このままでいい
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
──五月に入って一回目か二回目かの木曜日。その放課後。
個性的な置物がある割にはどこかもの足りなさを感じる部屋。
そう思っていた最初は嘘のように、今は十分魅力的に見えるそんな部屋で。
僕は二週間後にある中間考査に向けてテスト勉強をしていた。
「この必殺技かっこよすぎませんか!?」
熱心に昨日貸した漫画を読んでいる明日晴さんのすぐ隣で。
「……余裕ぶってると痛め見るぞ。高校の中間は中学と比べ物にならないぐらい難しいって聞くし」
最初だからそこまで頭を捻る問題は出ないとは思うけども。
「とか言って霜月さん、全然進んでいないじゃないですか」
「そりゃこんだけ近くで漫画見られて興奮されたら、集中なんてできるわけないだろ……」
「そう言いつつ、霜月さんもそんな私の姿を見て興奮してしまうのだった」
「少女の『この必殺技かっこよすぎませんか!?』って声聞いて興奮する男がどこにいるんだ。マニアックすぎる」
毎度おなじみ。
椅子はぴたりと合わさり、身体は触れるか触れないかという距離。
「前から思ってたんですけど、霜月さんはなんで目を少しだけ前髪で隠してるんですか?」
ちょうど明日晴さんの開いているページに目を隠しているキャラがいた。
アニメや小説などの物語ならそういうキャラだからと説明がつくが現実ではそうはいかない。
現実逃避をするときはあるが、僕にも理由はある。
「落ち着くからこうしてる」
自分の目を隠しているというより、髪に焦点を当てて相手の目を直接見ないようにしてる。
少し妨げるものがないとまだ目を合わせることがきつく、逸らしたくなってしまうので。
実際、明日晴さんに対してもそうしている。
仮面で覆われていてもそれに負けないぐらい彼女の瞳は存在感が強い。
「それは、あれですか。俗に言う中二病ですか……!」
やけに嬉しそうに明日晴さんは言う。
「いや、そこまで伸びてないでしょ。片目だけ隠してるわけでもないし」
「左目に暗黒竜が封印されてたり……!」
「しないな」
「右手に闇の力が宿っていたり……!」
「残念ながらそれもない」
というかそれ、目関係ないし。
「……よかったら、ちょっとだけ前髪あげたとこ見してくれませんか?」
前髪を通り越し、その奥の僕の瞳へと彼女は問う。
ここで断ったら明日晴さんは、やっぱり中二病だのなんだのうるさく言ってくるに違いない。
もう、その光景が目に浮かぶ。
あれ、これもしかして予知能力じゃないか?
もしや、本当に僕は覚醒したのだろうか。
需要のない中二病は置いといて。
できれば僕も早くテスト勉強を始めたかった。
苦手科目の数学は赤点を取ると馬鹿みたいに補講やら課題やらをやらされるらしいから。
「いいけどなんも面白くないと思うよ」
前髪をかき上げるのは僕のキャラではないので、片手で横に流す。
ストレートだから手を離すと戻ってしまうので手は髪に添えたまま。
視界は広がり、暗がりは消え、光さえ吸い込むような透き通った瞳が僕の瞳を見つめる。
目に入れて痛いのか痛くないのかわからない。
朝顔を洗う時に僕も自分の瞳を見るが、キラキラ要素がある楽の目と比較するとどうしても死んでいるような目だなと思ってしまう。
明日晴さんは何も言わず、ただただ僕の瞳を見つめているだけだった。
ただただ。
…………。
そろそろ恥ずかしくなってきたので、手を離し、頭を少し振れば元通り。
「はい、後はプレミアム会員の人限定。……もう僕数学始めるから、漫画は読んでいいけどできるだけ黙読で頼む」
なんか今まで髪のおかげで助かってた部分もあったのかな……。
頬も隠せるぐらい伸ばしておくべきだったと、僕は思う。
「何円で入れますか?」
「冗談だから真に受けない」
「女の人にお金を貢がせるなんて霜月さん、最低ですっ……!」
「…………」
「冗談なんだから真にウケてくださいよ!? あれ、でもちょっぴり口角上がってる……?」
「……気のせいだよ。でもそんなに高評なんだったら明日は目が見える髪型にしてみようかな」
そんな他愛のない会話だったはずなのに、急に明日晴さんの声のトーンが低くなり彼女は僕をしかりつけるように言った。
「……他の人の前では前髪上げないでください。あまりよろしくないです」
まさかの低評の方だった。
中学の頃のいつかの日曜日。
一度だけ楽に目を見せた髪型にセットしてもらって、楽と楽ママと僕の三人で出かけたことがあった。
その時には楽も楽ママも「かっこいい」やら「そっちの方が似合っている」など、大いに目を見せた髪型を褒めてくれのだが。
歩いている最中。
通りすがりの人がこっちを見ていても、それは楽を見ているだけ。
分かっていても、時々すれ違いざまに僕のことを見ているんじゃないかと自意識過剰になってしまったので、その翌日からは今の髪型である。
楽と楽ママからの猛抗議を押し切ったあの選択は正しかったということが時を経て今証明された。
よくやった、あの時の僕。
泣くな、現在の僕。
明日晴さんめ……ややこしい言い方しやがって……。
…………。
……ややこしいも何も、よくよく考えたら『何円で入れますか』ってボケでしかないじゃん。
「言われなくても他の人の前では髪あげるつもりはないよ」
「絶対ですよ」
…………。
念を押すほどに僕の顔は一般的に見るとひどいのか……?
いや、そこまでひどくはないはず。……はず。
フツメンだ。僕は。
…………。
……そう、だよな……?
そうだ、きっと明日晴さんの好みじゃなかっただけに違いない。
なんとか自分を思い上げようとしたが、何故か余計に胸が押しつぶされるだけだった。
「約束ですよ?」
必死そうに、確かめるように彼女はそう言うと小指を僕の前に差し向ける。
指キリげんまん。それは分かるのだが……。
……これは僕から絡めないといけないのか?
そう思うと撫でる時は毛ほども感じなかった緊張が湧いてきて、そのせいで僕の小指は彷徨うようにして明日晴さんの小指へと向かっていく。
それを捕まえるかのように彼女の小指が僕の小指に触れる。
僕もあまりよろしくない、なんて言われなかったら……ちょっとは勘違いできたと思うんだけど。
あまりよろしくない、はどう頑張っても勘違いできそうになかった。
「指切りげんまん、嘘ついたら……うーん、そうですね、私の願いを一つ叶えて下さい、じゃないと"霜月さんの指切ります"」
「……"霜月さんの指切ります"ってとこだけメロディー調じゃなくて、ガチのトーンで言うのやめてくれる?」
「それぐらい約束は守りましょう、ということです。じゃないと閻魔様に怒られちゃいます、私も霜月さんも」
「嘘をつくと舌を抜かれるなんて話もあるけど、その点で言えば君は大丈夫だと思う。自分に正直に生きている感じがするから、きっと舌は抜かれずに済むよ。……ていうかそもそも地獄に落ちる前提の話になってる」
いち早くツッコむべきだったが、そんな人生歩みたくない。
『自分に正直に生きている』
そんな言葉を使ったけれど、自分でもどういう意味なのかと訊かれれば回答に困る。
それでも頭を捻って言うのなら。
正直の意味は──正しく素直という意味。
正しくはただしくとも読めるが、まさしくとも読める。
正しく素直に生きている。
ラノベを手に取って大袈裟に感動しているところ。
かと思ったら真剣に本の世界へと没入しているところ。
ありがとうをちゃんと伝わるように言うところ。
持ってきたお菓子やサンドイッチをすごい美味しそうに食べて、美味しいとちゃんと言葉にするところ。
漫画でかっこいい台詞があったら、つい声に出しちゃうところ。
恥ずかしいとき、恥ずかしさを隠せないところ。
嬉しいとき、笑顔になってしまうところ。
──やっぱり明日晴さんにぴったりの言葉だった。
やっぱり今の僕にはお世辞にも似合わない言葉だった。
──そんな彼女にぴったりな言葉がもう一つだけ挙げられるとすれば。
それは──
苦しいとき、声も視線も沈んでしまうところ。
「──どうした?」
ふと隣を見ると明日晴さんが黙って俯いていた。
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