オカルト研究会らしく
土曜日。
朝、目が覚めると彼女の記憶はだいぶ無くなっていた。
全てを思い出したことはどうやら一時的なものだったらしく、今は思い出す前の忘却を引き継いでいるようだった。
名前も、喋り方も、どんな性格なのかも、容姿も、声も──もう僕には残っていない。
昨日全てを思い出す前に僕がどれぐらい覚えていて、今日目覚めた後、どれだけ忘れてしまったのかさえも分からないない状態。
それでも自分が何をすべきなのかはしっかりと焼き付けられたように──まるで使命感のようにこの身に刻まれていた。
『部屋が消える 現象』
手始めにそう調べた。
詮索禁止という彼女との約束──そのこともまだ覚えている。
だがそれ以前に僕はオカルト研究会の部員なのだ。
こんなことを調べていても、別に不思議なことではない。
我ながら暴論ではあるが、悪い気はしていなかった。
だがいざ調べてみたものの、サイトのほとんどは電気が消えることについてか、物が消える──なくしてしまったというコラムだった。
それでも下へとスクロールしていくと、『他の人はこちらも検索』というおすすめ表示に『神隠し』と表示されていて、興味本位で僕はカーソルを合わせ、クリックする。
神隠し──人が突然不可解に行方不明になること。
これまで僕は彼女の存在は存在していないと考えていたが、例えば、存在はしていたけど書類上からも記憶上からもその存在が消されていたとしたらどうだろう。
……どちらにせよ、非科学的な問題にはなるが、その場合彼女は人間ということになる。
物語ではよくある展開。お馴染み。テンプレ。
すぐさま関連付けられたもの記事を見たが、そこには現実味のある内容しか書かれていなかった。
迷子、家出、失踪、夜逃げ、誘拐、拉致、監禁、口減らし、殺害、事故……って物騒だな……。
神隠しと言われた事件の真相は単なる行方不明と何ら変わらなかった、というのがこの記事のオチらしい。
違う、そうではないのだ。
行方だけが不明ならいずかれに当てはまるのだろうけど、今回は一味違う。
普通の人間の領域を遥かに凌駕した隠然とした力が働いている。
書類等は国家レベルの力があればどうにかできるのかもしれない。
……まあ、そこまで大きな組織が絡んでいるパターンもにわかに信じがたいけど。
だが記憶は? 記憶の隠蔽はどうなる?
たまにテレビで催眠やら洗脳やらを見かけることはあるから、記憶をうまく操れる人っていうのはいるにはいるのかもしれない。
だが、彼らは目標を絞り、条件と、そして準備を万全にし、尚且つ時間を労して人を操る。
大勢の人間の記憶を一片も残さずに、一遍に、一変することはできない。
まさしく神業なのだから。
だから神隠しなのだ。
跡形もなく、痕跡も残さず、攫っていく。
……ああ、そうか。そりゃ、残らないわな。
記事として以前に、事実として。
記憶を塗り替える。
作り、変える。
噂を断片的に思い出してみる。
──校内どこかの開かずの部屋の中には絶世の少女がおり、その少女に恋をすると──。
──囚われ。
──誰も見たことがない。
火がないところに煙が立たないように、モチーフとなった出所がないと噂が流れてくるわけがない。
創作と言われてしまったら何も返すことができないが、それにしては彼女との共通点が多すぎる。
つまり。一人残らず全員がそうであると確かめたわけではないけれど。
僕以外の人は彼女の記憶が無くなっているのではないだろうか。
彼女がいないことが当たり前な記憶になっているのではないか。
誰も見たことがないのではなく、誰もが見たことを忘れてしまっている。
誰もが見ていないことになっているならば矛盾はない。
もしくは認識できなくなってしまった。
注意されるも何も、注意を向けられることがないのだから、帰りのホームルーム時に、すぐに文芸部の部室へ向かっても誰も、何も言わない。
だから彼女は僕より先に部室にいたのではないか。
でもそうなると、入学当初からずっと認識されていないことにならないか?
それに、僕だけが見えた理由は文芸室の鍵のどこかにあるんだろうけど……囚われ要素がない。
捉えられていないだけで、囚われてはいない。
……いや、今はあんまり難しく考えなくてもいいのかもしれない。
あくまで可能性の話なのだから。
とりあえず、また別の神隠しに関する記事を僕は見る。
神隠しとその行方。
一説によれば行方不明者は神域──神様たちが住むところへ連れてかれ、その人もまた神となるらしい。
同時に神域は死後の世界の一つ──天国でもある、か……。
そんなところに行かれたらどうしようもない。
自分も神隠しに遭って助けに行くぐらいしか方法がないのでは?
だが、神隠しに遭う条件という肝心なものはどの記事にも書かれていなかった。
条件不明の運ゲーだけど、確率はおそらく宝くじが一等が当たるよりも低い。
あまりにもたちが悪かった。
だからと言って死んで助けに行くか、とはなれないな……。
僕にそんなヤンデレ属性はないし、こういう時『死んでも』とか言えるのは主人公補正があるやつだけだ。
なんとなく、自分が死なないことを理解しているのだろう。
死んだとしても、生き返ることを確信しているのだろう。
そんなことがないと分かっていても、自分の命より大切なものを持っているのだろう。
だが、今回僕はそんな主人公にはなれそうにない。
──親よりも先に死んでしまった子は、問答無用で地獄行きになってしまう。
その話が本当なら、むしろ僕が死んでしまうと、文字通り彼女との距離に天と地の差のが生まれてしまうからだ。
地獄から天国へ這い上がるほど僕には時間が残されていなかった。
だから、ギリギリ死なない程度に。
僕は彼女に会いに行こうと思う。




