小さな魔法使い
ちょっとした思い付きと、自己肯定という自分の課題にしている事を、不思議なテイストで表現してみたい、そう思い書いてみました
「君は小さな魔法使いなんだよ、少年」
ある日、少年はとても綺麗な人と出会う。
「この近くに、使われていない建物があるかい?」
そんな事をニコニコと笑いながら告げる女性。
黒い洋服に、フリルや様々な刺繍を施されている、ゴシックロリータと呼ばれる衣服を身に包み。
日よけの黒い傘を片手に持った、金髪碧眼の大人の人。
どこか浮世離れした存在に興味を抱いて。
少年が最初に案内した廃ビルを寝床にしている彼女の元へと足を運ぶと。
「こんな格好をした、怪しげな大人の下に訪れるなんて、君は変わっているね」
ニコニコしたまま少年を見つめる。
それは、興味がある事に物怖じすることを少年がまだ知らないから。
幼さゆえの無謀と言ってもいい。
けれど。
だからこそ、少年は女性の下へ訪れ。
女性も、少年に興味を抱き。
二人の関係は始まったのだ。
出会いから数日過ぎて。
毎日少年は女性の下へと訪れる。
そして、女性は自分の元へ訪れる少年に様々な話を聞かせていく。
曰く、自分は魔法使いだと。
曰く、自分にできない事は何もなく、故にやりたい事がなかったため、何か面白い事がないかと思い旅をしていると。
「さぁ。今日は、どんな話が聞きたい少年?」
「んー、今日は……」
旅をしている、と聞かされてから。女性は道中の出来事を一つ一つ語ってゆき。
それを、目をキラキラさせながら聞く少年。
少年が聞かされる話はどれも絵本やアニメのような世界の出来事で、どれもわくわくさせるモノばかりだったからだ。
お金持ちの女性を悪者から助けた話し。
話ができる不思議な動物との交流。
時間を行き来して、一人の青年を助ける話しなど。
そんな話をいくつも聞かされていたから、今日は何を聞かせてくれるのかと思って口を開き。
「……」
「どうしたんだい?」
ふと話しに何度も出てくる「魔法」という言葉が気になって。少年はこう答えた。
「今日は魔法が見てみたい」
その言葉を聞いて、女性は笑顔を崩すことなく少年の言葉に答えた。
「何の対価も渡さずに私に魔法を見せろなんて、無知というのは面白いね」
「たいか? むち?」
「対価は、私が君に魔法をみせる変わりに、君が私に何をするか。無知は何も知らない事をさす。さぁ少年君は私に差し出せるものが、何かあるかい?」
「……お菓子とジュースなら持ってる」
「ほうほう、それをどうする?」
「一緒に食べる」
持っているリュックサックからスナック菓子とジュースを取り出して、目の前の女性に渡す。
「一緒に、ねぇ」
「一緒に食べたら、美味しいよ。お母さん一人よりみんなで食べた方が美味しいってよく言ってた」
「ほう、なるほど。楽しみを共有、そして増幅させる考え方か。悪くないね」
「きょう、ゆう? ぞうふく?」
「共有は、さっき君が言っていたとおりの意味で、増幅は、元々あったものをより大きくする事をさす。君の言葉を借りるなら「もっと美味しくなる」だね」
「お姉さん、凄い。難しい言葉を一杯知ってる」
「私の事を凄いというのは当然何だが、ただ話すだけで凄いと言ったのは君が始めてだ。子供と話すなんてことあまりしてこなかったから、新鮮な気分だよ」
窓辺に腰掛けて、くっくっくと笑う姿が、母親に読んでもらった絵本のように、どこか遠い世界のモノに見えて、女性と話すだけでも、少年はドキドキした。
まるで絵本の世界に入り込んだみたいだと。
「このお菓子と、君との会話が思いのほか楽しかったから、それを対価として君に見せてあげよう、こっちへおいで」
少年から貰ったお菓子を一口食べた後、手招きをして少年を呼ぶ。
窓辺まで来たところで自分に背を向けるように指示して、部屋全体が見渡せるようにした後。
「ほら、どうだい」
「わぁ」
呪文でも唱えるのかとわくわくしていたが、女性は特に何か唱える事はなく。
しかし、確かに女性は魔法使ってみせた。
部屋に配置された様々なものが宙に浮かび、意志をもったのかのように動き出す。
くるくるとそれぞれが円を描くように動き、まるでダンスでの踊っているかのような光景。
「凄い、お姉さんっ 僕こんなの始めて見たっ」
「そうだろうそうだろう」
少年の反応に気をよくして、モノが描く円の大きさや、モノのスピードを一つ一つ変えてみせ、様々なバリエーションを加えることで、少年が飽きないように楽しませる。
数分の間、きらきらした少年の瞳に微笑を浮かべつつ、無機物によるダンスを披露した後、「はい、そろそろおしまいにしよう」と言えば、部屋に置かれた無機物は元々あった場所へ帰るかのように戻っていった。
「凄い凄い」
「ふふっ」
自分の見た光景が忘れられず、きらきらした瞳で元に戻った部屋を眺めている少年。
そんな少年に、女性は何ともいえない笑みを浮かべた後。
「子供かぁ」
「お姉さん?」
「いや、何。私は家族と呼べるモノがいないから、君みたいな子を見ていると、子を持つのも悪くないと思っただけさ」
「家族、いないの?」
「いない、というか知らない。親と呼べるものは物心つく頃には周りにいなかったからね。師と呼べる人はいたけれど、あの人を家族と呼んでいいのか、よくわからないんだ」
その時見た笑みが寂しそうに見えたから。
少年はただ思ったことを言った。
「じゃあ、僕がなるっ」
「少年?」
「僕が、お姉さんの家族になるっ」
その言葉の意味を、深く考えたわけではない。
ただ、女性が寂しそうに見えたから、その寂しさが消えるように。
そう願ったから出ただけの、幼い子供特有の感情の発露。
その言葉に、一瞬目を丸くした後で。
「ああ、それは素敵な提案だな少年。そうなれば、きっと私は楽しい日々を送る事ができるだろう」
「うん」
「でも、断らせてもらう」
優しい微笑を浮かべたまま、女性は言った。
喜んで貰えると思っていた少年は、女性が何故断ったのかわからずに「何で?」と聞く。
その言葉に、窓辺に腰掛けていた女性は立ち上がったあとで、少年の傍までやってきて、視線を合わせるためかがんだ。
「君はまだ幼い。それはこれからたくさんの出会いと学びが待っているという事で、そしてその中で、君を見守る存在がすでに存在している。君にはお父さんとお母さんが既にいるだろう?」
「うん」
「二人のこと、どう思ってる?」
「大好きっ」
「そう思うなら、その立場を奪う事はできない」
少年にとって女性が語る言葉は難しくて、理解できない。
だが、女性が自分にために言っているのだと何となく理解できたので、それ以上の事を口にする事ができなかった。
「とはいえ、折角の少年の言葉だ。全て無下にするのは好ましくない。そこで私から一つ提案がある。少年の私の友人になってくれないか?」
「友人?」
「そう友人だ。家族になることはできないが、友人ならばなることが出来る。私は数多くの人と交流があるが、友人と呼べる人間が圧倒的に少なくてね、もし君さえよければ、君と友人関係を築いていきたいんだが、どうかな?」
女性の提案に、「うん」と即答で答える少年。
少年の言葉に、女性は満足げに頷いて。
「では、友人となった少年にこの世界の秘密を一つ教えてあげよう」
「秘密?」
「そう、この世界の殆どの人間が知らない、知ろうともしていない事だ。興味あるかい?」
「うん」
「なら、教えよう」
そこで、開けた口を閉じて。「ふむ、折角だし雰囲気作りでもするか」と地面に腰掛け、少年に自分の膝に座るよう促し、素直に従った少年に、「目を瞑って」と声をかけた。
「これでいい?」
「うん、良い子だな少年。さて、と」
女性が、パチンと指を鳴らすと。少年は何か身体に違和感を覚えるが、それが何なのかわからない。
「もういいよ、目を開けてごらん」
「うん……!?」
目を開けて、返事をしようと口を開いたが、途中で言葉を止めてしまう。
そこは、先ほどまでいた場所ではなかった。
少年と女性以外何もなくなり、基本黒く染められた空間。
しかも先ほどいた部屋のように狭いモノではなく、どこまで続いているのかすら理解できないほど広く、大きな場所となり。
その中で、大小様々な光の粒がちりばめられ瞬いている。
色も、白、青、紫、赤と彩り豊かなモノとなっており。
それは宇宙を模した、女性が魔法によって作り挙げた世界。
少年が今までみたどんな光景よりも大きく、そして神秘的だった。
今の少年では、感想を述べる事が出来ないが。
その光景に、圧倒し、感動し。
空いた口が塞がらないままその光景を眺める。
「気に入ってくれたかい?」
その言葉にぶんぶんと首を思いっきり縦に振った。
言葉で表現できない代わりに、自分の全身を使って答えたのだ。
「そうかそうか。うん、やはり魔女が知識を授けるんだ。ならこういった演出の一つがあってもいいよね」
演出という言葉に首を傾げるものの、今から自分はとんでもない事を教えてもらえる。
そう思って、女性に向き直りわくわくした表情で見上げると。女性は少年の頭を撫でながら始めた。
「少年、思いは力になる――」
人は、私達のように「魔法」が使えなくても、「人」として生まれた落ちた時に、既に特別な力を持っている。
それは「思い」を現実に書き換える力だ。
願った事を、実現できる力が誰にも備わっている。
ただ、「思う」ことさえすれば、何にだってなれるし、どんな不可能な事でも、可能する事ができる。
まるで、魔法みたい? 本来は逆なんだけどね。
「思った」事を、より確実にするために生み出された技術が「魔法」であって。「魔法」はあくまで「思い」の力の補助をするためのモノにすぎない。
それがいつしか。
様々な技術が生み出され、思いの有無など関係なく、ただ操作の仕方さえ学べば、自分一人では出来ない事が数多くできるようになって。
そして、それを生み出す為に得た数多くの知識が、「こうしなければ、この結果を生み出せない」と思わせるようになってしまった。
知識や技術を得て、様々な事が出来るようになったかわりに。
「思えば」叶うという、当たり前だった事を、多くの人は忘れてしまったんだ。
それは、時代の流れで変わっていった事だから、その時代を生きていない私がどうこう言うべきことではないけれど。
でも、それを知っているか、知らないかでは人生は大きく変わってくると思う。
何故かって?
それはね、忘れているだけで、なくなったわけじゃないからだよ。
その力の使い方を忘れているだけで、今でも人はその力を持ち続けている。
願うだけでは叶わないという言葉を聞いた事があるかい?
あれはね、願っている事が叶わない。じゃなくて願うだけでは叶わないと「思っている」事が現実に反映されているだけなのさ。
現実に押しつぶされて、「思い」の力を忘れて。
そしていつしか、楽しみもない退屈な日常を「当たり前」と思い込む。
その結果なんだよ。
えっ、難しくてよくわからない?
そうだな、もっと簡単に君にでもわかるようにいうとするなら――
「君は小さな魔法使いなのさ」
撫でていた指をとめ、両腕で少年を抱いて女性は言った。
「「思い」を実現する魔法を既に持っていて、いつだってその魔法は君と共にある」
少年の頭に自分の顎をのせて、密着させた状態で囁く。
「その魔法はどんな「思い」だって叶えてくれる。「思え」ば何でもその通りになる。けれどそれは良いことも、悪い事も全部含めて。だから君が良い事を望めばその通りになるし、逆に、悪い事を「思い」描き「そうなってしまうかも」と思っただけで、それを現実にしてしまう。不確かな物だ」
だからね、覚えておいてほしいと女性は言った。
「これから、色んな事があって、悲しい事や辛い時があった時に、それを嘆くことはせずその先の幸福を「思い」描いてほしい。手の届かない夢としてじゃないよ? 確実に自分に訪れると願い信じて、「思い」浮かべるんだ。そうすればその未来は確実に訪れる。それが君の持つ魔法の力なんだ」
使いこなすのは難しい、けれど使い方を間違わなければ、確実にプラスになる力だと彼女は教えた。
「これが、多くの人が忘れてしまった。世界の真実の一つ。今はよくわからなくても、この言葉は忘れないで」
「「思い」は、叶う。願えば、世界は、君に応える。その魔法を、君は既に持っている」
ゆっくりと、一つ一つ区切りながら、少年が忘れてしまわぬようにと少しだけ強く少年を抱き締めて。
慈しむように笑って告げたのだった。
その台詞の意味を理解できなかったが「忘れてはならない」と強く思い、頷いた。
これが、後の少年に大きな影響を与えるなんて、その時は何もわからなかったけれど。
とても大切な事なんだと、それだけは何となくわかったから。
「さて、話は終り。そろそろお家に帰らないといけないだろうから、戻ろうか。少年もう一度目を瞑ってくれるかい?」
「うん」
女性の言うとおり、目を瞑り。パチンと指を鳴らす音を聞いて再び目を開ければ、そこは女性が根城にしている廃ビルの一室。「もう、下りても大丈夫だよ」と自分の膝から下りるように促すと、名残惜しそうに少年は離れた。
窓の外をみれば、夕陽が窓の外から顔を覗かせ、カラスが鳴いていた。
時間がそれほど経っていると思えなかったが、気がつくと長い事女性と過ごしていた事に気付く。
「うん、いい時間だ。少年そういうわけで今日はここまで。もう家に帰るんだ」
「わかった。ねえお姉さん」
「何だい?」
「明日も、来ていい?」
「……別に構わないよ。いつでも君が来たい時に来るといいさ。私がここに居る間ならいつだって付き合うさ」
「わかった、ばいばいまた明日」
「ああ、また明日」
別れを告げて、少年は出て行く。
それを、軽く振って女性は見送る。
それが、二人の最後の会話――
何てことになるわけもなく。
それからも、交流は続いていった。
少年が徐々に歳を重ねても、その町に女性は居続けた。
さすがに長居をするとなれば、廃ビルに住み続けるということはせず。
どうやった伝を使ったのか、街で使われていない洋館を自身の住処とし。
そこで占いやら人生相談やら、はたまた世間ではまったく認知されていないだろう、オカルトの類だと思わせるような仕事を請け負ってお金を稼いでる。
そして少年といえば、あれからも女性と関わり続け、時に魔法を見せてもらい、時にオカルトの知識を授かるなどして日常を過ごしていき。いつしか女性の仕事を「アルバイト」という形で手伝って。
普通と呼べるかどうかわからない日常を送っていた。
特別な才能など発露こそしなかったものの、女性の近くに居る事で、様々なことを経験していく。
その中で、様々な出会いがあり別れがあって。
辛い事も、悲しい事も数多く経験してきた。
けれど。
幼い頃に胸に刻みつけた「思いは力になる」という言葉。
それを忘れる事をせず。
自分が幸福だと思える人生を生きていこうと、精一杯前を向いて今を生きている。
そうして、日々は流れて。
大学を卒業し、晴れて社会人と迎える歳を迎えた頃――。
「大学卒業おめでとう少年」
「もう、少年と呼ばれる年頃ではないと思うんだけど」
「いいじゃないか、君はいつだって私の中で少年のままなんだよ」
「さいですか」
洋館の居間にて椅子に腰掛ける二人。
成長した青年と、出会った頃から容姿が変わっていない女性。
二人で過ごす、日常のひと時。
そこで、女性は青年に声をかけてくすくすと笑う。
「とはいえ、今までずっと、私の仕事を手伝ってもらっていたし、それに今後は正式に助手として雇うわけだから、そこまで大きな変化を感じないけどね」
「まあ、確かに」
テーブルに用意された紅茶に手を伸ばし、口に含んだところで「少年」と女性は声をかけた。
「君、昔言っていた自分の言葉を覚えているかい?」
その言葉に「どれですか?」 と尋ねるため、カップから口を離した所で。
「『僕が、お姉さんの家族になるっ』」
「ぶっ、ぐほっ。がは。ごほっ」
当時の自分の声色を真似て、ニヤニヤと見つめる女性に、紅茶が器官に入り込んで咽こんでしまう。彼女に紅茶が飛び散らないように腕で口を多い、涙目で彼女を見れば。表情はそのままで、青年を見つめていていた。
「と、唐突に何を?」
「いや、なに。昔に言っていた台詞を覚えているのかなって思っただけさ」
ある程度紅茶を器官から追い出して、呼吸を安定させた後、「覚えている」と口にしようとした所で。
「少年」
「……なんですか?」
「私は、告白するより、告白されるほうが好みだ」
「……」
「うん、これも今何となく思っただけだから、そこまで深く考えないでくれ」
考えないでくれ、そうは言っても。
この流れ。
どう考えても、そういった流れにしか聞こえない。
あの時、別に「そういった意味」で言ったわけではないけれど。
結果的には同じ事で。
ニヤニヤと見つめる瞳に、色々思う事はあるが。
それでも何時言おうか、と悩んでいた自分に対して、痺れを切らした結果だと思えば、こちらから言えることは一つだけだと青年は思った。
「さぁ、君は何て返してくれるのかな【小さな魔法使い】君」
「もう、小さくともないと思うんですが」と口にした所で、軽く流されるだけだと、その言葉に返す事はなく。
自分の思いを告げるために、口を開く。
心の中で、あの日聞いた。
――思いは叶う。願えば世界は応えてくれる。
何時の頃からか、自分を奮い立たせるようになった言葉を思い浮かべながら――
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。