不安感の正体は紛れもなくそれを指している。
自分でも馬鹿げた話だとは思う。
だけど、どうしてもそれが単なる被害妄想だとは思えなかった。
このままいけば本当に──本物に霜月さんは殺されることになる。
霜月さんだけじゃない。それが終わればまた次、次と。
偽物というストッパーが消えた本物の私は大勢殺すことになる。
そこまで気づいた時には、明日晴という精神が消失するまでもう一か月もなかった。
最悪な展開に導かないために私ができること。
偽物の私でもできることがあるとしたら──私の精神があるうちに、本物ごと──本体ごと自分を消滅させることぐらいだろう。
そんなことができるのか。
……わからない。でも、やるしかない。
でなければ近い未来に私は霜月さんを……
過程はわからないけど、結末だけは決まっているようだった。
ストッパー……留めておくもの。
私もこの部屋で留められている。
もしくは囚われている。
霜月さんは鍵を貰ったと言っていた。
……この前霜月さんから借りた漫画でも、似たようなシーンがあった。
そのシーンは封印を解くシーンだ。
鍵を開けることが、本物の私が目覚める合図だとしたら、偽物の私が消えていくのにも頷ける。
本物の私の──本体は部屋によって、精神は偽物の私によって封印されたって考えれば、設定的には合っている気がする。
ただし、霜月さんの退出時に部屋の鍵が瞬時に閉まることから、囚われは継続している。
それも、偽物の私が消えれば解決するだろう。
霜月さんを殺してしまえば私は囚われの身から解放される。
鍵があれば部屋から出られるのだから。
大勢の人を殺すという感覚はそこから来ているはず。
けど、そんな物騒なことを頭で考えている時点で私はもう、純粋な偽物ではないのかもしれない。
本物交じりの偽物になっているのかもしれない。
霜月さんと一緒に居たいと思うこの気持ちは、本物の私が霜月さんを逃がさないようにすべく、偽物の私に思わせているだけ……というのは、考えすぎだろうか。
──生存本能。
それを私にとって都合がいいように解釈しているだけ。
つり橋効果……とは少し違う気もするけど。
もし、最初に会った人が霜月さんでなくとも、私は同じような気持ちを抱いていたとしても。
そうだったとしても──偽者の心が偽物だったとしても、それは不思議なことではない。
だけどそれを、はいそうですかと、すんなり認めるわけにはいかなかった。
認めたくなかった。
確かに私のこの気持ちは、存在同様偽ったものなのかもしれない。
けど──結果的に私の精神があるうちに、本体もろとも消滅すればそうではなくなる。
生存本能ではなかったとはっきり言えるのだから。
偽物だったとしても偽り続けて、本当にすることができる。
私は本物を手に入れて消滅することができる。
そうしたら私は、この気持ちは嘘じゃないって、胸を張って言える。
それって、偽物の私からしたらこれ以上ないぐらい本望じゃないだろうか?
そのためにも、霜月さんが居るうちには、この気持ちを言葉にはできない。
仮に言葉にして違うと思ってしまったら、私は認めなきゃいけない。
認めてしまったら、私はこの気持ちが偽物だと気づいてしまう。解ってしまう。
だから私はその前に──消滅に怖がる前にお別れしないといけない。
消滅することに恐怖を抱いてしまったら、私は霜月さんの優しさに甘えて、その勢いで告白してしまいそうだから。
自分の正体も。そしてこの気持ちも。
私が消滅に恐怖を抱かず、元気でいられる日まで。
それが私に残された日数だ。
もしくはもう消滅してもいいと思えたら──私は消滅しようと思う。
お別れするとき笑顔でいられるように。
***
最終下校時間。
約束を取り付けるために言った言葉だけど、当時の私は最終下校時間がいつなのか分からなかった。
霜月さんに訊いた時、意外と長い時間引き留めてしまうことになるな、なんて思ったけど、今では足りないぐらい。
本当に時間の速さは通常? 高速になっているじゃなくて? なんて、疑いたくもなる。
楽しい時間は早く過ぎるとは、本当だった。
なら、私も消滅するときは霜月さんとの出来事でも振り返っていようか。
……消滅してもいい、か。
深く考えるのは霜月さんを起こしてからにしよう。
私は今もスースー寝ている霜月さんに声をかける。
「霜月さん、時間まであともう少しですよ。帰る支度しなくていいんですか」
霜月さんはスースー。
「寝たふりですか? 大声で胸を触られたって叫びますよ?」
霜月さんはスースー。
あれ、否定のツッコミがないってことは……本当に熟睡してる?
それとも私は試されてる? そんな羞恥プレイを霜月さんはご所望……とか?
「霜月さんの変態っ……!」
霜月さんはスースー。
……これ、完全に寝てますね。
またも私は主人公が寝ていて間に、本音や質問を投げかけるヒロインムーブができるらしい。
でも、さっき告白できないノリはやっちゃたしな……。
だからと言って、ここで起こすのもなんか勿体ない気がするし……。
あ、逆に「私のこと好きですか?」とか──……いや、ここは無難に、
「私って可愛いですか?」
よし、これでとりあえず起こ──
「……可愛いよ」
声の方へと目線を向けると、今にも閉じてしまいそうな霜月さんが優しく微笑んでいた。
そしてまた目を瞑り、スースーしだした。
…………。
「…………え?」
いや、え、いや、え、いや、え、いや…………
「……なっ、なっ、なっ!? えぇえええええええ!?」
霜月さんがデレた? 照月さんならぬ、デレ月さんになった……?
…………。
……こういう時、狐面を被っていてよかったなと思う。
私は口元だけ緩まないようにしていれば…………
…………。
「いや緩んじゃうんだけど!?」
緩みまくって、にやにやしてしまっていることが、鏡を見なくてもわかる。
とりあえず、どんどん加速していく心臓を落ち着かせるため、着席して深呼吸する。
「……すぅーー……はぁ!?」
落ち着けなかった。
しかもこんな大きな声を出しているというのに、霜月さんはまだスースーと寝ている。
や、やばい、霜月さん起こさないといけないのに。
でも、このままで顔合わせなんて無理! 絶対無理!
顔合わせたら死ぬ、多分私消失する。
というか、消滅してもいいって思っちゃてんだけど、これが霜月さんといられる最終日になっちゃいそうなんだけど。
それはまずい。
「……ん? まずい……。……っ、それだ!」
私は急いで台所に向かう。
茶葉を口の中に入れて、数回噛んで飲み込む。
苦いさがじゅんぐりと広がっていき、どうやら緩みはなくなったようだ。
「し、霜月さん……時間です。……起きてください」
苦みを堪えながら私は霜月さんに呼びかける。
霜月さんはスースー。
……どうしよう、全然起きてくれない。
というかこれだと、さっきのも寝ぼけて言っただけなんじゃ……。
もしくは、視界がぼやけて意識が朦朧としていたとすれば、私を他の誰かに見間ち──……。
…………。
「……霜月さんの浮気者! 霜月さんには私がいるって言ってくれたくせに!」
霜月さんはスースー。
まあ、詳しくは言ったのではなく、肯定しただけだ。
だけど見間違いってのもどうにも腑に落ちない。
私、狐のお面付けてたし、見間違えるとしても漫画に出てくるような狐顔の……
「……ま、まさか霜月さんのイケメン幼馴染は、狐顔の関西系イケメン……?」
「ほな」とか「おおきに」って使う系の。
「……確か霜月さんの頭撫でてるんだっけ」
……待って、そういえば霜月さんに部活動の話聞いた時、霜月さんに「薔薇でしたか……」って言ったのに否定されてない気がする。
「薔薇だとしたら絶対霜月さん受けだと思ったけど……「可愛い」発言から察するに……せ、攻め!?」
霜月さんはスースー。
「……ツッコミがいないと、ただ私が暴走してるだけになっちゃうんだよな」
いつの間にか平常心になっていた。
霜月さんのツッコミが恋しい。
狐のお面を誰かと見間違える。
常識的に考えると(非常識的存在の私が言っていいのかわからないが)その可能性は低いので、おそらく、寝ぼけて言っただけなのだろう。
それか眠くて眠くて寝たくて寝たくて、適当に返したか。
私は霜月さんの隣に座って、そのまま横顔を覗くようにして見てみる。
サラサラな髪も相まってか、その顔は少しだけ女の子のように見える。
「……消滅してもいい、か」
「可愛い」というたった一言でそう思えてしまうなんて、私は案外チョロいのかもしれない。
攻略難易度的には一番難しい──というか、攻略ルートはないけれど。
告白できないのが心残りだったはずなのに、そんな一言で思い残すことがなくなるとは考えもしなかった。
いや、思い残すことはあるのか。
思い残すことがないと思えるほど、私は満たされたような気持ちになっているんだ。
今日だったら、きっと私は笑顔で霜月さんとお別れできる。
……けど、もう少しだけ我儘になっていいだろうか。
満たされたような気持ちになってるけど、あと少しだけこの人の隣に居てもいいだろうか。
意識がはっきりとしている霜月さんに、はっきりと可愛いと言われたら、今度こそ絶対お別れするから。
可愛いと言われずとも、消滅に恐怖を抱きそうになったら消えるから。
ずっとなんて望まない。だから──
「……もうちょっとだけ」
今一度霜月さんの頭を撫でた後、私は今度こそ彼を起こしたのだった。
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