気づいた頃には
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
──数分前、教師の指示で大半の生徒は体育館へ移動し始めた。これから入学式が開会する。
教室に残る生徒ももうわずかとなり、廊下の流れに身を任せておくだけでいい状態になったところで、僕も席を立つ。
廊下に出て、少し歩いた頃。
僕の背中に「──ちょ、待てよ」とどこか昔のドラマで聞いたことがあるような声がかかった。
後ろを振り向くと、楽が僕の背中を追ってきていた。
前方をよく見ると、少し先に、さっき楽と話していた男子生徒二人が肩を並べ歩いている。
てっきり一緒に行ったものかと。
「お前なあ、……何一人で行こうとしてんだよ。俺のこと忘れてんのか」
呆れた声で楽が僕に言ってくる。
「高校生になってまで一緒にいる必要はないだろ」
半目で僕は楽に言う。
「昔からの付き合いだからといって、一緒に居なきゃいけない……なんてルールはない」
「一緒に居ちゃいけないなんてルールもないだろ。それに──」
先ほど楽にこちらを見るような素振りがあったが、それは、おそらく僕の様子を気にかけていたのだ。
うまくやれているかどうか。
それに──
その後に続く言葉を僕は何となく予想できた。
なので楽の口を封じるように、僕は言葉を覆いかぶせる。
それに──
「僕が孤立してしまわないか、だろ」
「…………」
無言は肯定の証と捉えていいはずだ。
「そんな心配はしなくていいよ。僕も僕で上手くやるからさ」
腐れ縁のよしみで楽はずっと僕の面倒を見てくれた。
そろそろ巣立たないとな。高校生活までお荷物になりたくないし。
中学のある時期から僕が、高校生になったら楽と距離を置かないと考えたのは──僕という存在が楽の人脈形成を邪魔している、そう感じたからなのではないか。
読書そっちのけで回想に浸っていたのは、朝の問いについて考えていたからである。
そして今、結論が出た。
現に楽は新しい話し相手を差し置いて、僕に手を差し伸べている。
推論はこうだ。
繰り返すが僕は独り好きというわけではない。
それについては両親の海外転勤により、じゅうじゅう身に染みて実感している。
誰かとの食事も、何気ない日常会話も、『おはよう』や、『ただいま』などの挨拶でさえ──孤独を和らげる作用があった。
ならば。
両親以上に僕を知っている人間がいなくなったら。
僕を理解してくれる親友が離れていったら。
楽さえも目の前から消えたら、今の僕はどうなるのだろう。
想像はつかなかった。
思い浮かぶ前に思考を消したから。
想像するのが怖かった。
同じように中学の僕もそうだったんじゃないだろうか。
だから高校生になったらという制限を付けた。
その頃までに少しでも僕が大人になっていることを願い、楽から自立できるような人間になっていると信じて。
若き日の僕は問題を後回しにした。考えないようにした。告げるという自分の責任を、記憶と共に放り投げた。
──高校生になった今日。
ツケを払うかのように消しきれなかった問題が、再び僕の脳へと浮上してきたわけだ。
そして子供から限りなく大人に近い子供になった僕は、過去の責任を今、清算した。
内面──心臓の音ははっきり聞こえている。鼓動に合わせ、血液に混ざるかのようにゆっくりと自己嫌悪と後悔が循環し始めたのがわかった。
「…………」
楽の返答を待たずに、僕はまた歩き始める。
『醜い』
……違うだろ。……僕がすべきことはこんなんじゃないだろ。
間違いに気づいたのに、僕はまた、誤りを過去の過ちにしようとしている。
人との関りが消極的なのは別にいい。無視してるわけじゃないし、誰に迷惑をかけているわけでもない。
でも。
これは明らかに楽を傷つける行為だった。恩を仇で返すような行いだった。
読了、ありがとうございました。
もしよろしければ、広告下、星の評価【★★★★★】とブックマークをしてくださると、大変嬉しいです。
狂ったように喜びます。