青い空に浮かぶもの
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
朝、カーテンの隙間から差す光で少しだけ視界が明るくなる……が、構わず寝る。
少し経ってアラームが鳴る。
構わず寝たいところだが……そういうわけにもいかない。
いつも通り伸びをするといつも通りふわぁと大きなあくびが出る。
それと同時に眠気は僕から去って……くれれば、どれだけ楽なことか。
…………………………。
……いや動け、ここで寝たら絶対起きれない。
夢を見るより鮮明にそんな未来を僕は見た。
まだ起きる気力が残っているうちに寝床から離れる。
今日の朝食は何にしよう。
階段を下りながらそんなことを考える。
昨日はパンだったから、……今日は冷凍ご飯を解凍して卵かけご飯にするか。
ピー、ピー。
ご飯が解凍された合図が出る。
ラップに包まれたアツアツのご飯をミトンで取り出す。
厚い布の生地一枚挟んでいてもほんのり温かく感じるほどだ。
殻を割って茶碗に移したご飯の上に生卵を落とす。
醤油は目分量。入れたらかき混ぜ、かきこむ……と気管に入りかねないので、よく噛み、飲む。
もろもろの朝の支度をすませ玄関で最終チェック。
寝癖なし。忘れ物なし。財布とスマホあり。スマイル……は作っていかなくていいか。どうせうまくできないし。
よし、行こう。
玄関のドアを開き隣の家の庭を見ると、そこには朝日の光により黄金に近くなった茶髪がそれはもうなんとも絵になるイケメンがいた。
全女子が憧れる理想のシチュエーション。
僕には見慣れたいつもの光景。
「おはよう、楽」
「お。おはよ、……最近の光を見ていると何か悪いものでも……いや、良いものでも憑りついているんじゃないかと思うよ」
「良いものが憑りつく? 今朝僕に張り付いていたのは眠気だけなんだが……ふわぁ、なんなら今も少し」
「いや、だってさ。前まで挨拶を返すことさえままならなかったのに、今では俺より先に挨拶してるから」
「僕は赤子か。まあ、入学当初は一人暮らしで手一杯だったからそうなっていたのかもだけど」
はじまりの四月が終わりへと近づくにつれようやく慣れ始めてきたところだ。
「でも、小学校でも中学校でも先に挨拶するのは俺だったろ。だからかな? すごい新鮮な気持ち」
全然そんなこと意識していなかったが、もしかすると文芸室の退出時が影響しているのかもしれない。
「僕も高校生になって成長したってことだ。……そっちこそ進展あった? 先週の一週間こそは」
僕が楽に週一で聞く『進展』が指す意味は一つしかない。
「もちろん俺も美里さんも一生懸命活動しているからな。部に進展とまでは言わずとも、前進とは言えるんじゃないかな。
ああそうそう、この前はあんみつ同好会に聞き取り調査しに行ってきたよ」
「僕が言ったのはオカルト研のことじゃなくて……え、あんみつ同好会? ってそれも気になるけども、告白の方なんだけど」
一週間のうち、月火水木と僕が文芸部の部室に通っているということは、裏を返すとその曜日は楽が初恋の相手と二人きりになっているということだった。
その機会を逃すまいと楽は大筆先輩に告白しようとしているのだが。
僕の質問に楽は首を横に振る。
今日に至るまで実行できたことはなかった。
あらゆる女子から好意を寄せられ告白されてきた楽は、一見すると女慣れしてそうに見えるかもしれないがそれは違う。
告白してきた相手が可愛い子だろうが、人気者の子だろうが、──逆に地味な子だろうと楽は対応を一切変えずに接っしてきた。
きっとそんな楽だからこそ、楽に好きな人がいると分かっていても告白しようと思うのだろう。
だが。
だが、人から好意を抱かれるということは反対にその分の憎悪を持たれることもなくはないのだ。
実際に一度だけ──…………いやこの話は今思い出すべきではないか。
話が脱線したがまあ何が言いたいかと言うと、僕と同様に楽も恋愛経験ゼロなのである。
なんならラブコメは僕の方が見てるから、僕の方が一枚上手なのかもしれない。
ずっと片思いしてきた女の子にどう接すればいいか分からない。
そんな純粋で混じりけのない初恋を楽は現在進行形で抱き続けている。
おそらく大筆先輩もそんな感じなのだろう。
結果。
進展しない。
「そんな焦らないで楽のペースでいいと思うけど」
傍観者となり二人の恋にできる限り関与はしないと誓った僕だが、一週間に一回のこの質問に関しては楽の方から訊いてほしいとお願いされているのだ。
なんでも、一緒にいられるという現状に満足しちゃってそれ以上発展しなくてもいいと思ってしまうらしく、一週間に一回のこの質問は楽にとって危機感を持たせてくれるらしい。
ハッピーエンドはほとんど確定しているようなものだし、そんな心配しなくていいと思うけど。
「……分かってはいるんだけどな。
でも美里さん美人だし、狙ってる先輩も少なくないって噂だし。
うかうかしてたら誰かに取られて思うと──……な?」
僕たちを追い越す猫を横目で見ながら、楽はそう答える。
誰かに、取られる……。
『霜月さん』
……彼女にもそういう相手が見つかったら、もうあそこには来ないのだろうか──
グイッ。
唐突に制服の首根っこが掴まれると同時にはっと僕は現実に戻り、前を見る。
横断歩道だった。
直後、猛スピードで自転車が僕の目の前を通り過ぎていく。
「例え車の音がしなくても横断歩道は安全確認してから渡ろうな。急に突っ込んでくるような人もいるから」
「……ごめん、助かった」
もし楽が止めていてくれなかったら──
あったかもしれない未来の想像に伴って、内側から脈々と恐怖が全身を侵略している途中──頭にポンっと手が置かれる。
「気にすんな。次から気を着けよう。それより考え事か? 珍しい」
不安を和らげてくれるような優しい声がヒヤリとした心臓を少しずつ落ち着かせてくれた。
「それじゃあ僕がいつも何も考えてないみたいじゃないか」
「実際そうだろ?」
「違う。ただ──」
『──霜月さん』
ただ……。
「ただ?」
「……ただボーっとしてただけだ」
「…………」
「…………」
「……なんかもうちょっとマシな言い訳思いつかなかったの?」
「何も考えていない僕がマシな言い訳なんて思いつくわけないだろ」
「その言い訳が思いついている時点で怪しいが……」
ジト目でこちらを見てくる楽に僕もジト目で返す。
数秒後、笑いあっている男子高校生二人の姿がそこにはあった。
読了、ありがとうございました。
もしよろしければ、広告下、星の評価【★★★★★】とブックマークをしてくださると、大変嬉しいです。
狂ったように喜びます。




