二度目の自己紹介
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
お茶を丁寧に注ぎ、少女は湯呑を渡してくれた。
「……ありがとう」
それを受け取り恐る恐る一口すする。
……温かい。
緊迫した体に溶けるように温かさが染みていき、ほのぼのとした気分に浸った。
老後は茶を飲みながらゆっくりするのも悪くはないのかも。
と、少女が僕の隣に椅子を近づけ座った。
…………。
さっき倒れた時といい、あまりに距離が近かったため僕は少し距離を取る。
詰められた。
距離を取る。
詰められる。
距離をとる。
詰められる。
距、離、を、取、る。詰、め、ら、れ、る。
距離を……もういいか。
「なんで逃げるんですか」
「追いかけてくるから」
「なるほど、追われる恋よりも追う恋がしたいんですね」
いや、それなら普通追われる方が好きという解釈になるだろ、……じゃなくて。
「……君はどうやってここに来た?」
鍵が開いてたから入っただけ──と言われてもどうしても説得力がない。
上履きの色が一緒──つまりは入学したての僕と同じ一年生。
そんな校内の右左もあやふやな人間が、注意深く見ないと見逃してしまうような部室を見つけ、入った。
狐面も含めて怪しさの塊じゃないか。
そう思いながら半身で少女を見ると曇りなき眼が僕を捉えてきた。
僕の奥の奥の方まで見ようとしている気がして、思わず目をそらしてしまった。
すると僕の頬を手で挟み強引に視線を合わせてくる。
それはキスシーンにというにはほっぺを強く挟みすぎていた。
「……なんのつもりだ」
「人と話すときは相手の目を見て話す。今どきの小学生でもわかりますよ?」
楽みたいなことを言う。
というか人と話すときに面を付けているのもどうかと思うのだが。
僕が無言で頷くとその手はするりと少女の太ももへと移る。
「僕はたまたま鍵を手に入れた一般生徒。君は?」
文芸部元部長の妹? 大筆先輩の知り合い?
「私の名前は明日晴です。気軽に明日晴って呼んでください」
そういうことを聞いたわけではないのだが。……これに関しては僕の質問の仕方が悪かったか。
「苗字は?」
「苗字を教えたらあなたは私を苗字で呼ぶと思うので教えません。それよりもあなたの名前を教えてください」
「十一月の月の異名と同じ字で霜月」
「十一月の月の異名と同じ字で霜月、さんですか。ずいぶん長い名字ですね」
「そんなわけないだろ。霜月だよ、霜月」
「そうでしたか、失礼しました霜月さん。下の名前はなんですか?」
「言ったら名前で呼ばれそうだから言わない」
少女──明日晴さんは少し不満そうに頬を膨らませる。
そんなことには触れず、僕はリュックサックから本を取り出し、開──……の前に明日晴さんに取られた……。
「もう少しお互いを知りましょうよ。これから長い付き合いになるかもですし」
「ならないよ。僕はここに二度と来ない」
「えぇー! なんでですか! 私のお茶お口に合わなかったですか……?」
「いや美味い。今まで飲んできたお茶で一番美味しかった。でもそれで留まる理由にはならない」
そうだ。僕はこの場所がプライベートスペースになると期待してここに来たのだ。
先客がいたのではその話はチリと同じ。
「そう、ですか……」
声のトーンが落ちると同時に顔を伏せる明日晴さん。
なんだろう。このもやもやとした気持ちは。
まるで僕が明日晴さんに悪いことをしてしまったかのような感情がドクドクと湧いてくる。
それを紛らすように僕は再び明日晴さんに問う。
「……じゃあ、どういう経緯でここを知ったのか教えてほしい」
「教えたところで意味のない情報です……」
「……じゃあ、なんで君は狐の面を付けているの?」
「霜月さんにとって私は知的欲求を満たすための都合のいい女でしかなかったんですね……」
「誤解を招くようなことを言わないでほしい。いや、間違ってはないんだけど」
「もう、拘束でもなんでもして洗いざらい吐かせればいいじゃないですか!」
「だから何故僕を性犯罪者にしたがる……」
「こういう発言を男性は好むと認識してるんですけど……違いますか?」
そう言うと明日晴さんは首をかしげて聞いてくる。
人によって変わるかもしれないが少なくとも僕は違くない。
狐の面。
自分で学校に持ってきたのかと思ったがそうではないらしい。
さっき本を探した時に、少し目に映ったが、周囲に本はない。
しかしサンタの帽子や達磨など、それ文芸に関係あるのか? といった置物はちらほら置かれていた。
となれば明日晴さんの着けている狐の面もその一つに含まれるのだろう。
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