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初日の序盤

誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。

 ──放課後。


 ホームルーム終わりと同時に教室を出た僕は、一人旧校舎一階の渡り廊下を歩いていた。


 昨日、狐と交わした約束を守るためである。

 これから僕は文芸室に通わなければいけないのだが、約束上(やくそくじょう)、楽にも明日晴さんのことは伝えていない。

 形式上、僕は帰宅の最速記録を狙うということになっていた。


 中学では楽は放課後おおまかな授業の復習をしており、その間僕は読書をして復習が済むまで待ち、一緒に帰るという帰宅の一連の流れがあったわけだが。

 オカルト研究会は月火水木金の周五の活動+土日(アルファ)


 幽霊部員の僕が早めに帰っても何もおかしいことはなく、楽に引き留められることもなく、難無く教室から抜け出せた。


 こうして僕だけの足音が鳴る誰もいない廊下を歩いていると、世界に僕一人しかいないんじゃないかと、感傷的にもなる。

 

 センチメンタルというのは時々感じるからいいものなのだろう。

 自分を見つめ直す良いきっかけになるのだから。


 しかし、センチメンタルというのは一時的なものだからセンチメンタルといい、本来、それは孤独感の分裂体なのだ。

 孤独感が一キロメートルだとしたらその一センチ。


 クイズ研前に差し掛かっていたからか、そんなナゾナゾじみたことを考えていたけれど、やはり問題は聞こえてこなかった。


 先日、ここを通れば日に日に頭が良くなると思ったが、出題者がいないクイズ研の前を通っても、当然その恩恵は受け取ることができない。

 霜月光天才計画が台無しになったが、所詮、他力本願で天才になどなれるわけがなかった。


 睡眠研の前を通りかかったところで、少し扉が開いていることに気づく。

 黒板にはかなり真面目な睡眠への考察が書かれており、今もなおカッ、カッとチョークが音を鳴らしている。

 そのチョークを持っているのは──予想通り歴史の教師だった。


 下手をすれば歴史の授業より真剣な眼差しで睡眠の考察を書いている。

 こっちの僕なんて眼中に無いと思わされるほどの集中力で。


 ここまで早く旧校舎の端っこ側に来れるということは、クラスをもっていないということなのだろう。


 昨日の静けさを思い出し、活動が始まるとやっぱり眠るのだろうか? とか考えていると、いつの間にか文芸室の扉の前へと僕は立っており、ほぼ無意識的にドアノブを回していた


 ガチ。


 何かが突っかかる音。

 昨日鍵は開けっ放しだったので、開いていなかったということは、内側から手動で誰かが鍵をかけたのだろう。


 昨日と同じ状態。

 ならば昨日と同じキャラクターがいるに違いない。


 答え合わせをするように僕は鍵を差し込み、扉を開ける。


「あ、こんにちは。霜月さん」


 やはりそこには──そこには狐がいた。正確には狐の面を被った少女がそこにいた。

 直後、僕の視界が少し広くなったのは、目を見開いた証拠だろう。

 僕自身、昨日の出来事は夢じゃないかと半信半疑になっていたのか、当たり前に広がる目の前の光景に感動にも似た驚きを感じているらしい。

 

「お茶、用意しますね」と狐面の少女──明日晴さんは台所の方へと向かった。


 僕も荷物を置き椅子に座ろうとしたが、いつの間にか自分が甘味処に立ち寄った客のようになってしまっていることに気づく。


「今日は僕が作るよ。君は座ってていいから」

「え、ほんとですか」

「うん。今度からは交代制にしよう」


 数分後、急須に入れた水が沸騰し、その中に茶葉を入れ、霜月光はお茶を作った。


 湯呑は既に明日晴さんが準備してくれており、既にテーブルに置かれていた。

 僕もテーブル上の鍋敷きみたいなところに急須を置く。

 

 明日晴さんと少し離れた位置に椅子を置き座ると、離れた分だけの距離が詰められ、その距離はゼロに等しかった。


 一応、距離を取る。案の定、詰められる。


 流石に僕にも学習機能があって、その学習能力から導き出した明日晴さんの習性は、僕が距離を取る限り彼女はその分詰めてくるというものだった。

 これ以上はこの前の繰り返しになるので僕はそこにとどまる。


「……男子と関わる時、いつもこんな風にしてるならやめた方がいい。君が思っている以上に男は何をするかわからない生き物なのだから」


 少し怖いことを言えば、彼女も怯えて無暗に近づいてくることは無くなるだろう。

 そう思い言ったが、


「なるほど。つまり霜月さんは私に欲情して襲いたくて襲いたくて仕方がない、と?」

「そんなこと一言も、一ミリも言ってない」

「一ミリいってない避妊具を使いたい、と!?」

「帰る」

「嘘です嘘です! 信頼してるんですよ、霜月さん女性に興味がなさそうだから」


 その言い方には語弊がある。とは言え明日晴さんは楽を知らないんだったか。

 

「はぁ……何かの間違いで僕が君に惚れたらどうする。僕だって男なんだから、異性の君を好きにならない保証なんてないし」

「そしたら喜んで責任取りますよ」


 楽と言い、明日晴さんと言い、なんで少女漫画のシチュエーションばっかりなんだ、僕の人生は?

 もっと、あるだろ。

 例えば……ほら、転校してきた美少女が、実は僕の昔の知り合いとか。

 昔男だと思っていた友達が実は女で、美少女になって再開するとか。


 ……いや、別にそんなラノベ的展開じゃなくてもいいんだよ。ただ、神様。僕にそっち側の個性はないので、普通の恋愛展開をしてほしいっていうかなんというか。


 それとも──


「やはり僕は、少女漫画のヒロインに生まれるべきだったのか……?」


 そうしたら、俗に言うモテモテというものを、体感できた? ……そこまでして、モテに(すが)る僕って一体……。いや、そもそもモテたいわけではない。……多分。……強がってるだけかもしれないけど。


「そしたら私と恋……はっ! もしや百合ルートをご所望ということですか?」

「何故だろう。君とずっと話しててもきっと退屈しない気がする」

「相性ばっちりっていう意味で遠回しに告白してますか? 霜月さん、意外と大胆なんですね」

「僕の初告白が今ので奪われたと思うと……おや、雨が降ってきたな」

「雨? いや、霜月さん、ここに雨漏りなんてありませんし、なんなら外も晴れてますよ?」

「……いや、雨だよ」

「霜月の霜、その上は雨……下は相……愛……え、告白ですか? 本日二度目?」

「……ツッコミが恋しい」

 

 ボケとボケが組み合わさっても、結局はより強いボケが弱いボケを食う。弱肉強食はボケの業界でも通用しているのだ。


 ため息一つをつき、お茶を一杯すする。…………え、まずいんだが。


 僕のお茶は苦い、くどい、しつこいの3連単だった。

 それはもう、罰ゲームでつかうかのようなまずさでとても飲めたものじゃない。


「悪いことは言わない。そのお茶をこちらに渡しなさい。僕が飲むから」

「断ると言ったら? ……ていうか警告するほど美味しくなかったんですか?」

「警告するほどまずかった……お茶ってお湯沸かして茶葉入れればいいと思ってた……」

「霜月さん今、全国の茶道部を敵に回しましたね」

「それもまずいな……」


 まだ舌に残る味に苦しみつつも、残りの自分のお茶をグイッと飲み干す。

 全域全体攻撃の威力は凄まじく渋面せざるを得なかった。


 あと、一杯……。


 僕は明日晴さんの湯呑に手を伸ばす。

 この手が届く──前に明日晴さんは湯呑を持ち上げた。


「……これは霜月さんが私の為に作ってくれたんですよね。だったら美味しくないなんてことあるわけないじゃないですか」

「……やめろ、早まるな。死にはしないが苦しむぞ」

「そ、そんなにまずいんですか……?」

「ああ、だから──」


 言い終わる前に明日晴さんは一口。

 

「なんだ、美味しいじゃないですか」

「それにしては手が震えてるけど……」

「お、美味しすぎて震えてるだけです」


 平静を保っているのは言葉だけで、声は震え、彼女の口元はきつく結ばれていたれども、また一口飲むために少しずつ口を開いて、湯呑と唇が触れ合う。

 決して美味しくないとは言わない。決して思ってもないのに美味しいと言う。

 

 僕が作ったお茶がまずいということを否定するように。


 僕を傷つける傷つけない以前に、誰かが誰かのためにしたことが悪かったはずがないと主張するようだった。


 そんな明日晴さんの姿を見て僕は何を血迷ったのだろう。

 頭がおかしくなったのか急須に余っていたお茶を湯呑いっぱいに入れ、それを飲み干し、また湯呑をお茶でいっぱいにして、飲み干し──


 繰り返しているうちに急須の中身は空になり、明日晴さんはというと、僕の異様な光景をただ茫然と見ていた。


 僕はそんな彼女の手から湯呑を取り、…………、一気に飲み、額をテーブルに預けた。


「……霜月さん?」

「べ……別にあんたの間接キスが欲しくってここまで頑張ったんじゃないんだからね……」

「し、霜月さん大丈夫ですか!? ま、待っててください、今水持ってきます」


 



読了、ありがとうございました。


もしよろしければ、広告下、星の評価【★★★★★】とブックマークをしてくださると、大変嬉しいです。

狂ったように喜びます。

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