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冒険者の宿四方山亭  作者: 赤辻康太郎
3/4

ヤルパンの商人~前編~

第三話です。少し長くなりそうだったんで前後編に分けました。

「御免ください」

 ある日の昼下がり。朝の仕事を終えた四方山亭に来客があった。扉を開いたのは藁に包まれた背負い箱を背負った若人。その後ろから長い髭を蓄え杖をついた老人が続く。

「はーい」

 休憩中でお茶を飲んでいたミェンは、その声にパタパタと表に出る。

「いらっしゃいませ。あ、お久しぶりですゴンゾウさん」

「お久しぶりです」

 ゴンゾウと呼ばれたその老人は、立派に蓄えた髭を撫でながらミェンに微笑み返した。ゴンゾウは東の島国ヤルパン列島連邦の商会の長であり、で年に数度商いのためにヴェルスベルグを訪れる。そのおり四方山亭にも顔をだしていた。

「店主さんはおられますかな」

「少々お待ちください」

 ミェンは直ぐにロイドを呼びに行く。厨房で仕込みをしていたロイドは、ゴンゾウの訪問に急ぎ足で表に出た。

「お久しぶりですゴンゾウさん」

「ご無沙汰しております。お店の具合はいかがですか?」

「相変わらずっといったところです。そちらは?」

「こちらも、と言っておきましょう」

 二人が軽く挨拶をしている間、ミェンは椅子を引いてゴンゾウと連れの若人に座るよう勧めた。ゴンゾウは礼を言って座り、若人にも座るよう言う。

「ふう。この年になるとアチコチにガタが来てかなわんですな」

「何を仰る。まだまだ現役でしょう」

 ロイドは二人にお茶とお茶うけのビスケットを差し出した。ゴンゾウはお茶を一口啜ると「ほう」と一息ついた。

「ほっほっほ。確かにまだまだ若い者にも負けんと気張ってきましたが、どうにもそうはいかんのですわ」

「と言うと?」

 ゴンゾウはお茶をもう一口飲むと、髭を撫でながらポツリと語りだした。

「腰は曲がるし節々は痛む。おまけに最近は目も悪くなる。このまま耄碌した爺が居座るよりは後人にさい」

 ある日の昼下がり。朝の仕事を終えた四方山亭に来客があった。扉を開いたのは藁に包まれた背負い箱を背負った若人。その後ろから長い髭を蓄え杖をついた老人が続く。

「はーい」

 休憩中でお茶を飲んでいたミェンは、その声にパタパタと表に出る。

「いらっしゃいませ。あ、お久しぶりですゴンゾウさん」

「お久しぶりです」

 ゴンゾウと呼ばれたその老人は、立派に蓄えた髭を撫でながらミェンに微笑み返した。ゴンゾウは東の島国ヤルパン列島連邦の商会の長であり、で年に数度商いのためにヴェルスベルグを訪れる。そのおり四方山亭にも顔をだしていた。

「店主さんはおられますかな」

「少々お待ちください」

 ミェンは直ぐにロイドを呼びに行く。厨房で仕込みをしていたロイドは、ゴンゾウの訪問に急ぎ足で表に出た。

「お久しぶりですゴンゾウさん」

「ご無沙汰しております。お店の具合はいかがですか?」

「相変わらずっといったところです。そちらは?」

「こちらも、と言っておきましょう」

 二人が軽く挨拶をしている間、ミェンは椅子を引いてゴンゾウと連れの若人に座るよう勧めた。ゴンゾウは礼を言って座り、若人にも座るよう言う。

「ふう。この年になるとアチコチにガタが来てかなわんですな」

「何を仰る。まだまだ現役でしょう」

 ロイドは二人にお茶とお茶うけのビスケットを差し出した。ゴンゾウはお茶を一口啜ると「ほう」と一息ついた。

「ほっほっほ。確かにまだまだ若い者にも負けんと気張ってきましたが、どうにもそうはいかんのですわ」

「と言うと?」

 ゴンゾウはお茶をもう一口飲むと、髭を撫でながらポツリと語りだした。

「腰は曲がるし節々は痛む。おまけに最近は目も悪くなる。このまま耄碌した爺が居座るよりは後人に道を譲ろうと思いましてな」

 今回の行商もその挨拶回りだというのだ。

「それはそれは……」

 ロイドは言葉に詰まった。ゴンゾウはロイドが四方山亭を引き継ぐ前からの付き合いであり、長い間世話になった中である。そのゴンゾウが、年のせいとは言え引退するというのだから寂しさがこみ上げてくる。

「もうこちらには来られないのですか?」

 ミェンも寂しそうに尋ねる。ゴンゾウは二人の態度に、嬉しそうに目を細めた。

「残念ですが、年のせいか長旅も辛いので。その代わり、私の後はこれが継ぎますので」

 そういって、ゴンゾウは連れていた若人の肩を叩いた。

「これは私の孫でキンゴと申します。これキンゴ、ご挨拶なさい」

「はい」

 初めて口を開いた若人、キンゴは椅子から立ち上がって深くお辞儀をした。

「この度、祖父の後を引き継ぎ、このヴェルセブルグ方面の商いを担うことになりましたキンゴと申します。よろしくお願いします」

 よく通る声大きなでキンゴは引き継ぎの挨拶をする。それにつられてロイドとミェンもお辞儀をし返す。

「よろしく。俺はロイド。この四方山亭の店主をしている」

「私は従業員のミェンです。よろしくお願いします」

 顔を上げ、握手を交わすロイドとキンゴ。二人の様子を見て、ゴンゾウは満足そうに頷いた。

「今後はこのキンゴが行商に参りますのでよろしくやってください」

「こちらこそ。今後ともご贔屓に」

「よろしくお願いします」

 引継ぎの挨拶が終わったところで、ふと疑問に思ったミェンが聞いてきた。

「そういえば、店主(マスター)とゴンゾウさんはどういったご縁だったんですか」

 冒険者の宿の店主と商会の会長。接点がないことはないが、二人はロイドが宿を継ぐより前からの知り合いというのだから、その馴れ初めが気になったのだ。

「どうでもいいだろそんなことは」

 ロイドの表情が微かに厳しくなる。あまり自分の事について語りたくないロイドは、ゴンゾウとの出会いもしゃべりたがらなかった。しかし対照的に、ゴンゾウは嬉々として話し出した。

「それわねミェンさん。これですよ、これ」

 ゴンゾウはキンゴが背負っていた荷物箱を杖でポンポンと叩いた。ミェンは訳が分からず首をかしげる。

「キンゴ、中を見せてあげなさい」

 キンゴは頷くと、箱を覆っていた藁と外し、箱の蓋を開け中身を取り出す。

「その荷物ですか?」

「ほっほっほ。確かにこれらも大事ですが、肝心なのはこの『箱』です」

 ゴンゾウの言葉にキンゴが箱の内側を見せると、そこには真ん中に玉をあしらえた、見慣れた紋様が描かれていた。

「え? これ保冷箱の魔法陣?」

 箱に描かれていた文様は四方山亭で使用している保冷箱のものと酷似していた。

「そう。この魔法陣が我々の販路を大幅に広げてくれたのですよ」

 四方山亭の保冷箱とゴンゾウの荷箱、どちらもロイドが作ったであった。

「私たちが出会ったのは、ロイドさんがまだ#冒険者__・__#だったころでした」

店主(マスター)が冒険者だった頃……」

 ロイドが元冒険者だった事はミェンも知っていた。けどその頃の活躍を、ロイドは頑なに語りたがらなかった。

「当時私はヴェルセブルグに商いに行く途中でした、その道中で護衛として雇ったのが、同じくヴェルセブルグに向かう途中だった冒険者のロイドさんとアレスさんでした」

 ヤルパンから護衛は雇っていたものの、その護衛が道中流行病に罹ってしまった。道中は野党や魔獣の出る可能性があり、このままではヴェルセブルグまで辿り着けるかが不安になっていたころ、たまたま冒険者として駆け出し中だったロイドをアレスに出会った。これは渡りに船とばかりに、ヤルパンの護衛を医者に預け、すぐさま二人をヴェルセブルグまでの護衛として雇ったのだと言う。

「その道中で商売の話になりまして、ロイドさんに相談したのですよ。『生物(なまもの)を遠くまで運ぶ方法はないか』と」

 古今東西において長距離での行商の主な商品は工芸品や宝石、貴金属といった無機物しかなかった。生のものはドライフルーツや干し肉、魚の燻製といった比較的保存がきくのものか、小麦かライスなどの穀物くらいしかない上に

距離もせいぜい馬車で半月ほどの距離しか運べなかった。

「そこでロイドさんが教えてくれたのですよ、荷箱に温度を保つ結界術のことを」

 結界術とは魔術ので陣術とも呼ばれている。魔力を込めた特殊な塗料で紙に魔法陣を描いたり、魔力そのもので陣を描くことで効果を発揮する。効果は描かれた陣の紋様によって、範囲は陣の大きさによって決まる。大きいものでは都市一つを覆う程のものもある。ロイドが教えたという荷箱に施すものは比較的小さいサイズのものと言える。

「それがこれですか」

「そう。これのおかげで、我々の販路は格段に広がったと言ってもよいでしょう」

 ゴンゾウは自分の事のように誇らしげに言ったが、ロイドは渋い顔のままだ。

「それは買いかぶり過ぎですよ。それで広げられる範囲なんてせいぜい半月がひと月になった程度だし、生肉や野菜に至っては殆ど変わってません」

「半月の距離しか運べなかったものが二倍の距離を運べるようになったのです。それだけでも大きな発展と言えるでしょう」

 そもそもその技術は自分だけのものではないとロイドは言う。

「ヤルパンにだって温度を一定に保つ結界術はあったし扱える術師も居たはずです」

「確かにヤルパンにも居りました。しかしそれは一部貴族お抱えの術者のみ。しかもこの部屋を一定温度に保つために四人の術者が必要なほど効率が悪かった。しかしこの紋様は違った」

 ゴンゾウは箱に描かれた紋様をそっと撫でる。まるで「お前は素晴らしいぞ」と語りかけるようであった。

「この結界術は違った。魔力石を使うとは言え、この箱の中を正確な温度に保ってくれる」

「それは範囲が限られているからです」

「かもしれません。しかし魔力石から放出される魔力を効率よくかつ正確に変換し調節してくれる紋様を描ける術はヤルパンの宮廷魔術師でも真似できますまい」

 ロイドの発する否定の言葉を、ゴンゾウはあっさりと打ち返していく。まるで弟子が師匠と問答をしているようだ。普段からは見られぬロイドの様子に、ミェンは珍しいものを見ている気分になってきていた。いくら何でも、こうも自分を否定できる人もそうそうはいないだろうと。

「兎も角、ロイドさんのお陰で我々が扱える商品の幅が増え、運べる場所も遠くまで行けるようになった。これをロイドさんの功績と言わずしてなんと言うでしょうか」

 ゴンゾウは笑ってそう言うが、ここだけは譲れないと、眼が語っている。その視線に観念したのか、それ以上ロイドは何も言わなかった。


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