第15章「嘆きと大地の歌」 2-20 そう思わせた
真っ黒い煙とも魔力とも云えぬ放射の中に真っ赤な焔が光り、あわてて走りこんだオレウガワを追って弧を描いた。そもそもトロールは魔法を含めた強力な炎や酸の攻撃には弱い。これをまともに食らっては、トライレン・トロールといえど大火傷は必須だ。
オネランノタルが本気を出せば、この数十倍の大火炎攻撃でオレウガワなど一撃で黒焦げにできるが、これが「興業」というやつだろう。
ギャラリーがたちまち大興奮に包まれ、みな立ち上がって拳を振り上げ、オレウガワを応援し始めた。
オレウガワが完璧に火炎放射を避けきり、そのままブレスを吐き終えた魔竜に吶喊、今度は牽制ではなく渾身の一打を放った。
かなり硬質な岩石を叩いたような音がして、やはり多刃戦斧が大きく弾き返されたが、腿のあたりの魔竜の一部も砕け散って、黒曜石めいた欠片が石舞台に散らばった。
やってやれない相手ではない。そう思って、トロールたちがヒートアップする。
(もちろん、オネランノタル殿がそう思わせたのだ)
ルートヴァンはそう看破し、ほくそ笑みながらうなずいた。これも演出というわけだ。
「どぅおおおるぅああああ!!!!」
オレウガワがさらに魔竜を連打したが、尾の一撃でなぎ倒され、転がった。そこを魔竜が鉤爪のついた巨大な足で蹴りつけたものの、オレウガワが転がって避けた。魔竜はすかさず、1メートル半はあるだろうワニと狼を合わせたような大口で咬みつこうとした。オレウガワはその横面に斧をぶち当て、魔竜がよろめいたところで素早く立ち上がった。
その勢いのまま、オレウガワが魔竜にまたも斧を振りあげる。が、今度は比較的弱そうな部位である、腕を狙った。
弱そうと云っても、人間など一発で引き裂く力や鋭さは秘めている。
魔竜、巨体を器用に動かし、ヒョイと避けるや、また至近から咬みついた。
今度はオレウガワが仰け反ってそれを避け、体勢を戻しざま、咬みつきからから頭突きをしてきた魔竜の首を抱えこんだ。
魔竜が凄まじいパワーでオレウガワを押し、オレウガワがズルズルと下がった。この催しに場外負けは無いので、舞台より落ちても仕切り直しになるだけだ。しかし、トロールたちは場外に押し出されるのは恥か不名誉と認識しているらしく、悲鳴のような歓声が上がった。
「ずぅうりゃああああ!!」
オレウガワが叫び、舞台から落ちるギリギリのところで、渾身の力をもって魔竜をひねり倒した。
割れんばかりの歓声が上がり、それを受けたオレウガワがひっくり返った魔竜の腹めがけて、滅茶苦茶に多刃戦斧を振り下ろす。
通常の生き物は、腹が弱点だ。勝った! とギャラリーたちも思ったことだろう。
だが、魔竜は「通常の生き物」ではない。
戦斧の一撃を受けた腹の生体装甲が融けるように飛び散って衝撃を逃し、触手となってオレウガワの腕に絡みついた。
「うわっ、わあああああ!!」
初めての体験にオレウガワがひるみ、驚いて腰が引けた。
そこをアメーバのようになった魔竜が不定形に蠢いて、オレウガワを包みこむ。
「うぉおおおお!! なんっ……なんだああ、こいつはあああ!!」
もうパニックとなったオレウガワ、泣き叫ばないだけでも流石だったが、敵の想定外の変容に溺れているかのようにひたすら暴れ、わめき散らすだけだった。
「うるさいな」
オネランノタル、オレウガワの首に触手を巻きつけ、一気に絞め落とした。もちろん、殺してはいない。
「そこまでえ、そこまでだああ!!」
ラディラが割って入り、太鼓が鳴った。いっせいにギャラリーが意気消沈し、1人でピョンピョン飛び跳ねながら喜ぶペートリューを睨みつけた。その空気を敏感に読み、座っていたキレットとネルベェーンがさらに離れる。
魔竜が消え、オネランオタルが姿を現した。石舞台にちょこんと佇み、仲間に運ばれるオレウガワを見もしないで踵を返す。
「やっぱり、番人はすげえなあ」
エランサが口をひん曲げ、眉をひそめてつぶやいた。
「なあに、1勝すればいいんだあ。魔王の手下だ、そう簡単には勝てねえ。でも、あと強そうなのはあの魔法使いだけだあ。あと1人……誰が出てくるか分かんねえけど……あの、人間の戦士じゃねえかあ? だとすれば、あいつに勝てばいい」
もう1人残っているカルムシュが、鋭い視線をホーランコルに向けた。
とことこ歩いてルートヴァンらの元に戻り、舞台から降りるときにそのまま浮遊したオネランノタル、
「どうだった?」
ニヤニヤしてルートヴァンに話しかけた。
「何事にも、意味があるのだと勉強になりました」
「キヒィ! なんだい、それ」
「私も、余興くらいはやってみせますよ」
「ふうん……たのしみだね!」




