何も書かれてない栞
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
水を受け取り草が古くなったような味を飲み込む。
「ぷはぁ……」
中和、とまではいかないがさっきよりは幾分かマシになった。
「霜月さん、もしかしてお料理苦手キャラですか? 包丁の握り方が暗殺術に則っていたり、塩のところを砂糖にしちゃったり」
「いや、得意ではないけど、暗黒物質を生み出すほどではない……はずだった。お茶とは相性が悪かったんだと思う。とばっちり受けたよね、ごめん」
「いえ、むしろ貴重な体験でしたから、私にとってはプラスです。私は今日のお茶の味を一生忘れないと思います。……霜月さんも乙女の唇の味を忘れないで下さいね」
「あ、まだお茶ちょっと残ってるじゃん。飲み足りないなら注ぐけど?」
「ああでも直接私の唇が触れたところには霜月さん口付けてませんでしたね思い出しましたというか同じ容器の液体を飲んだだけで間接キスなのであれば空気という同じ気体を吸っている時点で全国全員間接キスしてるようなもんですからね」
「分かればよろしい」
明日晴さんは息継ぎなしに言葉を続けさまに放ったから、ぜぇはぁぜぇはぁと苦しそうにしている。
やがてよろよろとした足取りで水道に向かっていたので、その間に僕は本を手に取った。
「その本面白いんですか?」
「面白いよ」
水を飲み終えた明日晴さんが席へと戻ってくる。
「……私も読んでみたいな」
「ん、一巻手元にあるから貸してもいいけど」
「え、……ほんとですか?」
僕はリュックサックの一番上のポケットから本を一冊取り出す。
今日持ってきた本は頭脳戦の学園もの。
ちょうど一巻が朝読み終わり、今現在僕が手に持っている二巻へと入った。
「おおー……!」
受け取った明日晴さんは、表紙を見て、裏のあらすじを読んで、中に入っているイラストを見て。
まるで本をはじめて触れたかのように感動していた。
ラノベは読んだことないのかな?
さっそくというように、明日晴さんはページをめくる。
「お面付けてると読みづらくない?」
「案外変わりませんよ。ほら、そこにもう一個狐の面があるから、霜月さんも着けてみたらどうです?」
明日晴さんが指さす方を見ると黒い狐の面があった。
少しの興味からか、僕は立ち上がりそのお面に近づく。
取ろうと手を伸ばした瞬間、何故かためらいが生まれた。
ためらいはやがて違和感に変わる。
言葉にするのが難しいが、僕が容易く触れていいものではない気がしたのだ。豪邸に置かれた高そうなツボのように。
僕は手をひっこめ、席に戻る。
「あれ、いいんですか?」
「ああ。僕の家にも一つあるから気が向いた時に家で試すよ。あ、あと本の中に入ってる栞はよかったら貰ってくれ。僕、結構いっぱい持ってるから」
この栞は本を買う度についてくる栞だった。
既に僕は両手両足の指の本数を、優に超えるしおりを所持している。
最初の方は買った本の題名を書いていた気がするが……。
いつから書かなくなったのかは忘れてしまった。
「ありがとうございます。あれ、この栞何も書かれてないんですね」
栞の表と裏をみた明日晴さんがそう言う。
「所詮は田舎の本屋の特典だからね。何か書きたいことがあったら自由に記入していいから」
「したいこととか、なりたいものとかでもいいんですか?」
「いいんじゃないか」
「なんか短冊みたいですね」
クスリと笑い、まるで宝物のように大事そうに抱える明日晴さんを見て、大したことない栞なのに、今はその栞がとても煌めいて見えた。
僕が持っていたから腐っていたのだろうか。
僕はきっとそうだな、と苦笑して本の世界へと戻る。
僕は黙々と物語を進める。
時々、明日晴さんの方を見ると彼女もまた本の世界の中にいて、こんなに近くにいる僕のことさえ認知してないようだった。
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