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冷や水

誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。

  ──放課後。

 いつものように僕は文芸室へと足を運んでいた。


 僕が扉を開けようとすると、やはり鍵がかかっていたので手持ちの鍵を使って解錠する。


 ギギーという鈍い音と共に開いた扉の先には、国語辞典を読んでいる一人の女子生徒がいた。


 ただの女子生徒ではない。


 顔の上半分が狐の面で隠すように覆われた女子生徒。


 細く、そして吊り上がった目を持つ狐面によって、女子生徒がどんな目をしているのかはわからない。


 それでも綺麗な眼をしていると思わせてしまうのは、狐面の奥に潜む瞳が、あまりに綺麗で透き通ったように見えるからだろう。


 僕の足音が鳴るとその女子生徒はこちらに身体を向け、今気づいたと言わんばかりに決まってこう言う。


「あ、こんにちは。霜月さん」


 僕はそれに対して何か決まったことはないが、今回は「こんにちは」と返すのだった。


「二日間、霜月さんがいなくて寂しかったんですよ?」

「その発言だと君は土日もこの部室に居たということかな」


 明日晴さんがそんな軽口で叩いてきたので仕返しに相手の揚げ足を取る。


「あ──そうですね。訂正します。霜月さんと()()()()()寂しかったです」


 その発言に面を喰らったのか、それとも呆れてしまったのか僕は咄嗟に言葉を返せなかった。


 だがその言葉の意味は、今一瞬、ほんのわずかに僕が考えたようなことでは決してなく、純粋に話し相手が居なくてという意味でだろう。


 ……わかっているけど、何故だろう。なんか、負けてしまった気がする。


「まるで僕が里帰りしたみたいな反応だな」

「なるほど、土と日。合わせて里。上手くかけたんですね、面白いです」

「言ってる割に笑い声が聞こえないな」


 というか全然かけたつもりなかったんだけどな……。

 見栄の為に黙っておくが。


 僕が課題をする準備をしていると、いつも通り、明日晴さんは距離を詰めてくる。

 もう、この距離感に抵抗感がなくなっていると思うと、明日晴さんともだいぶ打ち解けたんだなと実感する。


 少しも動じていないわけではないけど。


 その証拠に少しばかり心拍数が上がっているような……本当に、これで僕が惚れたら責任を取ってほしい。


 ……でも、な。


 でもきっと違うのだ。この心臓の高鳴りも。

 

 ──僕は明日晴さんに恋をしているのでは? そう思い、今までを振り返ったのが違和感の始まりだった。


 高校入学前まで女子ともまともに話せなかった僕が、なんでわざわざ女子と二人きりになる空間に頻繁に足を運んだのか。


 一目惚れ? 出会った初日に恋に落ちた? 

 

 それは違う。


 確かに明日晴さんといることに対し面倒くさいとは感じなかったけど、その時はまだそんなこと思いもしなかったはずだ。


 特別視するようになったのはその後──四月の終わりごろに明日晴さんの、仮面で隠されていない本音のようなものを聞いてから。


 だが、それだとおかしい。

 

 だって、僕はそう思う以前──四月序盤から金曜日以外の学校がある曜日は、毎日文芸室に通っていたのだから。


 どこがおかしいのかは言うまでもないだろう。


 そう『毎日』という部分だ。


 いくら面倒くさくないからと言っても、明日晴さんと仲良くなりたいと思ったとしても、毎日行こうとは思わない。


 今の明日晴さんと仲良くなった僕ならまだしも、入学当初のまだ人付き合いに抵抗があった僕が、果たして毎日通いたいだなんて思うだろうか。


 そうは思わないだろう。絶対。


 中学で帰宅部だったのはやりたいものが見つからなかったというのもあるが、単純に家が好きだったからというのもある。


 それを視野に入れ考えると、四月の序盤なら多くても三日程度しか文芸室に通わなかったはずだ。


 はずだったのに。


 じゃあ何故僕は吸い寄せられるように文芸室に通った?


 なんで……?


 文芸室自体に通う理由が僕には思い当たらなかった。


 けれども、明日晴さんと関わろうとした理由らしきものは、僕の奥深くに埋まっていた。


 ……僕はきっかけを求めていた。ずっと。

 人との関りに対して臆病になる自分を変えられるような。


 変われるような──物語を。


 にもかかわらず、僕はあの事件の影をズルズルと引きずりまわして人間関係を極力避け、自分からは行動せずに──行動できずにいた。


 だから待っていた。


 影を晴れ晴れと照らし、薄暗い視界に光を差し込んでくれるような──そんな太陽のような誰かが現れることを。


 じゃあ、なんだ……それでたまたま最初に出会ったのが明日晴さんだったってだけなのか?


 僕は明日晴さんが太陽になってくれることを望んだとして。


 じゃあ彼女のことを特別に想うこの気持ちの根源は、そのポジションにたまたま彼女が当てはまっただけ……ってことなのか?


 否定したくても、そう思うしか僕の行動に対する違和感を押し殺せなかった。

 否定するにも、あまりにも綺麗に辻褄が合ってしまっていた。


 だからこの気持ちは、……僕が望んでいるようなものじゃない。そんな綺麗なものじゃない。


 ……好きにならなければ、こんなこと思わずに済んだのだろうか?

 

 でも、そう思うしかない。


 だってそうだろ? 

 きっかけになる人が明日晴さんじゃなくても、僕は同じように……なんて自分を疑っている時点で──



読了、ありがとうございました。


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狂ったように喜びます。

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