現実と心の比例
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放課後の文芸室。
今、この空間ではお約束の展開で僕と明日晴さんとの隙間はほとんどゼロ距離。
身体が触れ合うか触れ合わないかというギリギリなものへとなっている。
今朝の楽とのやり取りによりこの距離感は異常なのだと確信しているわけだが。
だが、明日晴さんもこの距離感が世間一般の常識だとは流石に思ってはいないだろう。
……時々肩が触れ合うと変な声出すときあったし。
僕は異性とこうして読書を共にしたり何気ない雑談をする経験がほとんど皆無だった。
女子の常識的距離感というものを今朝まで知らない程度には。
拒む拒まない以前として両片思い同士でも、長年一緒に居た幼馴染だとしてもここまで距離が近いのはレアケースなはずだ。
まして出会って一か月未満の相手との距離ではない。
恋人や好きな人に対しての行動なら考えられるが、生憎明日晴さんは僕を人畜無害なものと見なしているので、異性として扱われていないと捉えていい。
スキンシップが激しい人が一定数いることも確かな事実だから、明日晴さんの距離感に理由はないのかもしれない。
それでも、僕は聞かずにはいられなかった。訊かなければいけなかった
でないと僕は勘違いしてしまいそうだったからだ。明日晴さんに対しても自分に対しても。
「今更感あるけど、流石にこの距離は近くない?」
一旦読書を中断して、テーブルの上に本を置き、彼女の方へと視線を向けて訊いてみる。
「安心していいですよ? 霜月さん以外の男性とはこんな距離にはなりませんから」
「その点は同じか」
初めて会った時もそんなことを言っていたような。
「同じってことは霜月さんもあんまり女性と関わらないんですか?」
「そうだね、関わるきっかけがそもそもないし。だから明日晴さんも安心していいよ」
何にかは分からないが。
「つまり霜月さんは安心安全というわけですね」
なんか家電製品みたいになってしまった。
「それで距離が近いという話なんだけど」
「ああ、なるほど霜月さんの心臓がもたないという問題についてですか」
「最初の二週間はそうだったけど、残念ながらもう慣れちゃってそんな初々しい気持ちはない」
本音を言えば、もたないほどではないが心臓は意識してしまっている。
言わないけど。
「……か」
「ん?」
「なんでもありません」
なんというか、少し言葉に棘があったような。
重要なことを聞き逃してしまったのかもしれない。
火に油を注ぐ行為になるかもしれないから『怒ってる?』とは訊かないでおこう。
「怒ってませんよ? 別に」
「…………」
鋭い。三つの意味で。
……なにこれ、回避不可能イベントなのか? 今一言も発してないよね?
回避できないのなら、仕方がない。正面突破するか。
「高校一年生の男子が女子とこんな距離で緊張しないわけないだろ」
「……え?」
「え?」
「ああ、そうなんですね、そうですか、そういうことですか、霜月さん。霜月さんはやっぱりドキドキしてたんですね」
さっきの冷徹な瞳が幻だったかのように明日晴さんは愉快そうに言う。
……まさか、僕にこの言葉を言わせるために一芝居打ったのか?
…………。
「……それで理由は?」
「私もちゃんとドキドキしてますよ? 触ってみますか?」
「はぁ、いいか。自分の身はもっと大切にしなさい。気安く男に触れさせちゃいけません」
「どうせ私が貧乳だから霜月さんは触らないんだ……。巨乳の人だったら今頃鷲掴みしてたくせに……!」
「じゃあ本当に触ってやろうか?」
「霜月さんの変態っ!」
明日晴さんは腕で胸を覆うようにして僕に言い放つ。
「言いたいだけだろ、絶対」
僕の指摘に対し「バレました?」と愉快そうに笑った。
「えっと、それで何の話でしたっけ?」
「距離感の……いや、もういいや。ごめん、読書中断させちゃって」
逸らされている。
なんとなくそう感じた。なので、これ以上は追求しない方がいいと思った。
僕はまた文字の世界へと戻ろうと本を開き、数行進んだところで──
「……あの、霜月さん」
到底僕には出せないような澄んだ声がすぐ隣から聞こえた。
横へと顔を向けると純粋な──純水のような透き通った瞳と目があった。
「最初は現実と心の距離は比例すると聞いたことがあったから……霜月さんと仲良くなりたかったから無理に距離を縮めました」
明日晴さんはさっきの僕の問いに対して答えてくれているのだろう。
「……でも、霜月さんと仲良くなって──」
一瞬明日晴さんの表情が暗くなった気がした。
狐面で見えないはずだからおかしな話だ。
そしてその後僕は──
なんで訊いてしまったんだろう。なんで言わせてしまったんだろうと。
そして、もっと早く訊くべきだったと。
後悔した。
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