何かが欠けてる日々
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文芸部が消失した金曜日から、明日で一週間が経とうとしている。
結論から言えば、状況は何も変わらなかった。
文芸室が元に戻ることはなく、そして文芸室がないのなら、彼女の姿を見かけることなどあるはずなかった。
先週の日曜日。
彼女が噂の少女であると証明した翌日。
僕はまた学校に行っていた。
すると文芸室は元に戻っていて、彼女も普通に国語辞典を読んでいる──なんてことはあるはずもなかった。
僕のせいで彼女は消えるしかなかったんじゃないか? とか。
本当に彼女は姿を消したくて消したのか? とか。
僕が何かしてあげれば、もしくは何かをしなければ彼女は消えずに済んだんじゃないのか? とか。
その日からやたらと情緒が不安定な状態が続いた。
だけど日に日に、記憶がどんどん消えていく度に、そんな感情は薄くなっていって、そこまで気にならないようになっていた。
代わりに何とも言えない孤独感だったり、喪失感が僕を包んでいった。
失恋に近いのかな、なんて思ったけれど、僕は恋をしたことがないから判定できない。
……ただ、彼女の名前も、喋り方も、どんな性格だったかさえも、もう思い出せないけれど──
僕にとって彼女はとてもじゃないが忘れられるような存在じゃなかった。
それにまだ頭に残っていることもある。
透き通るような瞳と、いつも僕の名を呼んでいた声。
それと、これが忘れられない一番の理由かもしれない。
──僕にとってかけがえのない人だったということ。
気力という気力を削がれて、空虚な日々を過ごした。
毎日が同じことの繰り返しのように思えてきて、その感じはなんだか懐かしかった。
日曜日以降、文芸部の部室の前に行くことはあったけど、扉に触れることはできなかった。
扉を開けても声は聞こえず、代わりにギギーッとした音と、その後の嫌なくらいの静寂。
日曜日に感じた切なさは、今も僕の胸に残っている。
金曜日、朝。
「──光」
「ん、なんだ、楽」
横には心配そうにこちらを見つめる楽の顔がある。
「いや……大丈夫かなと。ちゃんと、寝れてる? 最近」
「ああ……ちょっとテスト勉強頑張りすぎちゃって。まあ、六時間は寝てると思うから、平気」
「そうか。無理はしないようにな」
昼。
「……今日も購買か。残り物、弁当にしなかったの?」
「最近食べ盛りだからか、余らないんだよね」
放課後。
「そういえばさ、最近あの噂聞かなくなったよね」
不本意ながら僕はまた、女子生徒の話に耳を傾けていた。
「ああ、囚われの?」
「うん、先輩にこの前訊いたら何のことだっけ、ってもう忘れちゃってんの」
「私ももう、開かずの扉ぐらいしか覚えてないけど、どんなんだっけ?」
「……あれ、なんだっけ。……あ、それよりさ。駅前にできた──」
「光?」
顔を上げると楽がいた。
……そうか、今日オカルト研の日だったけ。
だけど──
「ごめん、今日なんか疲れちゃって……来週絶対顔出すから、今日は帰ってもいいかな」
「そうか。……テスト勉強だったか? あんまり無理するなよ」
「無理をしないのが僕のモットーだということを忘れたのか? ……じゃあ、また来週」
「気をつけて帰れよ」
一応、楽にもいつも通り接するようにはしていたけれど、何も聞いてこない辺り、気を遣わせてしまっているのかもしれない。
だけど、もう疲れたのだ……本当に。
帰宅して、シャワーを浴びている時、
「……何やってんだろ、僕」
独りでに言葉が浴槽に響く。
放課後から──噂の話を聞いた時から、何か忘れていけなかったことがあったような、だけど、それを思い出せないような、もどかしい気持ちに襲われていた。
忘れてはいけなかったこと……。
おおよそ、いつか夢で見た彼女のことだろう。
いつ……いつ、僕はそんな夢を見たんだっけ……。
そういえば、今週ずっと旧校舎の一番奥……文芸部の部室に足を運んたけど、なんで鍵を使って入らなかったんだ?
自分だけの空間が手に入るって──あれ? 確か入学してすぐに僕は鍵を使って、部室に入らなかったけ?
『────』
──そうだ、そこで少女の夢を見たんだ。
まさか毎回、入った瞬間に即寝ていた、とか?
いやいや、そんな時計型麻酔銃を持った名探偵が近くにいたわけでもあるまいし。
猫型なのに狸って──
『霜月さ──』
──っ、……。
髪を濡らしている途中に一瞬聞こえたその声は、シャワーの音ですぐにかき消された。
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