明日晴という名の少女
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
身長は平均ぐらい。目元は髪が少しかかっている。
髪の奥に潜む瞳からは、髪のせいもあってかあまり眼光がない。
私と男子生徒はしばらく見つめあう。
ど、どうしよう。
こ、こういうのって私から話しかけないといけないのかな? でも、そういう経験ないし……。
そ、それに、こういうのは男の子がリードしてくれるって言うし?
私はおしとやかに待っとくべき、なのでは?
そうやってウジウジと言い訳を並べているうちに、いつの間にか男子生徒は回れ右をしていた。
え、ちょ、ちょっと待って!
心の声を原動力にして咄嗟に彼の手を握る。私よりも大きくて、骨ばった手。
…………。
……ここからどうしよう!?
握ったものはいいものの、男の人の手なんて触ったことがなかった。
手汗とか、大丈夫かな?
そんな不安が私の次の原動力になる。
気づけば体重を利用して、男子生徒を引っ張っていた。
男子生徒は半身になり、やがて私と向き合う。
その頃私は後ろに倒れ込むような形になっていた。
勢い余りすぎて受け身を取る余裕などない。加え、このままでは後頭部を強打する危険性もあった。
やば──
一気に心臓が縮む。
頭が真っ白になって何もできずにいると、また男子生徒と目が合った──と思ったら今度は私の手が握られ──かと思ったら引寄せられ次の瞬間──
──バンッ!
大きい音のわりに私に衝撃がないことに気づくと共に、その理由を知った。
私は彼の胸に抱かれていた。
……え? ……ええええええええっ!?
カァーっと顔が熱くなっていくのを感じる。
鼓動も妙に速さを増している。
目の前の男子生徒は助けてくれたのだ。
見ず知らずの──得体の知れない私を。
やがて手は解かれ「痛ってぇ……」と男子生徒が言ったことで、私は我に返る。
「だ、大丈夫ですか!」
咄嗟に出たのは敬語だった。
座り込んでしまっている彼の後頭部を見下ろすようにして、そう声をかけると、彼の顔が上がる。
顔を上げた時の距離を想定していなかったから、顔が近い……。
途端、茹でダコのように顔がブワッと赤くなった気がした。
なのに、彼がこっちを見ているからか動くことができない。
至近距離だと彼の前髪の下に隠れた瞳がよく見えた。
私の無事に安心したような、優しい瞳がそこにあった──あ、逸らされた。
彼が立ち上がろうとしたので、私は一歩後ろに下がる。
「あの、お怪我は……?」
「大丈夫。それじゃあ──」
彼はそう言うとドアノブを掴み、帰ろうとしてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで帰ろうとしちゃうんですか!」
今度は声に出た。
「いや、部屋間違えたみたいなんでここら辺で失礼させてもらいます」
すごい早口!?
畳みかけるようにそう言った彼を、私もただ見掛けただけにはしない。
「嘘、だ、だって鍵かかってたもん! 鍵を持ってなきゃ入れないはずです!」
彼は次の言い訳を考えている。その間に私も次の言い掛かりを考える。
「これはマスターキーと言ってすべての部屋の鍵を開けることができるんだよということで失礼しました」
「過去形にしないでください! 出ていたら大声で胸揉まれたって叫びますよ!?」
揉めるほどの胸はギリある……はず! ……じゃなくて、なんで私はこんなこと言った!?
絶対変な奴だと思われて余計警戒されたに違いない。
そう思い彼を見たのだが、これが効果的だったのかは分からないが、功を奏したらしく、降下させるように彼はドアノブから手を離した。
なるほど、彼はこういうことに弱いらしい。
この機を逃すまいと、私は椅子に座るように誘導する。
ため息一つつかれたものの、文句は一つも吐かずに彼は席に着いてくれた。
「あ、お茶飲みますか?」
無限に茶葉が出てくる缶を取り、そう彼に尋ねる。
それなりに自分で作って飲んでいたから、きっと美味しいはず……。
「なんで本という可燃物があるのに火器があるんだ……ってあれ? 本が、ない……?」
彼の発言に私の肩はビクリと跳ねる。
バレてはいけない。私が普通の一般生徒ではないと知ったら彼はきっと……ここにはもう、来ない。
私はまた──独りになる。
それが怖かった。恐かった。
湯呑を渡した際にチラリと顔を伺ったが、どうやらもう、気にして無さそうだった。
彼は「……ありがとう」と一言。
そして茶を少し飲む。反応が良かったので安心した。
とりあえず、私も席に座ろう。
心の距離は身体の距離。
どこかで聞いたことがある。……いや、元から備わった記憶にそう記されている。
だから私は距離をグッと縮めようと、彼に近寄る。
だが、逃げられてしまった。私は、負けまいと、距離を詰める──
そんな幾度の攻防戦の末、結局彼は折れてくれた。
もしくは懲りたのかもしれない。
「なんで逃げるんですか」
「追いかけてくるから」
「なるほど、追われる恋よりも追う恋がしたいんですね」
……あ、逆だった。
言った後で訂正するのも恥ずかしいのでそのままにしとく。
「……君はどうやってここに来た?」
それは私の台詞だった。
あなたはどうやってここに来たのだろう。
でも。
私が問うのと、彼が問うのではきっと意味合いが変わってくる。
お互いの答が嚙み合うことはないだろう。
とりあえず時間稼ぎをしたいので、彼の黒い瞳をじっと見ておく。
相変わらず怪訝そうな──でも不機嫌そうではない目。
気だるそうではないけど──気力がありそうな目でもない──無気力そうな目?
プイッ。
……………………また逸らされた!?
いや、今の行動は怪しかったのかもしれない。
もしかしたら幻術にかかるかもしれないと思わせてしまったのだろうか。
そうだとすれば危機感のレベルが格段に上がって、また帰ろうとしていしまうかもしれない。
そう思った私は、安全性を証明するために、両手で彼の頬を挟み、無理やりこちらを向かせる。
さっきより二割増しの怪訝そうな瞳で彼は言う。
「……なんのつもりだ」
「人と話すときは相手の目を見て話す。今どきの小学生でもわかりますよ?」
初対面の相手の頬を両手で挟んでいる時点で、私のレベルは保育園児だった。
泳ぎそうになる眼を必死に堪えながら彼の反応を待つ。
訝しげな黒色は変わらなかったが、彼は無言で頷いてくれた。
役目を果たした両手は私の太ももへと移る。
「僕はたまたま鍵を手に入れた一般生徒。君は?」
鍵、一般生徒。
やっぱり、ここはどこかの学校のどこかの内部。
私はなんなんだろう。
私は何ものだろう。
生き物であるかさえ怪しいから──怪物? 化物? 偽物? それとも誰かの偽者? いずれにせよ──曲者であることには間違いない。
間違いはないけど、ここは不思議な空間であるから場違いでもないのかもしれないけど、それを伝えたら彼は室外に行ってしまうかもしれない。
じゃあ、他に私が持っているもの。
私が持っていたもの。
私へもたらされたもの。
私が申し上げることができるもの。
私は──私の名前は──
「私の名前は──明日晴です。気軽に明日晴って呼んでください」
私が──
──私は私なんだと、認めることができた初めての瞬間だった。
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