コードネーム
翔の親族に見送られ、漁港の駐車場に向かった響は、自分の赤い軽自動車の後部座席で楽しげに話している翔達を見て微笑んだ。
響は運転席に乗り込むとルームミラー越しに、
「お兄、後ろでいいの? 狭くない?」
行きに上半身助手席だったので、一応、確かめてみた。
「別に、気にならないけど?」
「じゃあ帰るね♪」
オーディオのボリュームを少し上げ、発進させた。
駐車場を慎重に出て、海沿いの細い道へ。
他に走っている車が無い事にホッとしつつ、緩やかなカーブを加速して――
「お姉ちゃん! 待って!」
「え?」ブレーキ!「ソラ君どうしたの?」
オーディオをオフる。
「お兄ちゃん、落っこちちゃったよ」
「しょーがないわねっ」ゆっくりバック。
「道にメリこんじゃってるね」
「ホント、しょーがない お兄だね。
ソラ君、助けてあげられる?」
「うん♪」スッと外に通り抜けた。
座った格好で背中から落ちたらしく、手足しか道路から上に出ていないお兄の手を翔が引いて浮かせた。
そして、翔は後部座席に戻った。
「開けてくれよ。お~い」窓を叩く振り。
「「必要ないよね?」」
「あ……そうか」入った。
「お兄ちゃん、ちゃんと物をニンシキしないとスリぬけちゃうんだよ?
朝、ボク言ったよね?」
「うっかり……すまん」
「お兄、新米なんだから、ソラ先輩の言った事、ちゃんと覚えなさいね」
「は~い」
「マジメにしないとショウメツだよ?」
「はい。真面目にします!」
「ね。お兄ちゃんも名前、忘れたの?」
「……覚えてるよ」
「ソラ君も『お兄』でいいよ」
「名前、言っちゃダメなヤツ?」
「そうじゃない、よな? 響?」
「まぁ何も無いけどね」
「ボクが聞いちゃダメなヤツ?」
「それもナイナイ!
お兄は、翔だよ。
ソラ君と同じ字なんだよね」
「同じ字で、どっちも交通事故なんだよなぁ」
「そこに繋げるのも、なんだかなぁ。
なんか、呪われた字みたくなるから、深く考えちゃダメだよ。
ソラ君も、お兄も」
「ボクも『お兄』でいいの?」
「よしっ! じゃあ、こうしよう♪
ユーレイ探偵団員コードネーム
『お兄』と『ソラ』♪ どうよ?♪」
「それなら『カケル』と『ソラ』の方が――」
「お兄は『お兄』でいいの!」
〈そうか。奏の呼び方か?〉
〈言うなっ!〉
「とにかく『お兄』なのっ」
「じゃあ、それで」「決っまり~♪」
「次は『家』ね。
ソラは朝 見せてくれた公園の木でいいの?」
「うん♪ あの木、やさしいから好き♪」
「確かに、いい家だよね♪」
「うん♪」
「お兄は? 交差点?」
「ちょい待ち! 何の話だ?」
「どこに住む気?」
「え? 住む?」
「拠り所? 宿り木? とにかく『家』よ」
「必要……なのか?」
「えっとねぇ、なんにもなくてレイタイを保つよりも、保ちやすいんだよ。
でもね、ヒトによって、モノとのアイショウがあるんだ。
ボクは木がイチバンなの」
「俺……」
「サイオンジに相談しようか?」
「うん♪ それがいいと思う♪」
「西園寺……さん?」
「たぶん違う」「たぶんね~」
「だからっ! 二人だけで納得するなっ」
「あの公園のヌシなオジサン」
「いろいろ知ってるボクのシショーだよ♪」
「ユーレイ歴70年くらいみたいよね」
「名前のどっかに『サイ』が入ってるんだ」
「で、ハイジよろしく『オンジ』を付けて」
「みんな『サイオンジ』って呼んでるんだ」
「「ね~っ♪」」
「みんな……?」
「公園にイッパイ住んでるんだよ。
だいたいサイオンジが家決めてくれるの。
池とかブランコとかって。
みんな喜んで住んでるよ。
サイオンジは、セキヒってゆーの?
石に字が書いてあるヤツに住んでるんだ」
「ふぅん。
しっかし、モノに憑くって……なんかユーレイってより妖怪な気分だなぁ」
「そーゆーヒトは、フツーに家に住んでたりするよ。生きてた時みたくね」
「実家に帰るのも、なんだかなぁ」
「文句が多いわね。
だったらアパートに憑けば?
お兄の友達が住んでるわよ」
「友達って? 誰だよ?」
「バーベキューで見た顔が出て来たってだけ。
名前までなんて知らないわよ」
「何でそんな事……響、まさかストーカー?」
「誰がよっ! たまたま見たのっ!
ホントに交差点に放置しようかしら~♪」
「待ってくれ! いや、悪かったって!」
「反省が感じられないから放置決定♪」
「おいっ!?」「何よ?」
「放置って?」「その言葉に他の意味ある?」
「いや、だからっ!」
「お兄にとって、事故現場で呪縛地だから~」
「動けなくなっちゃうかもね。でしょ?」
「その通り♪」
「ボクもバスが燃えたトコ行くなって言われてるんだ。
ジバクレイなるからって」
「って、つまり俺を地縛霊にしようとしてたのか!?」
「みたいなモンだったでしょ? 半年も」
「に、してもだ。
もう少し優しくできないのか?
本来なら現在、義兄になってる者にだ、その扱いはナイだろ?」
「お兄と お姉ちゃんってホントにコイビトじゃないんだ~」
「「違う!」」
「ふぅん。ピッタリなのにね」
「私の お姉ちゃんの恋人。
生きてれば、3ヶ月前に結婚してたヤツ」
「もしかして、お姉ちゃんの お姉ちゃんには見えない?」
「そう。
ほぼ毎日あの交差点を通ってるのに見えてなかったし、他のユーレイも見えないの」
「だったら俺が様子を見るくらい――」
「気配に気づいたら、また前を向けなくなるでしょっ!!
ゼッタイ近寄らないでよ!!」
「ボクみたく、うまくいかないんだね……」
「ソラ……ありがとな」
「お兄、元気だしてね。死んでるけど……」
「ひと言余計だ……響」
「ま、しんみりするな♪
ユーレイがネガティブになると空気が冷えるし、気持ちが悪いんだからね」
「夏なんだから、冷えていいだろ?」
「爽やかに涼しいのとは全く違うの!
じめ~っと、じと~っと、心が冷えるの!
暑いまんまねっ!」
「そんなもんなのか?」「ボクも知らない」
「そういえば、ユーレイは名前忘れるの普通なのか?」
「んとね……カラダにいろいろ忘れものしちゃうみたい。
トツゼン死んじゃったらイッパイ忘れるの」
「魂が放り出されるから、持って出られないみたいね。
だから名前に限らず、いろいろ忘れるのよ。
強い思いだけを必死で持ってたりするから、ユーレイは怖がられるのよね。
怨みつらみだけ握りしめて、判断力とか、優しさを失ったヒトって怖いでしょ?」
「そんな事になるのか……恐ろしいな」
「あとは、記憶を持って出たけど、開け方を忘れてたり、ね」
「それ、ボクだよね?」
「そうね。その場合はキッカケあげたら、ちゃんと開けられるのよ」
「知ってるトコ入ってポロポロって思い出して、おばあちゃんの声でバババッて思い出したんだよ!♪」
「両親が分かって良かったな♪」
「お父さんは、お母さんといたから、たぶん そうなんだって思ったんだ」
「思い出せてなかったのか?」
「もともと……あんまり……だってボクが2才の時なんだよ?
お父さん死んじゃったのって」
「海で、でしょ?」
「うん。漁師だったんだ。
テンプクしてユクエフメイなったって。
でも、ボクの入学前にホネ見つかったって、もっかいソーシキしたんだよ。
おじいちゃんも海。ボクが生まれる前。
よっぱらって落っこちちゃったんだって。
だから、お父さん、漁師なったんだ。
ダイガクやめたんだって」
「ソラ……10年も生きてないんだろ?
なのに大変だったんだな……」
「ボク、8才だよ♪
誕生日だから、おばあちゃんトコ行こうとしてたんだ」
「じゃあ「誕生日が命日!?」」
「うん。
サイオンジが『リョーマと同じだなぁ』って笑ってくれたんだ♪
リョーマって、エラいヒトなんでしょ?
カッコイイんでしょ?」
「カッコイイ偉人だぞ♪
海のようにデッカイ心の持ち主なんだ。
俺も憧れてるんだ!」
「初耳……」「何か言ったか?」「何も~」
「会ってみたいな~、リョーマ」
「坂本龍馬って襲撃されて死んだんだよな?
だったらユーレイになってないのか?」
「知らないわよ」
「どこ行きゃいいんだ?」
「知らないって!」
「どこで死んだんだ?」
「憧れの偉人なんだよね?」
「そうだけどなぁ」
「京都でしょ?」
「じゃあ、このまま京都へ!♪」
「行けるかっ! 公園だよ。降りて」
「京都は?」
「行・き・ま・せ・ん! 降りろっ!」
坂本龍馬も出てきたし、やっぱり現実世界なんじゃないの? と思われそうですので、本文中に詳しく出る前に補足です。
日本そっくりな この国、邦和国は古くから『和の那の国』と呼ばれていた事が国名の由来となっています。
(日本の場合は倭奴国です)
中世以降、邦和では首都を西京都(京都)と東京都(東京)に交互に置いてきました。
遷都なんですが、それを庶民は『参勤交代』とか『遷宮』と勝手に呼んでいたりもします。
地球と同じ地名や歴史上の出来事や人物がポロポロと出てきますが、この惑星は架空世界なんです。