鈍い音
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
──帰宅五分前。
あの後。
明日晴さんは三十分ぐらい口を利いてくれなかったものの、距離を離すことはなかった。
三十分後。
僕が学習道具を片付け、明日晴さんが読んでいた漫画の考察動画を見ようと提案したところで、ようやく「……わかりました」と言ってくれた。
最初はそれほど口数が多くなかったものの、最終下校時間になる頃にはいつも通りの明日晴さんになっていた。
最終下校時間──つまりは今日は五分前に明日晴さんが教えてくれたのではなく、チャイムが僕に帰るべきだと促したのだった。
僕は荷物を取る。
「どうする? 今日ぐらい一緒に帰る?」
「いえ、霜月さんボッチで帰ってください。今いいところなので」
僕の方をチラリとも見ずに、僕のスマホの画面に釘付けになった明日晴さんがそう答える。
「ぼっちね。じゃあこれは返してもらうよ」
スマホを回収すると名残惜しそうに明日晴さんが「あぁ……」と言う。
「また来週の月曜日ね」と伝えると「……はい」と寂しそうに笑う。
僕は扉へと向かう。
「──霜月さん!」
僕の背中にいつもより大きい声が響く。
何事かと後ろを振り向くと、珍しく落ち着かない様子の明日晴さんの姿があった。
どうしたのだろう。
「……最後に頭を撫でてくれませんか」
…………。
「一応確認なんだけど、これで触ったらセクハラとか言われたりする?」
「霜月さん、私のことなんだとおもってるんですか?」
「君こそ、僕を図ったこと忘れてんのか」
想像しなかったお願いに一瞬混乱したが、結局僕は彼女の頭を撫でていた。
わずかばかり、明日晴さんの身体が震えているような気がしたから。
どうにか、それをなくしてあげたいと思ったから。
「……大丈夫」
何がかは分からない。でも伝えたかった。
理屈なんてない。ただそう伝えたかったのだ。
十数秒ほどの時間が流れ、僕も不思議と胸の奥が温かくなっていた。
「……長くないですか?」
「うん、僕も途中でやめどき失ったなって思ってた」
「なんですか、それ」
彼女の笑顔を確認して、僕は手を離す。
そしてまた扉へと、一歩、また一歩、と進み──ドアノブに手をかけたところで半身でで振り返る。
「じゃあ、お疲れ様」
「はい──さようなら」
僕が部室から出ると、当然扉は支えを失って閉まる。
その閉まる音は、変わらず鈍い音を出しているのだが今日はその音が異様に耳に残った。
僕はもう生徒のいない、静かな廊下を歩く。
まだ耳にはあの鈍い音が残っている。
そうだな、今度はゲーム機を持っていてあげようか。
対戦というより協力の方が盛り上がりそうだから、持っていくとしたらいくつかの王道ゲームかな。
明日僕はオカルト研究会へと足を運ぶことになる。
つまり次明日晴さんと会えるのは三日経ってからだ。
──そう思っていた。
そうなることはなかった。
これは日常的なことで当たり前だと──そう信じていた。
そうなることはなかった。
ずっと明日晴さんと一緒に居れたらいいのに──そう願っていた。
そうなることはなかった。
これは日常的で、どこにでもあるような、ありふれたもの。
そんなものではなかった。
明日晴さんは──姿を消した。
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