矛盾
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
忘れてしまえば、何も残らない。
忘れるということは消えることと何も変わらない。
彼女は文芸室と共に消えた。
僕はそれを認めたくせに、それを否定する何かを──証を探した。
最初の保健室で。
この学校には不登校の生徒も、保健室登校の生徒もいないということ。
彼女の名前の生徒は存在していないことを知った。
それでも。
……まだ、まだ何かあるかもしれない。何か残っているかもしれない。
そう自分に言い聞かせた。
だけど、目の前が真っ暗になっていたってことは、僕はもう、その時点で希望を失っていたのだろう。
彼女が偽名を名乗った可能性が残っているという理由で管理室に行った。
そこで一年生の証明写真のコピーを全部見た時、……いや、見る前から。
彼女の証を見つけようとすればするほど、『彼女は存在しない』という証明がより強固なものになっていることに気づいた。
だから二、三学年の証明写真を見なかったのは。
探したところでいないのなら無駄だだと判断した。
というより。
その証明が強固になっていくことを無意識に拒んだのかもしれない。
睡眠研の教師と話した時に確かめたのは、文芸室の空間についてだった。
彼女はその空間からこの学校へと出入りしていたのか。
文芸室の空間は外部に影響を及ぼしていたのか。
文芸室はいつ文芸部の部室に変わったのか。
最後の質問は答えが得られなかったけれど、残り二つの質問で証明は完成してしまった。
一つ、文芸室にはいつも鍵がかかっていた。
二つ、外部と文芸室は別空間である。
三つ、彼女は文芸室からこの高校へと足を踏み入れることができない。
──囚われの。そして誰も見たことがない──
そして四つ。
僕は彼女に恋をした。
──校内どこかの開かずの部屋の中には少女がおり、その少女に恋をすると──
「……やっぱり彼女が噂の少女だった」
恋……そんな綺麗なものではないのかもしれない。
実際問題、僕がこうして彼女を忘れたくないと思っているのも、……僕が変われたきっかけを忘れたくないと思っているのかもしれない。
僕はまた、元の自分に戻ることが嫌なだけじゃないのか?
それはいつかした、僕が人間不信をこじらせていた頃。
その頃に文芸室に毎日通おうとする理由として挙げた推論の──逆説。
よく狐に化かされるという言葉を聞く。
今回、僕も化かされたのかもしれない。
だがもし、僕が本当に彼女をきっかけとして利用するためだけに、文芸室へ通っていたなら、僕が狐を馬鹿にしていたことになる。
僕がいくらそう思っていなくても、相手にそう思わせてしまっていたのなら、僕はそういう人間になる。
自分の評価を決めるのは他人であるからだ。
そして他人の評価を決めるのもまた、自分である。
「……明日晴さんはそう思っていた」
……僕が、そう思わせていた……?
「……だから、僕の前から消えてしまった……のではなく、彼女の方から姿を消した……」
詮索禁止は、消えても探すなって意味……。
……そういえば、いつだ? いつ僕は詮索禁止を──
思い出せない。
……なんで、なんで思い出せないんだ?
ついこの前まで、一緒にいたのに、なんで、なんで──
思い出せないのは、今起きていることに脳の処理が追い付いていないからなのか。
それとも、忘却が進行しているからなのか。
そのどちらのような気もするが、狐がそれを──彼女が僕の忘却を望んでいるんじゃないか……そんな風な気さえしてきた。
……僕は彼女に何をしてきた? 何をしてあげられた? なんで、文芸室に毎日のように通った?
わからない、わからないわからないわからない……なんで? なんで? なんで、思い出せない?
「僕は、僕は……僕は、何をしていた? 彼女に、何をしてしまったんだ?」
僕は何かしてはいけないことをしたのか? だから彼女は文芸室ごと姿を消した……?
「違う、落ち着け。姿を消したのは、僕が彼女を馬鹿に──」
言葉を口にしたことで、はっとする。
──してない。
そうだ──僕は彼女をきっかけになんて思ってなかった。
ただ、あの空間が心地よくて──彼女と一緒に居たかったからあそこに通ってたんだ。
でも。
「……じゃあ、最初は……? 最初から一緒に居たいなんて思うわけないだろ……だってまだ、あの事を──……」
……そうだ、どうあがいても、そこの動機がない。
動機がなければ、僕は彼女をきっかけに利用したとしか言いようがない。
それさえなければ僕はこの想いに自信を持ってるのに。
それがあるから僕はこの気持ちを断定できなかった。
「……いっそ、このまま忘れた方が──」
──楽になれるのか?
読了、ありがとうございました。
もしよろしければ、広告下、星の評価【★★★★★】とブックマークをしてくださると、大変嬉しいです。
狂ったように喜びます。




