切る
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
なんて滅茶苦茶意気込んでいたものの──
時間が限られているのは確かだ。
記憶の忘却具合から、僕が彼女を覚えていられるのはおそらく明日まで。
がむしゃらに調べることはあまり得策だとは言えない。
だからまず、専門家に話を聞く。
オカルト研究会──僕の行く金曜日以外はオカルト的なことを事情聴取している。
ならば、彼女の噂についても一つや、二つ何か知っているかもしれない。
本当は自分一人の力で会いに行った方が想いが伝わりそうだけど、流石にちょっとしたアドバンテージは欲しい。
プルル──
「まず、最初に。きっと君自身に降りかかった出来事があるからこそ、信頼してもらえると思うんだけど、ここはオカルト的なことを研究する場じゃなくて──ここは不思議を解決する場所なの」
大筆先輩と僕は向かい合わせに座っていた。
「世の中には──」
「──いや待て待て、え、なにこの明らかなシーンの切り替わり?」
──土曜日。
オカルト研究会の部室。
ここは不思議を解決するところ……って、え? これ、頼るってより頼り切る流れになってないか?
もはやアドバンテージというより、ショートカットだった。
楽に電話をして彼女の噂を訊いて、自分が会ったみたいな話したら、オカルト研の部室に来いって言われて、それで……。
「えっと……シーンの切り、替わり?」
「いえ……すみません、続けてください」
てっきり、僕はここから幾度の困難や苦闘を強いられることになって、途中で挫折しそうになるけど、彼女のことを思い出して、死なない程度に必死になって彼女を救う……みたいな成長を感じさせるようなシナリオを勝手に頭で思い浮かべてたのだが?
どうやら身近に強キャラがいたパターンらしく、このままいけば一件落着できそうだった。
だが、強キャラ──大筆先輩の正体は?
言いぶりからして、こちらの事情を知っているが……まさか入部当初以来の雰囲気づくりなのでは?
以前に大筆先輩の見せどころを邪魔してしまっていたことを思い出し、今回は黙っていることにした。
「世の中には科学的には証明できない存在や事象があるって言いつつも、世間的にはそれが科学的理論で説明されたり、解明されている」
確かにバラエティー番組などではよくネタにされているかも。
「でもそれは間違いなの。あくまで政府が解明されていると世間に思わせてるだけ」
「思わせてるだけって……なんで、そんなこと……」
「そういう類のものは、広がれば広がる分、背鰭や尾鰭を着けていくことがあるでしょ? その分、力を増したり、複雑なものになっていったり、この世界に干渉しやすくなったりする」
「つまり、非日常的な現象を、日常的現象だと言い張って、なんてことないものって思わせることが狙いだと」
「そういうこと……ってあれ? 霜月君とのやりとりってこんなスムーズだったけ……?」
初対面の面影はなく大筆先輩の目は真剣で、とても嘘をついているようには見えない。
どうやら、雰囲気作りをしていたわけではないらしい。
「……霜月君、今失礼なこと考えた?」
「なるほど、大筆先輩のこの強キャラ感は予知能力によるものだったのか」
「違うけど!? ……ふふ、だがしかし、霜月君、私が君の力になるかは君の態度次第だよ?」
「後輩を無理矢理入部させたことじゃ飽き足らず、見捨てるなんて……とんでもない先輩だ……」
「まさかの後ろめたさで引っ張て来た!? 私の予定では尊敬して持ち上げてもらう予定だったんだけど……」
「そんなことは楽にお姫様抱っこでもしてもらって叶えてください」
「お、お姫っ!? ……ってごめん、いつの間にか話が脱線してたね」
「話を戻しましょうか。五年前の夏祭り──」
「戻りすぎだよ? 霜月君」
懐かしい、この感じ。
……だけど僕的には久しぶりにツッコミをしたい。
大筆先輩は話しを戻した。
「不思議にも色々種類があって、概念によって引き起こされる現象だったり、呪いや力が刻まれる現象だったり、世界が色々な意味で変わる現象だったり。
そして、妖怪、物の怪、怪異、怪物、化物……そういった存在も確かにこの世界には存在している」
不思議だとややこしいから、日本だと現象を総称して怪奇異、怪奇異が具現化した存在を妖と呼んでいるらしい。
そして、怪奇異と妖はもともとこの世界の存在ではない別世界の存在、とのこと。
「詳細は省くけど、この学校にはとある『妖』が封印されてて、その影響で、この高校には入れ替わるように、入れ食いのように怪奇異が起こったり、妖を引寄せたりする。今回は──」
──妖。
不思議な存在。
人の思考や説明が及ばない事象に何故この人はこんなにも詳しいのだろう。
流石にオカルト研の部長──という肩書では足りない気がする。
「……大筆先輩は、何者なんですか?」
「私は──こっち側の関係者かな。大筆家って実は伊規須神社の由緒正しき神主の家系で、その役割は怪奇異の解決など……みたいな感じで説明すればわかるかな?」
大筆先輩はそう言うと人差し指で何かを書くような素振りをした。
驚くべきことにその後のなぞった空間には墨のように黒い線が残り、僕の目の前には『兎』という漢字が残っていた。
それだけでは終わらずに、その『兎』が鳥獣戯画でみるような兎へと姿を変え、僕の方へと飛んできた。
「…………お」
「……反応、薄くない……?」
「……呆気に取られちゃって……アニメかよ……」
大筆先輩はそう言うとほっと息をつき、「かっこいい動物にした方がよかったかなって思っちゃった」と笑った。
「ちゃんと触れられるよ?」
言われるがままに触ると、本物と何ら変わりない毛並みを感じることができた。
「これで信じてくれるよね」
大筆先輩がそう言うと兎は漢字に戻って、やがて黒い塵になって消えていく。
「僕は最初から大筆先輩のこと信じてましたよ」
「それにしては最初、保育園児の劇を見守るような温かさを感じたんだけど」
目には目を。歯に歯を。──不思議には不思議を、か。
「今一度確認するけど……霜月君は噂の囚われの少女と会っていたんだよね?」
「おそらく……なので、断定はできませんが、不思議な現象に遭ったことは確かです」
「少女が目の前から消えた、と。でも、頭にはまだギリギリ残っているっていうことでいいんだよね」
楽が伝えたであろう内容を、僕に確かめるように大筆先輩は尋ねた。
「はい」
「どのぐらいかな?」
彼女のことを思い浮かべてみる。
けど、物体を捉えるカメラのピントが合わないように、なかなか一致しない。
もう僕が覚えているのは、一人の少女がいたことだけだった
……精々明日が限界か。
明後日には彼女がいたという存在自体も僕は忘れてしまっているだろう。
「もう、はっきりとしたことは覚えてなくて……彼女がいた……ということしか」
「そっか、同じぐらいだね……私ももう、囚われの少女としか残っていないの」
「ってことは、記憶の忘却はやっぱり噂の消滅と関係があるってことですか?」
最近になってからというもの、噂は原型を留めていなかった。
単語だったり、あるいはそれすらも。
彼女のことを忘れているのは──僕だけではない。
当然のことと言えば当然のことだった。
使い古されたネタを何度も使うほど、高校生の日常は退屈なものではないのだから。
大筆先輩は頷く。
「普通の人は怪奇異を体験しても、妖に遭遇しても時間が経てば夢だと思い込んでしまう。それがこの世界の常識だから」
普通の人。
それは、日常を日常としている人を指しているのだろう。
……あれ、でも、じゃあ──
「……じゃあ、大筆先輩は忘却しないはずでは?」
非日常を日常としている人には──大筆先輩には該当しないはずだ。
「そう。そこ。それだよ、問題は。そしてそれだけじゃない。普通の人が怪奇異や妖について忘却するのは、体験のみ。噂や伝説までが覚えていられないわけじゃない。むしろ、忘れられないと思う」
だから私も楽君も落ち着いてはいられなかった、と。
「むしろ忘れられないって……じゃあ、時々妖が人間に姿を現す行動って存在を存続するために必要不可欠なことなんじゃ……」
「その通りだよ。でもどうかな。囚われの少女は囚われている。自分から姿を現すことはできなかった。誰かを待つことしかできなかった。……霜月君は会いに行ったんじゃない? 少女に」
待て、待ってくれ。
僕が文芸室へと足を運ぶことが生命線だったとしたら──その供給が終わった今、彼女はどうなる?
……いや、そもそも、何故そんなことをしたんだ? なんで──?
心臓を冷やされるような嫌な感覚によって少しだけ震えた手を握りしめる。
「資料を楽君と手分けして調べたけれど、前例はなかった。きっとその前例があったことさえ、忘却してしまったんだと思う」
これはあくまで私の見解だけど、と大筆先輩が言う。
「霜月君が彼女に会えなくなったのは、彼女が霜月君を拒んだ──というより──存在の存続を拒んだんじゃないかな……」
そう考えれば、と。
僕の考えと大筆先輩の見解は一致した。
「──囚われの少女は消滅を望んでいるのかもしれない」
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