第15章「嘆きと大地の歌」 2-19 魔竜のパワードスーツ
蝙蝠めいてヒラヒラと飛びながらオネランノタルがそう云ったが、トロールたちが負けっぱなしでは意味が無い。フラストレーションがたまるだけだ。それに、完全な興業というわけでもない。巫女が主催する、重大決定事項を決める儀式でもあるのだ。加減が難しい。
「こいつう、このお! 避けてばっかりで……おれを疲れさせようったって……そうはいかねえんだあッ!」
猛禽が蝙蝠を捕らえるように、逃げる先を本能的に予測して、戦斧を避けたオネランノタルがふわっと動く軌道の頂点に、オレウガワが回し蹴りを叩きこんだ。
バッ、と羽が飛び散るように黒いしずくが飛び散り、オネランノタルが消える。
が、瞬時に少し離れた場所に出現した。空中ではなく、舞台の上に立っている。
「見事だ」
オネランノタルが、両生類めいた口を耳元まで笑みに彩り、四ツ目を上目にしてオレウガワを見つめた。
上げていた足をゆっくりと舞台に下したオレウガワも、据わった眼で、黄色と黒にてらてらと光る顔のオネランノタルを凝視する。
「その強さに敬意を表し、私も余興なりに本気を出すとするよ」
云うが、オネランノタルの足元から重油でも湧き上がるように真っ黒い大量の魔力が噴きあがり、たちまちオネランノタルを覆いつくした。ボコボコと魔力がさらに膨れ上がって、オネランノタルを呑みこんだままトライレン・トロールの背丈をも超えて盛り上がる。
「うおお……!?」
オレウガワも眼をむいた。
オネランノタルの十八番、魔竜だ。
しかも、オネランノタル自身が中に入っている。まるで、魔竜のパワードスーツだった。
「なんだあ、ありゃあああ!」
ギャラリーも目を丸くする。ゲーデル山脈一帯では、魔竜など滅多に現れない。ダジオン山脈の魔竜は、このオネランノタルや星隕の魔王リノ=メリカ=ジントの影響でよく発生していたし、時には必要に応じて直に生み出していたので、数が多かった。
体高5メートル、全長20メートルはある竜のような魔物が、石舞台に出現した。
「おいおい、やりすぎじゃねえ?」
フューヴァが心配して、ルートヴァンに声をかけた。フューヴァは、オネランノタルがプライドを傷つけられて本気を出し、間違ってオレウガワを殺してしまうのではないかと思ったのだ。
「なあに、オネランノタル殿はちゃんと分かってるよ。心配いらないさ」
ルートヴァンがそう云って、いつも通り不敵な笑みを浮かべた。もしそうだったとしても、いざとなれば間に入って止める自身はあったし、また、次の自分の出番でも考えるところがあった。
(なるほど……面倒至極な催しに付き合わされて辟易していたが、こいつらの興行ね……。確かに、ふだんは祭りでやるもののようだし、勝つにしても多少は楽しませてやって、良い雰囲気を作ろうというのか)
そうなれば、面倒くさすぎるので魔法で一撃のうちに勝負をつけてやろうと思っていた判断も変わってくる。
(少しは、僕も余興を考えるとするか……)
こんなことをまさか魔族に教わるとは思ってもおらず、ルートヴァンは愉しくてたまらぬといった顔で、ずっと小さく肩を揺らして笑っていた。
それを見やってプランタンタンが、
(この御仁は、ストラの旦那にくっついてきて以来、ずーーー~~っと、ホントに楽しそうでやんす。うらやましい限りでやんすねえ……)
そう思って、小さく嘆息した。
さて、石舞台では魔竜が思ったより竜らしくしっかりと固まり、本当の黒竜めいて吠えた。だいたいの魔竜は半分腐って溶けたように魔力が蠢いて、流動的な魔物だった。もちろん、この姿はオネランノタルの演出だ。中にオネランノタルがいるからできる芸当でもある。
「こっこ、このヤロう!」
オレウガワが、ビビりながらも果敢に多刃戦斧を振りかざす。
だが、本物の竜よりも頑丈な魔竜の鱗が、がっつりとその刃を受け、かつ弾き返した。
「……!」
岩をも叩き割る一撃を易々を返され、オレウガワも驚愕した。
「どうだい、たまにはこんな相手とやりあうのも、いい経験だろ? 相手を見あげるなど、滅多に無いだろうさ」
まさに逆鱗の位置にオネランノタルの顔が浮かび、オレウガワを見下ろしてそう云った。
オレウガワ、その通りにオネランノタルを見あげ、たちまち嬉しそうな表情となった。
「まったくだあ! こいつはすげえぞお!」
「キィーーッヒヒヒヒヒ!! そうこなくっちゃあ、いけないね!」
オネランノタルが魔竜の中に引っこみ、魔竜がギャラリーの歓声もかき消さんばかりに大咆哮をあげるや、オレウガワめがけて魔力に着火したドラゴンブレスを吐きつけた。




