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天津飯と

誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。

 やることもなくなったし、帰るか、と新校舎へと向かって歩き出す途中。

 今日の昼食時のサンドイッチが唐突に頭に浮かんだ。


 楽によればサンドイッチは何種類かあり、それらどれもが魅力を放ち切磋琢磨してたとのこと。

 

 無論、購買はサンドイッチだけ販売しているわけではなく、メロンパンにカレーパン、王道の焼きそばパンも出ているらしい。


 考えれば考えるほど思い出すサンドイッチの味。

 明日買ってみるのも悪くないかもしれない。今、財布に何円入ってるけ?


 財布は制服のポケットに常時入れてあるので、この通りすぐ確認できる……と、何か財布ではない硬く冷たい感触が手に当たる。


「ん……?」


 それを手に取りポケットから出したところ──鍵だった。


「──ああ、そういえばそうか」


 独り言をこぼし、僕の脳内は文芸部の部室──略して文芸室で埋め尽くされた。


 昨日貰ったこの鍵は文芸室の鍵らしい。

 オカルト研に入る対価としてもらったものだった。


 加え、顔も名前も知りもしない先輩から託された──間接的に授かった鍵。


 これでワクワクドキドキ盛り上がらないやつもいるかもしれないが、少なくとも僕はウキウキするタイプだ。


 時刻は四時。


 よし、まだ下校時間には余裕があるから今日試しに行ってみよう……と思ったまでは良かったが肝心の文芸室の場所が分からない。


 手あたり次第っていうのもよくないな。

 下手すりゃ変出者としての噂が立ちかねない。

 

 大筆先輩ならどこに位置するか分かりそうだが、あんな格好つけた後で戻って来るなんてあまりもダサすぎる。


 元中の先輩もいるにはいるだろうが、同学年ですらコミュニティが恐ろしく狭い僕に頼れる先輩などいるはずもなかった。

 

 悲しい現実からは逃避するとして。


 他に部室に関して詳しい人間…………一人いた。



 二回ほどノックし、僕は目的地へと入る。


「失礼します」


 少し心もとないない蛍光灯で照らされているこの部屋。

 

 僕の声を聴いたからか受付窓口のようなところからおじいちゃんが顔を出す。

 見るからに優しそうなおじいちゃんだ。


「やあ、こんにちは。天津飯作ったけど食べるかい? この歳になると食が細くてね。この量さえ食べきれるか不安なんだ」


 マジで天津飯作ったんだ。


 管理室。


 旧校舎全体の部屋の鍵を管理している場所。

 必然的にどの鍵がどの部屋に一致するのか確認するための表があるはずだと僕は踏んだ。


 管理人のおじいちゃんからのご厚意(天津飯)を窓口から受け取って、近くにあった椅子に座り、天津飯を食べながら僕はうますぎっ……じゃなくて要件を言った。


()()()()()()って部室棟のどこにあるか知ってますか?」

()()()()()()()()()? それじゃったら茶道部と和菓子部、あとあんみつ同好会が持っとると思うぞ」

「違います。文芸部の部室です。……ていうかなんであんみつだけに限定した同好会があるんだよ……」

「ああ、文芸部……久しぶりに聞いた気がするのぉ。えっと、どこじゃったか……?」


 きらりと光るおでこを手で叩き管理人のおじいちゃんは考える。

 結構強く叩くもんだから、脳出血になっていなか内心ヒヤヒヤした。


 おじいちゃん、もっと自分を大切にしてくれ。

 相変わらずに美味い天津飯を食べながら、そう心の中で呟く。


 久しぶりに聞いたということは文芸部元部長と交渉した管理人というのはこのおじいちゃんのことなのだろう。


 確かに人が良すぎるから鍵の一つや二つ簡単に貸してくれそうだが、文芸部に鍵を貸したことは忘れていたんじゃなかったか? たしかそういう事情で今僕の手には文芸室の鍵があるはずだ。


「文芸部部長を覚えてますか? 今年卒業したっていう」

「勿論。ここ十数年止まっていた文芸部の歯車を動かしたのはその子じゃった」


 どうやら毎回訊き返されるわけでもないらしい。

 よかった、と安堵したのは最終下校時刻までには文芸室に行っておきたかったから。


「止まっていたってことは廃部にはなってなかった、と」

「その通り。伝統ある部活だということは学校側も分かっていたから、心臓ともいえる文集などは倉庫に保管されとる。ただ、部室は消滅。どこにあったのかさえ、もう誰も覚えとらん。わしも最近忘れてしまった」


「最近物忘れがひどくてのぉ」と苦笑する管理人。


 つまりこの鍵は元々の伝統的な文芸部の部室の鍵ではないということか。


 それからまた黙々と天津飯を食べ、半分まで食べきった頃、そろそろ本題を伝えなくてはと僕は気づいた。


 やはり無断で部室を使うという行為はあまり気持ちの良いものではないということで、ここに到着するまで考えた結果、僕は一応確認を取ることにしたのだ。


 だが、せっかく継承しようと鍵を残してくれた文芸部元部長の想いも無駄にしたくはなかった。


 なので。

 

 断られたら僕もなんとか交渉するつもりである。


「実は僕、文芸部元部長が使っていた部室の鍵を持ってて、……引き続き僕が使っても平気ですか?」


 おそるおそる僕が訊くと、


「構わんぞ。なにせ、管理人のわしでさえ認知してなかった空間じゃ。ないも同然といっていいからのぉ」


 管理人のおじいちゃんは優しく微笑む。

 許しは得たがどうも引っ掛かる部分があったな。


「認知してない?」

「そう。長年管理人をしてきたわしが『そんなところに部屋があったのか』そう思った場所……なんじゃがやっぱり思い出せん、どこじゃったか……喉元まで出かかっている気はするんじゃが……」


 管理人はまた難しい顔になり、腕を組み、考えるような姿勢になる。


 認知していない。


 長年、ベテラン、エキスパート──


 そんな管理人が把握してない部屋。

 そんな部屋だが鍵だけは管理室で管理していた、なんてことがあるのだろうか。


 いくらなんでも変。違和感を感じる。


 そもそも本当に交渉材料は鍵だったのか? 

 あっさり承諾されたあたり、どうしても鍵を交渉するイメージが湧かない。


 鍵でないとするなら──文芸部の止まっていた時間を動かした……つまり交渉材料は鍵ではなく、文芸部と名乗ることだった、とか。


 もしそうだとするなら、なんでそんなことする必要があったのだろう。


 わざわざ大筆先輩に嘘をつかなければいけない事情があったのだろうか、文芸部元部長には。


 ……いや、違うか。確かこのおじいちゃん忘れっぽいんだった。

 よくボケてくるし。

 

 どちらにせよ、部屋の使用の許可が下りたのだ。

 深く考える必要はないのかもしれない。

読了、ありがとうございました。


もしよろしければ、広告下、星の評価【★★★★★】とブックマークをしてくださると、大変嬉しいです。

狂ったように喜びます。

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