微かに動いた何か
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
「──さん、霜月さん!」
「ん?」
「時間ですよ。下校時刻の五分前です」
……ああ、もうそんなに経ったのか。
いつの間にか時計の針は最終下校時刻の五分前を指し、気づけばページはあとがきに差し掛かっていた。
だいぶのめりこんで読んでいたらしい。明日晴さんは僕に三度声をかけた、と言った。
彼女もどうやら一巻を読み終えたらしく、栞は一巻の表紙の上に置かれている。
「どうだった?」
「面白かったです! 特に主人公の読めない行動がすべて伏線として綺麗に回収されていくところが!」
「分かる、その作者はほんとに天才だと思う。主人公のキャラがいいよね。無気力の時と勝負の時のギャップが。好きなキャラとかいた?」
「もちろん、負けヒロイン枠の子が可愛すぎました。やっぱり応援したくなっちゃいますね、叶わぬ恋って」
楽しげに語る彼女の影響だろうか。
僕は「そっか」と言って微笑んでいた。
「よかったら二巻貸すよ。さっき読み終わっ──」
……今のが建前でないという証拠がどこにある?
人が嫌な気分にならないようにとまずいお茶を美味しいと答えるような人間だ、明日晴さんは。
今のも僕に気を遣ってくれたんじゃないのか。
興味を持たないものを勧めることは、それが故意的なものでなかったとしても押し付けに近い形になってしまう。
明日晴さんが『面白かった』と言ってくれたことを、僕は思った以上に嬉しく感じていたらしい。
……そりゃそうか。楽以外とこんな話すことあの事件以降なかったのだから。
「霜月さん?」
「……ごめん、なんでも──」
そうひっこめようと引いた本の反対側を、明日晴さんの両手が掴む。
本を傷つけないように──それでもその手には確かに力が入っていて。
「私は好きです、この物語。プロローからエピローグ、あとがきまで隅から隅まで楽しかったです。だから……よかったら二巻を貸してください、霜月さん」
細い狐面の眼の奥の透き通った瞳。
それが彼女の心の中を表しているかのように──その言葉には嘘がない。
そんな風に思うと掴んでいた指先から力が抜け、やがて本は僕からすり抜けていき、明日晴さんの手へと渡った。
「明日までに読んでおくので、明日は感想会にしましょう」
「……え、明日? 明日もここに来るの?」
「はい。もしかして霜月さん、何か予定があるんですか?」
「いや、ない……けど。だけども、僕は年中暇のようなものだからいいけども、ほら、高校始まったばかりなんだし友達との付き合いも大切にした方がいいんじゃないかって」
「あー、えっとー……その心配はいりませんよ。私のグループは元中で形成されているんですけど、全員運動部だから忙しいんです。だから私もほぼ年中無休で暇人しているので、むしろここに来ることがいい暇つぶしになってるんです」
「なるほど。部活とかは入らないの? この高校多種多様な部活動で有名だし、二人いれば同好会だって作れるし」
「まだ入学当初なので様子見って感じです。夏休み明けたら考えようかなって思ってはいるんですけど……」
「そっか。……じゃあ、そろそろ帰るよ……あ、今日鍵かけてあったけど一応管理室の用務員に許可は得てるから、次からかけなくても大丈夫」
「わかりました、覚えておきます」
席を離れ、荷物を持ち、扉の前へと立つ。
「じゃあね。気をつけて帰って」
「はい、また明日」
優しく背中に届いた声が、僕を温かくした……気がした。
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