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先輩は、ミステリーがそれなりに好き。

作者: さんかく

初投稿です!よろしくお願いします。

「次の舞台は、僕が脚本を書く。ミステリーをやるぞ!」


先輩の提案を、私はスルッと聞き流した。返事をすることなく、窓の外を眺め続ける。


すでに、既存の脚本の上演許可を取るという事で話は進んでいたはずだ。今更何を言うのか。そもそも、部活の開始時間に30分も遅刻してきて、第一声がそれというのも腑に落ちない。まず、一言謝ったらどうなのだ。そんなんだから、彼女にもフラれるんだ。テニス部の可愛い彼女。派手な見た目で、私はあんまり好きじゃなかったけどね。


先輩の書く脚本は、まあ……客観的に見て?面白いと思っているし、尊敬もしている。だから結果的にやる気を出して書いてくれるなら良いんだけど……。

先輩の好みに合う脚本を提案しようと徹夜でアーカイブサイトを探し回った三日間と、今から書き始めて本番直前に書き終わった台詞を徹夜で覚えなきゃいけなくなる一か月後を考えると、素直に返事をすることが出来なかった。


先輩は、ミステリーが好きだ。まだ私が入学する前は、1時間ずっと犯人が独白をしているという尖った独り芝居もやっていた。でも、多分、推理小説はそこまで詳しくない。海外作品は登場人物の名前が覚えられないから読まないそうだし、部室の棚に置いてある本も、有栖川有栖、道尾秀介、麻耶雄嵩などメジャーな作家の本ばっかりだ。


かと言って、舞台が好きだから演劇部を立ち上げたのかと言えば、そうでもないらしい。野田秀樹、松尾スズキ、ケラリーノ・サンドロヴィッチあたりのDVDは持ってるけど、劇場へはご両親と半年に1回行く程度だし。


料理も好きだけど食材や調味料がやたらと多いレシピは面倒なのでパス。カラオケも好きだけど「へえ~意外と上手いね!」程度。戯曲のほかに小説も書くけどインターネットにアップしたとてせいぜい20いいね。


それで、つまり……広く、浅く、なんでも手を出してみた中で、一番自分に向いていて、自由に活動できるのが演劇部だと思ったんだそうだ。立ち上げて一年間は誰も入部希望者がおらず、脚本も演出も役者も大道具も全て一人でこなしていたから、私が入部すると言ったら大袈裟じゃなく泣いて喜んでくれた。


制服は汚れひとつなくきっちり着こなすのに、髪の後ろにはいつも寝ぐせがついてる。たまに、見た目はちょっといびつだけど普通に美味しい手作りのお菓子をくれる。下校中に猫を見かけると嬉しそうに笑う。部室の窓から見える空が綺麗だとすぐ写真を撮る。全然知らない曲の鼻歌をよく歌っている。それから…………。


「……なあ、聞いてるか?平本」


ああ、また、ぼーっと先輩のことを考えていた。


「全然聞いてませんでした」


「やっぱり、僕は自分で脚本を書きたい」


「お言葉ですが先輩。ついこの前、『もうお終いだ、僕にはストーリーを生み出す才能がない!』と散々駄々を捏ねたのは先輩なのでは?」


「スランプを脱したんだ。今日はお祝いだな!」


「じゃあ、ケーキでも買ってきましょうか?」


「ケーキは明日僕が焼いてくるから一緒に食べよう。とにかく、次の舞台はオリジナルのミステリーにするぞ!」


キラキラと輝く瞳は、無垢な幼児のようだった。駄々の捏ね方も、機嫌の直り方も、清々しいほどに単純だ。ぐちゃぐちゃと脳内で先輩のことを考えて、ひとつも口に出せないでいる私とは、大違い。


「でも、2人しかいないんですよ?ミステリーをやるには足りなくないですか?犯人と探偵だけで、被害者がいなくなっちゃう」


「ふっ、策はいくらでもあるさ。事件はすでに起こっていて、そのことについて2人の探偵が推理合戦を繰り広げるとか……」


「それは……すごく、役者の技量を魅せるタイプの芝居になりそうですね。先輩はそういうの慣れてるかもしれませんが、私みたいな、ただ楽しく活動してるだけの初心者にも出来ますかね?」


「はは、平本、いつも無表情だけど『楽しく』活動してるって自覚あったんだな!」


「!!!」


しくじった。つい、本音が出てしまった。悔しい……。みるみる顔が赤くなっていくのを感じる。


先輩を初めて見たのは、中学三年の秋だった。偵察がてら訪れた、第二志望の高校の文化祭。お客さんもまばらな体育館で、例の『1時間ずっと犯人が独白をしている』という独り芝居をやっていた。あの時の衝撃は忘れられない。ストーリーはところどころ無理やりだったけれど、本当に楽しそうに全力で演じている姿は、私の第二志望を一瞬で第一志望に塗り替えた。


その時から、ずっと、私は振り回されている。何気ない一言で脳みそがぐるぐると回る。自分勝手で空気が読めなくて、優しくて真っ直ぐで才能のある、バカな先輩。そんなんだから、私は、私は……。




よし、決めた。今日こそ、私が先輩を振り回してやろう。




「……先輩は、どうしても、自分でミステリーが書きたいんですね」


「ああ!」


「じゃあ、私が今から出す謎が解けたら、賛成してあげます」


「おっ?」


驚いて目を見開いた顔、ちょっと間抜けだ。あまり見たことのない表情が見られて、内心でニヤニヤしてしまう私も相当なバカなのだろう。


「答えられなかったら、どうなるんだ?」


「その時は……しぶしぶ賛成してあげます」


「ははっ、しぶしぶはイヤだなあ。じゃあ、本気で解かせてもらうよ」


先輩の表情が、集中して脚本を書いている時のそれに切り替わった。まずい……カッコ良すぎる。心臓が痛いほど緊張してきた。でも、ここまで来たら後には引けない。


「……謎の舞台は、この部室です」


「オーケー」


「部室には、先輩と、後輩の2人がいます。先輩は、一ヵ月前に彼女さんにフラれたところです」


「……」


「さて。先輩がフラれた理由とは、何でしょう?」


私の出した謎は、たったこれだけだ。先輩はすこしだけ間を置いて、首を横に振った。


「あんまり、実在の人物をネタにするのは感心しないな」


「まあまあ。ここだけの、お遊びですから」


「……知ってると思うけど、僕がフラれた理由は『他に好きな人ができた』だった。でも、”この部室”での正解は違うんだろう?」


「まあ、そうですねえ」


「……なるほどな」


思考状態に入ると、ウロウロと部室の中を歩き回るのが先輩の癖だ。たまに椅子にぶつかりながら、円を描くように歩く。


どんなに考えたって、絶対に解ける訳ないのに。まあ、別に解けなくたって、”しぶしぶ”じゃなく諸手を挙げて賛成しますけどね。だから、これは……そう、いつも私を振り回してくる先輩への、ちょっとした意地悪な仕返しだ。


5分くらい経っただろうか。部室に響いていた足音がぴたり、と止まった。先輩の方に目をやると、口の端を少しだけ持ち上げて、私をじっと見ている。まさか、謎が解けた?いや、そんなはずはない。だって、だって……。


「僕が、元々彼女のストーカーだった、というのはどうだろう?」


何も、言えなかった。無言のまま先輩を、半ば睨むように見つめ返す。それを肯定と受け取ったのか、ふっ、と小さく息を吐き出すと、勢いをつけるように早口で喋り始めた。


「……入学してすぐ、同じクラスだった彼女に一目惚れしたのが、全ての始まりだった。


見ての通り、僕はどちらかと言えば地味な方だ。逆に彼女は少し派手だったから、正攻法では付き合うのは難しいかもしれないと考えた。そこで、彼女に近付くために、彼女のことを徹底的に調べ上げ、理想の男性を『演じる』ことにしたんだ。


テスト期間とか、部活の無い日はこっそり帰宅中の彼女を尾行して友人との会話や行動を把握した。TwitterやInstagramのアカウントを特定して、全ての投稿を遡って確認した。


『本屋寄っていい?〇〇館の殺人シリーズの新刊が出てて……え?うん、ミステリー好きだよ。言ってなかったけ?』『おーい!料理が好きな男の人ー!私に料理作ってくれー!』『やっぱさ、歌上手いとカッコよく見えるよね。外見あんまり好みじゃなくてもときめく』『彼氏にするなら、清潔感ないとぜったいムリでしょ!服装くらいちゃんとしろって感じ』『動物好きな人と付き合って、デートで猫カフェ行きたい……癒されたい……』


……こんな感じで、いろんな彼女の好みを知ることが出来たよ。ミステリーも料理もカラオケも動物も全然興味なかったから、苦労したなあ。すんなり演じられたのは、”清潔感のある人”くらいかな。結局どれも中途半端にはなったけど、おかげで、彼女と無事お付き合いすることが出来た。


もう分かるだろ?僕が演劇部を立ち上げたのは、彼女の理想の人物を演じるための”練習場所”が欲しかったからさ。ガッカリした?


でも、そんな僕にも、人並みに罪悪感ってヤツはあったんだ。彼女と親密になるにつれて、だんだんと耐えられなくなってきた。だから、懺悔のつもりで、彼女に対して行った行為の一部始終を小説にしてネットにアップしたんだ。日本中で読んでいるのは500人程度、せいぜい20いいねくらいが関の山だったのに……、天誅かな。偶然、その小説を彼女が見つけてしまった。


アカウント特定や尾行も酷いけど、それだけならまだ許されたかもしれない。なんたって、彼女の理想の男になった訳だからね。でも、実は窓から空の写真を撮るフリをして、校庭にレンズを向けてテニスをしている彼女を隠し撮りもしてたんだ。さすがに、それは気持ち悪いって、フラれたよ。


…………どうだ、正解か?」




私は、唖然としていた。先輩、どうして……?


これは、解けちゃったら、おかしい謎なのに。


「……は、はい、正解です……」


喉の奥から、なんとか声を絞り出す。


「よしっ!これで僕が脚本を書くことに賛成してくれるんだな、良かった良かった」


「あの、先輩……?今の推理に、必要な伏線、ぜんぶ、私の頭の中にしか出てきてないんですけど……」


「え?そりゃあ、こんなに毎日顔つき合わせて一緒にいたら、平本の考えていることくらい、なんとなく分かるようになるさ」


そんな大事なことを、平然と言ってのける。私は、こんなバカげた謎を出したことが猛烈に恥ずかしくなった。先輩を振り回すはずが、逆に、砲丸投げの砲丸くらい盛大に振り回されている気がする。今すぐここから逃げ出したい。


「僕の、浅く広い趣味が、まさか伏線になるとはなあ。平本も脚本書いてみたらいいんじゃないか?」


「いや、私は、そんな……」


「書き方を教えてあげてもいいぞ。まあ、僕も独学だけどな!」


全然知らない曲の鼻歌を歌いながら、窓の方に向かって行く。謎が解けて、とてもご機嫌らしい。正直、自分で用意したとは言え出来れば聞きたくない内容の推理だったけど、こうやって遊びに乗ってくれるということは、彼女さんとのこともだいぶ吹っ切れてるのかな……なんて、甘い期待を抱いてみたり。


よく晴れた空の写真に撮るために、全開にした窓から吹き込んできた風が、先輩の寝ぐせをフワフワと揺らす。




その時、私は、気づいてしまった。今から先輩を振りまわすことのできる、最後の逆転ポイントを。


「ねえ、先輩」


「~♪ ん?なんだ?」


「さっきの先輩の推理の中で、ひとつおかしな部分を見つけました」


「え?」


「先輩、『すんなり演じられたのは、”清潔感のある人”くらいかな。』って言いましたけど、そこは完璧に演じている自覚があるってことですよね?」


「そうだけど……」


「もしかして、いつも頭の後ろに寝ぐせついてるの、気付いてないんですか?」


「うそ!?寝ぐせ!?」


慌てて後頭部に手をやり、何度も撫でつける先輩。その姿が可笑しくて、私はスッキリした気持ちで立ち上がった。


「さあ、部活を始めましょう!」



読んでいただきありがとうございました。

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