たまには反撃したいお年頃
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「どうした?」
俯いていることに加え、狐面で隠れて見えないはずのその表情はどこか寂しそうに見えて──。
何かまずいことを言ってしまったか、そう思わずにはいられなかった。
詳しく訊こうとはしたものの、この部屋の置物と同様に、僕なんかが気安く触れていいよなものではない──そんな気がして結局『どうした』としか訊けなかった。
訊けなかったからなのか僕と彼女には距離ができる。
それは心の距離とかの比喩ではなく。現実で。
文芸室という空間に置いての話だった。
僕の『どうした』という声掛けに対し何も返さず、明日晴さんは少し僕から離れた。
ほんとうに少しだけ。
一般的に見れば近い部類に入る距離。椅子一個分ぐらい。
ああ、なるほど、勉強に集中させてくれるらしい……とは流石に思えないよな。
一か月も一緒に居ればなんとなくわかる。
今日のどこかで僕は明日晴さんを、怒らせたか、苦しめたか、傷つけた。
発言には気を付けているつもりだったんだけど……思い返してみても、思い当たる節はない。
そっとしておくべきなのか。
……いや、違った。
それで一回失敗しているんだった。
僕は握っていた筆記用具を置いて、明日晴さんの方へと椅子を詰める。
流石に僕は常識人であるので、ぴたりとはくっつけない。
拳三つ分ぐらい空けた状態だ。
でもこういう時にかける言葉で思い浮かぶのが
『どしたん、話聞こか?』
ぐらいしかない。
そして僕はそれを使いたくないので、自分のオリジナルでいくしかないらしい。
とりあえず初手は大丈夫、これにしよう。
わずかに震える唇。
それにつられないように気を付けて僕はこう言った。
「どしたん、話聞こか?」
「……え?」
「…………あ、えっと……ごめん……」
なんて口ずさみやすい言葉なんだ。『どしたん、話聞こか』……は。
「えぇ、なんで霜月さんが謝るんですか? そしてなんでそんなに落ち込んでいるんですか?」
不思議そうに、明日晴さんが訊いてくる。
「僕、こういう時どう声掛けていいか分からなくて、それで……」
「もしかして霜月さんは、ヒロインの女の子の『ついてこないで!』っていう台詞に対し、『どうせ俺は何もすることができないから……』とか言い訳して、結局誰かに促されてようやくヒロインを追うタイプの人間ですか?」
明日晴さんの言葉が胸にぐさりと刺さる。
過去そうであったことを的確過ぎるぐらい言い当てられてしまった。
まさに的を射るとはこのこと。
「……(今は)そんなことあるわけないだろ。そもそも(今の)僕だったらそんな修羅場作らない。
だけどもし、僕が嫌なこと言ってしまってたら──もしそうなら、謝りたいんだけど……」
「…………」
「…………」
「そこまで言われると私の方が罪悪感湧いてくるんですけど……」
「…………」
「いや、ごめんなさい。これも私の演技力のせいですよね……才能の原石で本当にごめんなさい」
それは謝られているのか? ──って、ん? 演技……。
「……もしかして、僕を図ったのか?」
「たまには殿方から言い寄られたいお年頃なので──ちょ、なんで離れていっちゃうんですか!」
「知るか。だがもう二度と僕が君に慰めることは無いと思っていいよ」
「な、霜月さんが霜のように冷たい……! まさか、私に身体を張って温めろと……!?」
「そうだな、温めてもらおうかな」
「え……? え、あ、……本気、ですか……?」
躊躇している顔が見え見えの仮面の上から、チョップするように手を添えた。
「なわけあるか。もうちょっと信頼しろ」
「ま、まあ分かってましたけどね」
「嘘下手か。えっと、あれ、なんだっけ? なんでこんな話になったんだっけ?」
「……どうせ霜月さんは私との会話内容なんて一言一句覚えていないんだ」
「そりゃ一言一句は無理に決まってるだろ、僕のこと録音機か何かだと思ってんのか」
「そんなんだから霜月さんはかっこいい男子の話題にかすりもしないんですよ、モテないんですよ!」
……こ、こいつ、僕の今までの人生を知らないくせにモテたことがないと断言している。
しかし、間違ってないから何も言い返せない……。
ていうかなんか聞き覚えあるなと思ったら、明日晴さんに貸したラノベの台詞オマージュしたやつじゃん。
確かこの後は──
「……そっちだって彼氏いたことない癖に」
「そ、それは……私は一匹狼なんです」
「……図星かよ。一匹狼が孤独を嫌うなんて聞いたことない」
そしてここでヒロインが『一匹オオカミが実は孤独が嫌いだなんてギャップ萌えで可愛いじゃないですか』と言う。
それで主人公が『一匹狼って実は好きで一人じゃないらしいぞ。群れからハブられてるんだって』と言って、一連の台詞は終わる。
「狼は霜月さんでしょう? さっきだって私をやらしい目で見て」
「急にアドリブ入れ込むな。断じて見てない。断じて」
「私が貧乳だからですか……貧乳だからですか!?」
「言ってない、言ってない。そしてそんな台詞もない。そして今オマージュしている作品のヒロインの胸は大きい」
「兎も角別にいいじゃないですか……貧乳だろうが巨乳だろうが、一匹狼が実は孤独が嫌いだなんてギャップ萌えで可愛いじゃないですか!」
なんかだいぶ強行突破な感じはあるけど、原作とは合流した。
ここで僕が原作通りに言えば、一連のやり取りは終わる。
だが、やられっぱなしだったからな、今日は。
明日晴さんが殿方から言い寄られたいお年頃ならば僕は──。
自意識過剰になることがどれだけ恥ずかしいかをその身を持って体験するがいい。
「確かに可愛いな、君は」
「……えっ、霜月さん何言って──」
「そう主人公が言ってたら、今頃そのヒロインと付き合ってるんだろうな」
「…………っな!?」
とくと味わうがいい……自意識過剰による羞恥心を。
僕の顔を非常によろしくないと言ったお返しだ。
「……べ、別に私に言ってくれたなんて思ってませんから!」
明日晴さんは必死に否定して、ふんっと顔を背ける。
……思ってないならなんでそんな拗ねたような声出すんだよ……って思ってけど、僕が今してることも拗ねてるだけか。
でも、明日晴さんだって散々僕のことを……いや、全部僕が一人でに勘違いしてただけじゃないか。
「……別に思ってません」
いじけたようなぽつりとした声が僕の耳に入る。
……ああ、もう──
「──君は……、君はちゃんと可愛い、から安心しろ」
目の前でそんな分かりやすくシュンってされたら、『可愛い』って言ってあげたくなるだろうが。
「え、……急にどうしたんですか照月さん?」
「……訊くな。ていうかもっと喜べよ。ワールドカップで点決まったぐらい喜べよ」
「っし」
「あ、静かにガッツポーズするタイプの人だ」
明日晴さんは左手で小さな動作のガッツポーズをする。
「霜月さん、いくら私が可愛いからと言って約束通り私のことは詮索しないで下さないね。
詮索したらストーカーって言っちゃいますよ」
「ああ。でもまず一つ目。君は照れている時は耳が赤くなりやすい」
明日晴さんの笑みが固まる。
「二つ目。テーブル下で隠せているつもりなのかもしれないけれど、右手がガッツポーズしているのはしっかり見えている」
明日晴さんの笑顔が崩れて、わなわなしだす。
「三つ目。いつも目を合わせてくる君が、目を合わせてこない」
次第に狐面の奥に潜む瞳が余計にキラキラ光りはじめたが、少しばかり涙目になっているのだろうか。
「これは一体何を意味しているんだろうな?」
「もう少し早く教えてくださいよっ!? なんで言ってくれないんですか!」
「たまには反撃したいお年頃だったんでね」
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