鍵の在処
誤字がありましたら、報告してくれると幸いです。
部室の内装をぐるっと一周見渡してみる。
戸棚や引き出しは一応あるものの、大筆先輩の付近には見当たらない。
鍵をかける間のほんの数秒以外、僕は大筆先輩から目を離していなので、鍵を隠すなら──ポケットのはずだ。
大きさがそれほどなけらば、自分の手元に保管しておくのが一番安全だし、尚且つ隠す際の動作や音も最小限で済む。
制服の横のポケットか胸ポケットになるのだが。
僕は目線をそのポイントに向けたが、大筆先輩の「ん? どうかした?」とあまりにも純粋な言葉ですぐに目を逸らした。
……あまりにも失礼すぎたな、今の行動は。
そもそも大前提として、そんなところを探り回したら本当に僕は性犯罪者になってしまう。
故に僕は。
──何もできない。
どうやらどちらかの根気折れが敗北条件らしい。
僕が入部するか、大筆先輩が鍵を渡すか。
なんかそういう点でこの先輩強そうなんだよな……。
結局僕が負けるなら、もういっそのことこの同好会に入ってしまおうか。
それにさっき事情とかなんとか言ってたよな。
……一応理由ぐらいは聞いとくか。
もしかすると、僕の見た目がいけなかったのかもしれないし。
目は前髪で少し隠れ、無口で、読書好き。
…………。
……もはやテンプレじゃないか。
それもただのテンプレではなく、オカルト強者のテンプレだ。
大筆先輩は僕を強力な助っ人か何かと勘違いされているのかも。
もしそうなら誤解を解けば、ついでに解錠してくれるかもしれない。
僕は大筆先輩に質問する。
「なんで僕に入ってほしいんですか? ……言っときますけど、僕オカルトそんな詳しくないですよ」
「ああ、そこは別に大丈夫だよ。同好会がこのままだと潰れちゃうから入ってほしいだけなの」
潰れてしまう?
それが理由ならば、部活動勧誘の花道に参加していないことに矛盾しているような。
これほどの容姿を持った人がいると認知されれば、オカルトに興味はなくとも入部希望者は続出するはずだ。
主に男の。
まさに入れ食い状態になること間違いなし。なんなら部に昇格だっていとも容易いことだろう。
それに──
「……いや、さっき私達って言ってましたよね?」
同好会は二人いれば作ることができる。
存続も可能。
今朝楽に教えてもらったばかりのことである。
図書館での対面時、私達と言っていた時点で、二人以上いるのは確定であり、潰れる心配はまずないはずだが……。
……まさか。
「うん、私達──霜月君と私でね」
……やはりか。
先ほどの違和感──何故大筆先輩は一人で持てるほどの重量の本を半分に分け、そのうえで僕に渡したのか。
それはここに僕を誘い込むための──罠だった。
助けた時点で僕がオカルト研の一員になる未来は確定していたらしい。
「後輩の善意を利用するなんてとんでもない先輩だ……」
「ち、違うの! だって私が──この同好会が潰れたらこの学校終わるんだよ!?」
「ああそうなんすね」
「相手にされてない!? 私は少し傷ついたよ? 霜月君」
大筆先輩は少し怒ってる風の表情を作る。
少々返しが適当に言い過ぎたかもと思ったが、言ってることがいい加減なのだ。
これに関しては正しい接し方なのでは?
にしてもこんな顔も映えるなんて、僕が疑ぐり深い人間でなければこの一連のコミュニケーションで確実に惚れていただろう。
「こんな美少女と二人きりで部活できるのに何が不服なの……!」
「自分で美少女って言っちゃうんだ。まあ間違ってはないですけど」
「ほ、ほんとに……?」
だから照れないでください。
共感性羞恥により、言った側も照れざるを得なくなる。
誰が野郎のときめいてる絵面に需要をもたらすというのだろう?
「幽霊部員でもいいよ……」
ここに来て遂に大筆先輩が下に出る。
それが先輩を美人だと肯定したからなのか、少しだけ負けてくれたのか、僕には判断しようがない。
しかし決定的な事はこれがチャンスだということ。
もう一押し、あと一押しすれば、僕はこの勝負に勝てるかもしれない。
「そう言ってまた詐欺るんでしょ。後輩の僕をこき使って情報収集させたり。挙句の果てには心霊スポット調査させたり」
「うぅ、一切の信頼を失ってしまった……あ、そうだった、あれがあったじゃん……!」
何かを思い出したかのように、大筆先輩は制服のポケットに手を突っ込む。
「じゃあこれも一緒だったらいい?」
手に持っていたのは──鍵だった。……割引券か何かだと。
「……そもそも、本題はこっちだから」
大筆先輩は小さくそう呟く。
僕にはどういう意味か分からなかった。
確かにこれを受け取れば、晴れて僕は帰宅できるが、同時にオカルト研究会に入るということになる。
鍵を貰って入部するか、入部して鍵を貰うかになっただけだが、そこに何か違いがあるのだろうか?
……まさかこの人、僕がその違いに気づけないほどの阿呆だと──
『困っている人がいたら、助けられるなら助けなさい』
『正義と悪の判別がつけれるように、な』
…………。
耳元で聞こえるように、脳内で再生されたその言葉。
小さい頃に両親に教えられた、僕を形成してきた上でもっとも重要であり──大切な言葉。
ここ数年、そんなこと気にしたことなどなかったのだが、なんで今思い出したのだろう。
ひょっとしてここが僕の人生の分岐点なのだろうか。
その教えにのっとるとするなら、この人は困っているし、助けようと思えば助けられる。正義か悪か……それはまた別の話だな。
うーん。
…………。
僕は大筆先輩をじっと見つめる。
すると大筆先輩も対抗するようにこちらを見つめ返してきた。
負けじと堪えるようにして。
大筆先輩は視線が泳ぐのを必死に我慢しているがそれは、目を逸らした方が負けとし決着とする、というお互いに暗黙の了解があったからだろう。
数秒経った末、
「……はぁ」
結局僕が目を伏せてしまった。
やはり根気で大筆先輩に勝つことはできないらしい。
視線を大筆先輩に戻すと、先輩の顔は希少生物をみたかのように驚いたものになっていた。
「どうかしましたか?」
「いや、霜月君って笑えるの……?」
「……笑えますけど、笑ってないです」
……しまった。また知らず知らずのうちに口角が上がってたらしい。慌てて口元を手で隠す。
「そんな優しい微笑みもできるようになったとは……やっと、やっと心を手に入れたんだね……!」
「いつの間に僕は人を理解できない悲しいロボットになったんだ……」
高校でも僕はコミュ障か、人間不信キャラで通っていくものかとばかりと思っていたが、事実大筆先輩とはこうして会話ができている。
それは僕が少しずつ、前向きに歩を進められている証拠だった。
だからといって。
人との関りをもつのが怖いかったのは思い込みだった、と言いくるめことはできない。
きっと大筆先輩だったからこうも気楽に話せたのだ。
なにせこの人、信じる信じない以前に分かりやすい。
駆け引きが不要なほどに素直で純粋なのだ。
僕を勧誘したわけは終始分からなかったが、もうこれ以上耐久しても時間の無駄だろう。
「もう、わかりました。僕の負けです。入りますよ」
「……え、どこに? 地中に?」
さっきから僕人は間として認識されてない模様。
「違います、オカルト研にです」
「……え!? ほ、ほんと!?」
「でも、幽霊部員っていう条件付きでいいですか。放課後は家に直行したいので」
「も、もちろん全然いいですとも! あ、手続きの準備させていただきます」
急に敬語になったかと思うと、大筆先輩はあらかじめ用意していたであろうペンと入部届を僕に差し出す。
まさか僕に入部届を書く日が来ることになるとは。光──見るたびに思うが本当に僕に合っていない名前だ。
けれども僕はこの名前を気に入っている。
両親がつけてくれた名前だから。
ともあれ。
先輩は同好会を残すことができ、僕は人間不信のリハビリとしてちょくちょく顔を出す。
互いに利害関係を結んだのだった。
書き終え、大筆先輩から鍵を受け取る。
「そしたら申し訳ないんだけど、帰りがけに職員室行って提出してもらってもいいかな?」
「分かりました。じゃあ、僕はこれで」
「うん、暇だったらいつでも遊びに来ていいからね。歓迎します」
微笑む大筆先輩に一度ぺこりと頭を下げてから、僕は扉の前に立った。
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