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過去と後悔の断片

誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。

 「最初は現実と心の距離は比例すると聞いたことがあって……霜月さんと仲良くなりたかったから無理に距離を縮めました。

 ……でも、霜月さんと仲良くなって──仲良くなってからは霜月さんに私が寄り続けないと、できる限り近くにいないと霜月さんがどこかに行ってしまう。……もうここには来なくなってしまうんじゃないかって……」


 確かに帰ると言って席を立とうとしたことはあったが、それはコメディの範囲内だったはず。明日晴さんも分かっていたはずだ。


 言葉が一旦途切れ、明日晴さんは何かを躊躇っているようだった。

 あまり言いたくないことなのかもしれない。


 もう大丈夫、そう言おうとするより早く明日晴さんの口が開く。


「私は……私はまた独りになってしまうんじゃないかって──そう思ったんです」


 声を震わせながらも弱々しく──あるいは強くそんなことを言った。


 僕を貫くかのように射抜くかのように──しかし、ゆっくりと言葉が僕に浸透してくる。

 同時に湧きだしたのは、訊くべきではなかった──あるいは何故もっと早く訊かなかった? という後悔だった。


 呆気にとられてしまって何も相槌も会釈もしてないことに気づく。

 何を話すべきかわからないのに、必死に何か言葉をかけようとする。


「君は──」

「とか言ったらずっとここに来てくれますか?」


 ボケるように言って明日晴さんは誤魔化すように笑った。


 その瞬間、僕の目の前に違う景色が一瞬だけ広がる。



 『──俺は大丈夫だから』



 ──っ……。


 もう一度、明日晴さんに焦点が合うとその笑顔が作り物であるとすぐにわかった。


 かつて嘘をついた幼馴染の笑顔と一緒だったから。


 かつての僕はそれが作り物であることに気づいていないふりをした。


 彼の笑顔に元気がなくなっていくのを気のせいであると思いたかったから。


 だが、事件は起こり結果僕は後悔した。

 あの時少しでも僕が寄り添って上げれていれば、きっと楽は傷を負うことはなかったし、僕も人間不信にはならなかった。


 ただし僕の本当の罪は救えたはずの手を掴まなかったことではなく、その罪悪感から逃れたくてつい最近まで心の奥底にそれをしまっていたことだ。


 罪を認識したところで過去は変わらない。


 それがわかってるからこそ今の光景に強く思いを引かれた。

 あの時救えなかったものが再び僕の目の前に現れている気がしたのだ。


 

 両親が引っ越した初日。

 藤解家と一緒に両親を航空まで見送り我が家に戻ってきた時。

 

 楽にも楽ママにも楽パパにも僕は頭を撫でられた。


 恥ずかしかったけど、独り暮らしについての不安は心なしか軽くなった気がしたんだよな。


「え、えっと……霜月さん……?」

「永遠は無理だろうな。卒業するし」

「そ、そうじゃなくてっ、あ、頭に手が」


 そんなことを考えて明日晴さんを見ていたら、思わずポンっと手を頭に乗せてしまっていた。


 ……って実体験に基づき行動してたみたいだけど……冷静に考えたらこれ、イケメンだから許される行為であり、前髪モブの僕がやったら単なるセクハラになるのでは?


 あれほど性犯罪者ムーブを回避したのに自分の首を絞めてしまうとは……迂闊だった……。


「選択を間違えた」


 明日晴さんの頭から手を離そうとした直後、彼女の両手によって僕の手は元の位置へと戻された。


「……その、あともう少しだけ……間違えていてくれませんか?」


 普段コメディなやり取りばっかりしているからか、こう弱っている姿を見せられるとどうしようもなく甘やかしたくなってしまう。

 コメデレ効果だな、これ。


 「うむ。間違えておこうじゃないか」


 管理人のおじいちゃんになったつもりでそう言った。


 

 大雑把に一か月といったところか。

 

 家に帰らず、わざわざ校舎から遠いこの部室へと僕は通い続けた。

 オカルト研究員となる金曜日を除いて。


 その扉の奥には毎回明日晴さんが先にいた。

 いないことなんて一度もなかった。


 毎回、明日晴さんもここへ足を運んでいたのだ。


 そして同時に僕が明日晴さんより先に部室に来れたことも一度もはなかった。


 僕のクラスのホームルームの始まりが遅くても。他のクラスのホームルームより終わりが早かったとしても。


 必ず明日晴さんは部室に居たし、必ず先に来ていた。


 必ずはもう一つ。鍵だ。

 まだ会って間もない頃に鍵はかけなくていいということを理由込みで伝えた。


 だが鍵を使わずに僕がここに入ったことも一度もなかった。

 この件に関しては質問したが、はぐらかされたのを覚えている。


 『私は……私はまた独りになってしまうんじゃないかって──そう思ったんです』


 確か明日晴さんはそう言っていた。


 思えば、彼女と出会った時、『一人だと寂しい』と口にしていたのは「一人」ではなく「独り」の意味だったのかもしれない。

 

 そして『また』ということは以前に一度、孤独感を持っていたことがある。

 家庭的な事情でか、もしくは高校以前の学校生活か。

 

 僕より先に部室に早く来ることができる。戸締りをしっかりする。自分の情報の詮索禁止。孤独による心の負傷。

 

 ──もしかすれば明日晴さんは保健室登校なのかもしれない。


 でもそれだと毎回学校に来ていることに少し矛盾があるか? ……と、悪い癖だな。なんでもかんでも妄想という名の推理をしたがってしまうのは。


 きっと。


 明日晴さんに何があったかなんて知らなくていい。明日晴さんだって訊かれたくもないかもしれないし。


 僕はただ贖罪をしてるだけなのかもしれないが、明日晴さんが笑顔でいると僕は少し救われたような気分になる。


 高校入学前の僕には想像もつかなかったような不思議な気持ち。


「……変な感じ」

「え、何がですか?」

「……いやなんでもない。今の僕って僕らしくないなって思っただけ」

「霜月さんは霜月さんですよ」


 どこか嬉しそうに明日晴さんは呟き、嘘偽りない笑顔を見せてくれた。



 




読了、ありがとうございました。


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狂ったように喜びます。

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