霜月光は健全でありたい
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見たくない、見たくない──そう思いながらも目は何かを捉えようとしている。
生物の本能なのだろうか。
こうして僕は目の前の光景を目いっぱいに目撃した。
百八十度回転した僕の目に移った光景には──恐ろしい化物がいるわけでもなかったし、いくつもの刃が僕方向に向かってくるわけでもなかったし、視界が黒や白、そして赤に染まることすらなかった。
そこには、僕をひぱった反動で倒れそうになっている狐の半面をつけた──
──一人の少女がそこにいた。
届く範囲だったからか、自然と僕の手は今にも倒れそうな少女の手首目掛けて伸ばされていた。
きっとこういうところでも人助けをしようとするのは、僕の両親が正しく育ててくれたからだろう。
手に感触が伝わったと同時に、自分の方へと引寄せる。
だが咄嗟のことだ。
僕自身も引き上げた後のことなど考えていなかった。
少女は僕の方へと前のめりになっていたし、僕の身体は後ろに向かって傾き始めていた。
ここから立て直すことはもう厳しかった。
幸い、後ろにはドアがあるので背中にかかる衝撃は床に比べればましだろう。
問題は少女だが、……僕がクッションになれば多少どうにかなるか。
少女の腕を自分の方へと更に引き、少女の後頭部に手を回す。
この過程の際に抱き寄せるような形になってしまったのは不可抗力だと了承してほしい。
その一連の動作の直後。
バンッ!
勢いくドアに叩きつけられたように背中に衝撃が走り、僕は扉に寄り掛かったような体勢になっていた。
それも厳しくて、ずるずると下へ落ちていき、完全に座り込んだところで抱えていた小さな頭から手を離した。
「痛ってぇ……」
「だ、大丈夫ですか!」
斜め上からそんな声が聞こえてくる。焦って少し怖がっている、まるでさっきの僕のような声。
声の方を見上げると、中腰で見下ろすようにして狐がこちらを見ていた。
……近っ。
少女の視界は今僕の顔しか映っていないだろう。僕がそういう状況だから。
心配してくれているというのは物凄い伝わってくる……のではあるが。
女性耐性皆無の僕には破壊力が強すぎたので、地面へと視線を泳がす。
そのままの流れで僕が立ち上がろうとすると、慌てて少女は距離を取った。
「あの、お怪我は……」
「大丈夫、それじゃあ」
再びドアノブを握ると、
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで帰ろうとしちゃうんですか!」
僕の空いている方の腕を今度は少女の両手が捉える。
「いや、部室間違えたみたいなんでここら辺で失礼させてもらいます」
もう一度、脱出試みる。
「嘘だ、だって鍵かかってたもん! 鍵を持ってなきゃ入れないはずです!」
…………。
「これはマスターキーと言ってすべての部屋の鍵を開けることができるんだよということで失礼しました」
「過去形にしないでください! 出ていたら大声で胸揉まれたって叫びますよ!?」
……そういう脅迫流行っているのだろうか?
ていうかどうしてどいつもこいつも僕を性犯罪者にしたがるんだ……。
ため息をつき、僕はとうとうドアノブから手を離した。
今のだって十分大きな声だった。
こんな茶番が繰り返されたら、下手すりゃ睡眠研に聞こえて本当に僕が変態扱いされかねない。
大人しく従うしかないらしい。
……でもなんだろう、……すごいこの空気に慣れてしまった感じがある。
なんなら、暇だし少しぐらいここにいてもいいか、なんて考えている自分がいる。
それを瞬時に悟られたからか、少女はドアに鍵をかけ僕に椅子に座るよう促した。
「とりあえず座りましょう」
指示通りに僕は座った。
「あ、お茶飲みますか?」
そう言って少女が向かった先には……コンロがあった。
「なんで本という可燃物があるのに火器があるんだ……ってあれ……?」
僕がこの部室に恐怖を抱いた一つの原因かもしれないことを呟く。
「本棚が、ない……?」
部屋には本棚と呼べるものがなかった。それどころかこの部屋の本は、机の上に置かれた国語辞典一つしかない。
おいおい、本当に部室を間違った可能性ないか?
ここ、占い研究会だったり……この人占いできそうだし。
何か文芸室という証拠がないものかと、周囲を観察していると、壁の中央上に格言のようなものが書かれた紙を発見した。
書道部に書いてもらったのだろうか?
覇気を放つかのような力強い字でこう書かれていた。
『文芸部心得 自分の物語の主導権は自分自身にある 文芸部部長』
主導権……か。確かに主導権は自分にあるかもしれない。でもそれを誰もが自由に操ることができるかと言われれば……話は変わってくるだろう。
舵を持っていても乗船の技術がなければ自由に船を操ることはできない。
大秘宝を探しに行けない。
舞台に立てないのと同じだ。
小説にしても人生にしても根本的なものは一緒らしい。
これでここが文芸部だという証明にはなったが──だとしたらこの少女は何者なんだろうか。
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