第15章「嘆きと大地の歌」 2-18 2連敗
一方、ピオラは、その長い髪が風に棚引いて、不思議な動きを始めた。
それを見やったオネランノタルが、ほくそ笑む。
ルートヴァンもその魔力の動きに気づき、不敵に笑ってオネランノタルを横目に見た。
いまは収納されて黒いチョーカーのように首に巻かれている魔力マントの魔力がピオラの髪に伝わり、不自然に風に棚引いて広がっている。そうして、ラジエーターのように上昇したピオラの体温をどんどん放出していた。
従ってフィランデはオーバーヒート寸前だが、ピオラは冷却されてパワーが落ちないでいる。
(なんだあ……ありゃあ……?)
フィランデがピオラの異変に気付いたとき、
「うぃおるぅあああああ!!!!」
ピオラが勝負に出た。
その速度に、のぼせてきていたフィランデは対応できなかった。
豪快な右パンチを横っ面に浴び、あまりの衝撃にガックリと腰から崩れたところを、左のアッパーが腹部をとらえた。
「ガフぉ…!!」
さすがのフィランデも、意識が飛ぶ。
「もういっちょうだあ!」
ピオラが再び右拳を振りあげたとき、フィランデが半ば無意識に首相撲に入って、ピオラに抱きつきざま右の首捻りで投げを打った。
しかし、ピオラが踏ん張ってそれに耐え、逆にフィランデの腕の下に腕を突っこみ、左からのすくい投げを打つ。
両足が天を突く勢いでフィランデがひっくり返り、またも背中から石舞台に叩きつけられた。
そこに、大股で低い姿勢のピオラが怒涛の勢いで右、左、右とフィランデの顔面を強打した。
「そこまでだあ!」
ラディラがピオラを止める。気絶したフィランデが動かなくなり、太鼓が打ち鳴らされた。
「まあまあ強かったぞお! たいしたやつだあ、あいつう」
大きく息をついてピオラが戻り、プランタンタンやフューヴァが労った。
場外にぶっ飛んだピオラの多刃戦斧は、ゲーデルの若いトロールが返しに来てくれた。
「すっげええなあ、おめえ! ダジオンでも名うての戦士かあ?」
そのトロールが、もうピオラに対して憧憬や恋慕の眼で見やっている。
「そおでもねえ」
ピオラが人懐こい笑顔で答え、斧を受け取った。
「さてと! 次は、私だね!!」
宙に浮いたオネランノタルが、そのまま舞台に向かった。
見た目でもう魔族と分かるので、トロールたちもけして侮ってはいない。
だが、魔族と云ってもピンきりだ。
そこらの人間の魔術師のほうがはるかに強力という、雑魚魔族だっている。
しかし、魔王の配下だし、ダジオンから来たエランサが、
「あれは、ダジオンの『彼方の閃光』っちゅう天まで届く不思議な光の番人だあ。とんでもねえぞお。おれが当たらなくてよかったあ」
などと云って胸をなでおろしたので、
「脅かすなよお!」
次に勝負を行うオレウガワが目を丸くする。
「でも、前に見たより少しちっちぇえんだあ。調子が悪いのかもなあ」
「勝てるとしたら、そこだあ。気合入れてけえ!」
セコンドめいたエランサやカルムシュにそう云われ、オレウガワ、拳で胸をたたいて気合を入れた。
そうしてピオラの多刃戦斧にも似た細長い三本刃の巨大な斧を持ち、舞台に上がった。
トロールたちが歓声を上げるが、生意気盛りの若トロール連中のヤジがすごい。
「2連敗だぞお!」
「次に負けたら、おめえらの云うことなんか聴かねえからなあ!」
「全員クビだああ!!」
そもそも初手から族長が一発ノックアウトとはいえ、相手は魔王だ。仕方がない面もある。次鋒は、好勝負での惜敗だったのでまだいい。
問題は、これからだ。
ゲーデリ・トライレン・トロールの面目丸つぶれかどうかは、中堅から決まる。
と、オレウガワ達は思っていたが、とんでもない見こみ違いであるのは、云うを待たぬ。
「はじめええ!!」
「うるぅあああ!!」
気合と共にオレウガワがオネランノタルに戦斧を叩きつけるが、オネランノタルは魔術師ローブをひるがえして、ひらりひらりと空中を舞い、まったく当たらない。
ストラと同じく回復中で、その進捗率が80%ほどとはいえ、トライレン・トロールと一騎打ちでオネランノタルが負ける道理が無かった。
「私は魔王より優しいから、少しは遊ぶとしようじゃないか! 興行なんだろ!? こんな山奥で、催しも滅多に無いんだろうからさあ!」




