第15章「嘆きと大地の歌」 2-17 泥試合
「っこいつぅ……!」
ピオラが目をむき、渾身の力でその手を振り払おうとするが、フィランデもガッチリと掴んで負けていない。それどころか強烈な背筋で弓なりとなるやピオラを持ち上げ、そのままローリング、横倒しになるやピオラに逆襲! 密着して覆いかぶさり、ピオラの横面に猛烈な肘打ちを連打した。
「このくそ、よそ者があ!! ダジオンなんかに負けるかよお!!」
「なんだとこの、生意気なあ!」
云うや、寝そべったままのピオラがフィランデの左横腹に右でフックぎみにボディをぶちこんだ。
「…ぉッ…!」
さしものフィランデも、一瞬、息と動きが止まった。
そこにピオラが頭突きをきめ、仰け反ったフィランデを押しのけながら起き上がりざま、その横頬へ跳び膝蹴りを食らわせる。人間同士なら、それだけで相手が死んでもおかしくない攻撃だ。
「ハアーッ、ハアーッ……!」
転がったフィランデを追わず、さすがに、ピオラが竜革のビキニに締められた巨大な乳房を垂らしぎみに前かがみでフィランデを睨みつけ、肩で息をする。
フィランデも頬を押さえて首を振りながら、ゆっくりと起き上がった。
(チックショウ、ゲーデルのピオラ……強えな、こいつう……!)
目がチカチカした。ピオラほどではないが、筋肉質な細身の割に大きな胸を上下させて荒く息をつく。
「うーん、泥試合になってきたね」
オネランオタルが、渋い顔でつぶやいた。
「トライレン・トロール同士であれば、よほどの実力差が無い限り、こうなるでしょうな」
ルートヴァンも興醒めしたように答えた。
「私や大公は、こうはならないだろう。ストラ氏ほどではないにしても」
「むしろ、どれだけ手加減してやるかが、重要かと」
「こういった手合いに、あまり実力差を見せつけて、鼻っ柱を折りすぎるのも……ね」
「かといって、我らも最後はホーランコルです。油断はなりません」
そう云って、ルートヴァンがふとホーランコルを見やった。飛び上がり、手を振りあげてピオラを応援するフューヴァとプランタンタンの横で、少しでもトライレン・トロールの戦い方を把握しようと、厳しい表情でフィランデを凝視していた。
(フ、フ……流石だ、ホーランコルよ。それでこそ、魔王の聖騎士だ)
と、再び、わあっ……と歓声が響鳴き、ルートヴァンが舞台に目を戻すと、ピオラが勝負に出ていた。こうなると、最終的にはスタミナと技量がものを云う。
一足飛びに殴りかかると見せかけて、防御姿勢のフィランデの腕をつかんで捻りこみつつ投げ倒した。
相手の肘を抱えるようにロックし、足を払いつつ体軸を巻きこんで投げるので、フィランデはなす術なく背中から石舞台に落ちた。受け身を取る間もなく、衝撃で跳ねあがったところを大柄なピオラが圧しかかって、すかさず後ろに回って寝技。締め技に入る。
が、フィランデがぎりぎりそのピオラの腕の隙間に手を入れることに成功し、締めを防止するとともに力任せにその腕を振り払って位置を変え、半立ちになるや、御返しとばかり仰向けに寝ているピオラの横っ面に強烈な連続パンチを入れる。だがピオラが器用に長い脚を縮め、グレイシー柔術めいて蹴りやからみを入れながら足で防御し、フィランデを蹴って押しのけたので、再びいったん離れた。ピオラがゆっくりと立ち上がり、互いに、大きく息を整える。
ほとんど全裸なのだからいまさらその竜革のビキニめいたものがずれようが脱げようがどうでもいいように思えるが、竜革のせいなのか魔法でもかかっているのか、意外に脱げないしずれもしない。また、脱げたところでそれにトロールたちが興奮するような文化習俗もない。それは、ルートヴァンやホーランコル、ネルベェーンもそうだ。いくら豊満で美形でも、トロールなど、性欲の対象にない。
とはいえ、距離を取りつつ、両者が少し衣服(?)を直す。これは、塩梅が悪いという程度の問題で、身だしなみがどうのというルールではない。
2人とも激しく肩で息をし、動きも若干鈍くなってきている。が、これはスタミナの問題でもあるが、もっと重要なのは体温の上昇だった。
無敵に思えるトライレン・トロールの最大の弱点は、暑さに弱いということだった。絹のように滑らかでしっとりとしているが、並の刃物や魔法も通さない特殊な装甲皮膚が、体温を内側にためこむのだ。
厳冬期ではあるが、標高も低い(と、云っても2500メートル以上ある)この集落で、トライレン・トロールにとってこの季節は夏に等しい。本当の夏は、もっと山の上で夏眠に入る。暑すぎて動けないからだ。
「いまが我慢のしどきだぞお!」
「フィランデえ、あとすこしだああ!」
「相手も苦しいはずだあ!!」
ベテランのトロールたちが声援を送った。




