不思議な少女の噂話
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
──放課後。ホームルーム後の教室。
通常。
金曜日の今頃であれば、教室を出てオカルト研の部室に向かっているのだが、生憎、今日僕は掃除当番だった。
なので、楽には教室を出た廊下で待ってもらっている。
掃除当番の班は縦の列で構成されていて、未だに規則性はわからないが掃除をするのは週に二度。
月曜日と金曜日の放課後だ。
ちなみに僕の列はほとんどが──というか僕以外全員が女子だったので、なんとなく気まずさを感じている。
掃除用具が入ったロッカーを開けると、一つだけT字のほうきがある。
早く掃除を終わらせようと行動する人の特権の象徴である。
僕はそれを取──らずに、黒板に向かう。
甘い。
これを早く掃除する人の特権だとほざくのは。
本当の特権は黒板掃除である。
黒板に書かれた文字やら図形やらを消して、黒板消しをクリーナで綺麗にするだけの作業。
傍から見れば楽そうに見え、終われば他の雑用を強要されるこの作業だが、チョーク置きのところにたまった粉を子ぼうきで履いていれば、案外、真面目に掃除をしてるように見えるのだ。
中学三年間で僕が極めたサボらずして楽をする方法。
そのおかげか僕に綺麗にできない黒板はなくなり、一時は"ブラックボード・ハンター"と称されたほどだ。
いつか楽に話したしょうもない冗談を思い出しながら、黒板を綺麗にしていると、興味をそそられるような会話が偶然耳に入る。
「ねぇ、そういえば最近よく聞かない? あの噂。学校の七不思議的な」
噂……そういえばいつだったかは覚えていないが、楽も僕に噂を話そうとしていた気がする。
よく学校に七不思議は付き物だと言うが、現実ではそうでもない。
実際小、中で僕はそんな噂、一言も聞いたことがなかった。
まあ、見るからに出そうな雰囲気ではある本校。
他校と比べるとそういう噂が生まれやすいのかもしれない。
オカルト研の土産になると思い、僕は話し声に耳を傾ける。
「あの噂? ……それって囚われの?」
「そうそう、えっと……なんだっけ……」
囚われ……人が四角形で囲まれているあの漢字か。
だとすると地縛霊なのだろうか。
少
「……確か先輩が言うには──校内どこかの開かずの部屋の中には少女がおり、その少女に恋をすると──みたいな」
「あ、私もそれ聞いたことある。うちの部の先輩も噂してた。でも誰も見たことがないんだって、その少女を」
その言葉を聞いた瞬間、僕の耳に鈍い音が鳴った。
本当に鳴ったわけじゃない。瞬間、記憶の中で音が聞こえた。
だからだろうか。
……なんかイメージしやすいな。
いつの間にか手は止まり、僕は掃除そっちのけで彼女たちの話に集中していた。
クラスの女子の会話は終わらない。
「それで恋をするとどうなるの?」
「……それが、私も気になって聞いてみたんだけど、先輩も『そこまでは知らない』って。
その先輩に話をした人に聞けば分かるかもって言ってたけど、……誰から教えてもらったかも思い出せないんだって……」
「え、それ怖くない?」
「それな、ちょーぞわぞわする」
一度話が区切られたところで僕の中で仮定を出す。
開かずの部屋──まんま文芸室じゃないか。
…………。
……そしたら少女って──明日晴さんのことじゃん……。
もはや結論だった。
……や、待て。
もし、噂のモデルが明日晴れさんなら──情報源はどこから?
旧校舎へ向かう道中。僕は他の生徒を見かけない。
おそらく僕がホームルームを受けた生徒の中で、一番早く旧校舎に向かっているからだろう。
そんな僕より、明日晴さんは先に部室に居て──それはやはり彼女が保健室登校だからなのだろう。
文芸室へ向かう最中に明日晴さんの後ろ姿を僕は見たことがないということ。
加え。
保健室から文芸室までの距離。
それらを踏まえると、最後の授業終了時から──帰りのホームルームに移る時間帯で、明日晴さんは保健室から文芸室に向かっている──もしくは着いているのだと思う。
つまり噂を流した生徒が明日晴さんの文芸室へ向かっている姿を見たとするなら、最後の授業が移動教室だったので教室に戻っている時にたまたま見かけた、とかだろうか。
けど、目的地の文芸室は──旧校舎一階の長い長い廊下の一番奥。
新校舎で行われるホームルームに間に合うことを前提とすれば、最終観測は旧校舎の廊下半分ぐらいが限界なはず。
なぜホームルームに間に合うことを前提とするのか。
それはホームルームが始まる条件が『出席しているクラスメート全員が揃う』という条件だからだ。
数人ならまだしも『クラス全体に迷惑をかけてまで身勝手な行動はしないだろう』ということ。
そして中間地点が限界なら『開かずの部屋の囚われの』とはならない。
精々『不思議な』が妥当だろう。
残る可能性は三つ。
一つは僕がつけられていた可能性。
でもそうなると、かなり僕に接近する必要がある。
文芸室は正面に行かないと気づけないような位置にあり、加え、旧校舎の鍵を管理する管理人でさえ認知していないようなところだ。
遠くから見ていたのなら、扉が開いている睡眠研、もしくはその奥の空き教室に入ったと錯覚してもおかしくない。
ただ、接近するにしても僕が来る時間帯の旧校舎はあまりにも静かすぎる。
『音は、音を発している源との距離が近ければ近くなるほど大きく聞こえる』
足音や呼吸音、さらには荷物の揺れる音までも消し、僕のスピードに合わせ歩く。
流石に厳しくないか?
各部室に隠れながら行けばワンチャンあるが……それも不可能に近い。
原則、部室には鍵がかかっているし、唯一鍵が開いている睡眠研の部室にはその顧問──歴史の教師がいるからだ。
鍵を使用し部屋に隠れようとしても、この旧校舎は古い。
扉の開く音で僕は尾行に気づくだろう。
そもそもの問題。
僕は睡眠研に着く手前ぐらいで一度振り返るようにしているため、付けられていれば気づくはずなのだ。
ちなみに今まで人影を見たことは無い。
だから僕が文芸室に入ったところを見れるとするなら──二つ目の可能性。
睡眠研の顧問──歴史の教師が噂を流したという可能性。
だが、この可能性は捨てていいだろう。理由は言うまでもない。
だとするならやはり三つ目の可能性が一番高いのかもしれない。
三つ目の可能性──文芸室の退出時を誰かに見られた。
……なんとなく、これが一番しっくりくる。
なんて考察したが、噂は僕らのことを指しているわけではないのかもしれない。
それでも、万が一には備えておくべきだと僕は思う。
仮に噂が僕らを指していなかったとしても、面白半分で少女を探した連中が出てきたら、文芸室に辿り着いてしまうかもしれない。
明日晴さんは毎度文芸室に鍵をかけているため、きっと連中は中には入れないだろう。
だとしても、明日晴さんに恐怖を植え付ける行為なのは確かだ。
それだけは何があっても防がなくてはならない。
聞いたところによれば、噂はものすごい勢いで広まっている。
一刻も早く状況を報告したいが、生憎、明日晴さんはこの情報社会とも呼べる現代社会において、スマホを持っていないらしい。
そのため状況報告するには一度文芸室に行かないといけないのだが、幸いなことに明日晴さんは僕が行かない金曜日も文芸室に通っている。
以前、一度だけオカルト研に行くのを忘れて文芸室に行ったことがあった。
今日楽が『念のため』と言ったのも、その一件があったからだ。
その日は『霜月さん?』という言葉で僕はオカルト研に行く予定だったことを思い出し、僕は文芸室を後にしたのだが。
やはりその日も旧校舎の廊下では誰ともすれ違わなかった。
……となると、やっぱり放課後の退出時かな。
噂の繁殖力を舐めてはいけない──そう思うのは、僕が一度噂を見くびって痛い目に遭っているからなのかもしれない。
土日という二日間で興味本位で探そうとする連中が出てくる可能性は十分にある。
少しリスクはあるが、今からでも文芸室に行った方がいいのかもしれない。
だがこういう時に限って運は僕の敵をする。
僕はパーを出し、他はチョキを出した。
つまりは──
「……塵取りじゃんけんで負けてしまった」
何故僕は拳を握らなかったのだと、後悔しながらごみを集める。
しかも今日はゴミ箱に溜まったゴミを回収する日らしく、この後僕はゴミ袋を職員玄関まで持っていかないといけないらしい……。
「お、やっと終わった?」
女子生徒が掃除用具を戻しに行ったから頃合いだと思ったのだろう。
楽が僕に近寄ってきた。
「すまん……待ってくれたのに申し訳ないんだけど、急用出来たから先に部室に行ってほしい。
ゴミ袋を職員玄関に持っていて、用事が済んだらすぐ僕も向かうから」
「急用……じゃあ、ごみ捨ては俺がやっとくからその急用とやらに行ってこい。職員玄関……ああ、あそこか」
相変わらずイケメンすぎだろ、僕の幼馴染。
「悪い、楽。ありがとう」
「おう、気にすんな。また後でな」
あらかじめ持っておいた荷物と共にやや駆け足で教室を出た。
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